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第三章

3.魔女と対価

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 執務室に入ってきた三人は王家の影として、アリシティアの顔馴染みでもある。影の中で、ひときわ年若い黒髪の少年が、ソファーに座るアリシティアを見てぱっと顔を輝かせた。

「アリアリ~!! 直接会うの久しぶり~」


 アリシティアはルイスを押し退けてソファーから立ち上がり、子犬のように走り寄ってきた少年と嬉しそうに両手を繋いだ。

「ノル久しぶり。王弟殿下にイタズラできた?」

「できた~。だけど、すぐにばれておしおきされてるの~。アリアリは王弟殿下に仕返しできた?」

「できたよ。でも仕返しする度に、三倍くらいにして返されてるの」

「アリアリ、めっちゃ不毛~」

「ノルもね」


 繋いだ両手をぶんぶんと上下に振りながらハイテンションで話していると、突如少年の手が横から伸びてきた手に叩き落とされた。

「ノル、アリスに触るな」

 ルイスが不機嫌な声で、アリシティアがノルと呼んだ少年、レナート・ディノルフィーノからアリシティアを引き離す。そしてそのままアリシティアを、自らの腕の中に抱き込んだ。

「もぉっ!! 侯爵さまってば、相変わらずアリアリの事になると心せますぎ~」

「相変わらず?」


 あまりピンと来ないディノルフィーノの言葉に、アリシティアは首を傾げた。

「そーだよ~。侯爵さまってばアリアリを守れって言うくせに、アリアリに近づくなとか、見たら殺すとか、無茶ばっかり言うんだよ~。この前の闇オークションでもね~」

「ノル、口を閉じないと、窒息するまで口にクッキー詰め込むよ?!」

 ルイスが咎めるような声を出した時、アルフレードがパンと手を叩いた。

「そこまでだよ、レナート・ディノルフィーノ。アリシティアも。座りなさい」

「は~い」
「はい」 

 言われたままアリシティアが三人掛けのソファーの端に座ると、その隣にディノルフィーノが即座に座り、アリシティアを見てにっこりと微笑んだ。アリシティアがつられてほほえむと、彼女の背後から伸びてきたルイスの手が、彼女の頬をむにっとつまんだ。

「なに?!」


 アリシティアが思わず振り返ると、ルイスがソファーの背もたれの後ろからアリシティアを抱きしめてくる。

「アリスは僕の婚約者だから、それ以上ノルと仲良くしちゃダメ」

「はぁ?」

 アリシティアの声が普段より数段低くなる。どの口がそれを言うんだ…、というのが率直な感想だ。

 色々と吹っ切れたルイスは、あざと可愛い、傍若無人な小悪魔だった。
 これが本来のルイスだとは分かってはいても、変わり身が激しすぎる。距離は近いし、何より重い。そして甘すぎる位に甘かった。台詞も態度も。

 眉間に皺を寄せるアリシティアと、後ろから彼女を抱きしめてこめかみにキスするルイスを見て、ディノルフィーノはケラケラと笑った。



 そんな三人を眺めながら、アルフレードはため息を吐く。

「ディノルフィーノ、アリシティア、それにルイスも。さっき『そこまで』と言ったのが聞こえなかった?」

「はーい、ごめんなさい殿下」


 ディノルフィーノはわざとらしく首をすくめて、無邪気に返事をした。

 


***


 アリシティアは二人の兄の、いや、エリアスの無駄な足掻きを眺めながら、クッキーを摘んで口に入れ咀嚼する。

 隣でディノルフィーノが「あーん」と言いながら口を開けるので、無意識に新しいクッキーを手にとり、ディノルフィーノの口に入れようとした時。後ろからルイスに阻止されクッキーを取り上げられた。


 ルイスがアリシティアの代わりにディノルフィーノの口にクッキーを押し込もうとして、ディノルフィーノはそれを拒絶し口を閉じる。だが、ルイスに後ろから顎を掴まれて、そのまま口の中に大量のクッキーを押し込まれていた。


 そんな馬鹿げた攻防戦には目もくれず、エリアスは必死にアルフレードに食い下がっていた。

「レティシアに、護衛として第二騎士団を付けるのは?」

「エリアス、囮の意味をもう一度説明しようか?」

「王都のすべての道の半ピエド毎に警吏を配置しておけば…」

「その人員はどこから出てくるのかな?」

「兄上!!」

「エリアス…話が進まない。お前と話していると頭痛がするよ。私の弟はこんなに馬鹿だったっけ?」

 アルフレードはいい加減つかれたと言わんばかりに、嘆息した。

「殿下、頭痛薬を用意しますか?」


 よくできた秘書官がアルフレードに問うが、アルフレードは首を横に振った。

「必要ない。…ああ、でも令嬢誘拐には、あの動けなくなる薬が使われるだろうから、解毒剤は用意しておく必要があるね。ルイス、アリシティアが闇オークションにかけられた時に使った解毒剤は、どこから手に入れたの?」



 ふいにアルフレードに話を振られたルイスは、ディノルフィーノの顎を抑えていた手を離した。

「…錬金術師の塔の魔女殿からです」

 アリシティアはあの闇オークションで、ルイスに飲まされたピンク色の薬を思い出す。あの時たしかにベアトリーチェの薬だとルイスは言っていたけれど……。


「閣下、対価には何を支払ったのですか?」

 アリシティアは振り返って、不意に思い浮かんだ疑問を口にする。

「対価?」

 ルイスは僅かに首を傾げた。

「ベアトリーチェから特別な薬を手に入れようとしたら、対価を要求されるでしょう?」



 魔女しか作ることが出来ない特別な薬は、基本的には対価が必要になる。
そしてその対価は物質世界の形あるものとは限らない。

 魔女が欲しがればその辺の石ころが対価になる事もあれば、対価として城や領地を差し出しても、相手にされないこともある。


 とはいえ、ベアトリーチェは他の魔女とは違い、その辺は結構緩くて、とても気まぐれではあるのだが。


「支払ってないよ? 闇オークション会場に行こうとした僕の前に魔女殿が現れて、解毒剤を渡してきたから」

 アリシティアは僅かに眉を顰めた。
沈黙したままのアリシティアを、ルイスが後ろから覗き込んでくる。

「アリスがあらかじめ解毒剤を頼んでいたんじゃないの?」

「たしかに解毒剤は頼みましたけれど……」



 ルイスの話を聞いて、ベアトリーチェのタイミングの良さに、アリシティアは眉根を寄せた。

 なぜなら、ベアトリーチェのする事に偶然などということはありえないから。

 そのベアトリーチェが錬金術師の塔からわざわざ出てきて、アリシティアが誘拐されたタイミングでルイスに解毒剤を渡した。

ベアトリーチェの奇妙な行動は、ルイスにその薬が必要だと知っていた・・・・・からに他ならない。





「ああ、そうか…」

アリシティアは小さな呟きを零した。



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