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第三章

2.第二王子と足つぼ快適くん

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 泣き顔をなんとか取り繕ったアリシティアが王太子執務室の扉を開けると、いつものように執務机の前に座るアルフレードと、歯を食いしばり眉間に皺を寄せて部屋の隅に立つエリアスがいた。

 大量の本を両手に持ったエリアスは珍しく物理的な罰を受けている真っ最中で、彼の足元を見たアリシティアは少しだけ遠い目になった。


「リアス……。なんだか重そうね」

「……ああ。アリスも重そうだな」


 エリアスはアリシティアの背後を見て、涙目で苦笑した。

 両手でとてつもなく分厚く大きな本を20冊近く持ったエリアスは、アリシティアが数年前にアルフレードにプレゼントした、《足ツボ快適くん2号》の上に立たされていた。



 《足ツボ快適くん》は、マットレスの上に丸い色付き石をつけただけの、前世でよく見かけた足ツボマットだ。

 かつてアリシティアが《足ツボ快適くん1号》をアルフレードにプレゼントしたとき、その上に立ったアルフレードが平然としていたのを見て、アリシティアは1号を改良し、さらに石の大きさを大きくした《足ツボ快適くん2号》をアルフレードにプレゼントした。


 《快適くん1号》の上に乗ったアルフレードが全く痛がらなかったから、ムキになって《快適くん2号》を作ったわけではない。あくまでも、常日頃執務室で椅子に座りっぱなしのアルフレードの足の血流を心配しての事だ。……と、いうことにしている。

とはいえ、快適くん2号でもアリシティアが求めていたリアクションを、アルフレードから引き出す事はできなかったのだが…。




 結果的にこの《足ツボ快適くん》シリーズはアルフレードが1号をたまに使い、2号は「エリアスが馬鹿な事をしでかすのは、きっと血液循環が悪くなって、脳がしっかり働いていないからだよね。2時間位これを使うといいよ?」と言いながら差し出す、アルフレード流のお仕置きごうもん器具と化していた。



 足裏の激痛に耐えながら、エリアスが半泣きでアリシティアに救いを求めるような目を向けるも、アリシティアにはどうする事もできない。



 苦笑するアリシティアの背後では、子泣き爺かおんぶおばけのごとく、彼女の背にのしかかるように抱きついたルイスが「あれ地獄なんだよね…」と、痛々しげにつぶやく。


 ルイスのその口ぶりから、彼もまた《足ツボ快適くん2号》の被害者…いや、体験者なのかもしれないとアリシティアは思った。彼女の若気の至り・・・・・は、彼女の知らない所で、予想外の被害を生んでいるのかも知れない。




 そんなやりとりをしている三人を、書類にペンを走らせながらアルフレードはちらりと見た。

「ルイス、人が来るからアリシティアから離れなさい」

「いやです」

 考えることなくルイスが即答する。そんなルイスを見て、アルフレードはペンを置き、アルカイックスマイルを浮かべた。

「アリシティア。ルイスはこう言ってるけど、君はどうなの?」

「そうですね。…暑いですから邪魔ですし、動きづらいからめちゃくちゃ邪魔ですし、すっごくうっとうしくて邪魔ですから離れて欲しいです」

「だそうだよ、ルイス」



 ルイスはアリシティアにわがままになれと言ったが、だからといってその言葉の全てを聞く気は無さそうだった。アリシティアに後ろから抱きついた腕に力がこもる。ルイスは無言で、アルフレードから視線を逸らした。



 アルフレードはそんなルイスを見て、微笑みを深める。

「……そう。アリシティアが僕にプレゼントしてくれた、足ツボ快適くん1号もあるけれど貸してあげようか。君もエリアスと一緒に使ってみるといい。 2号ほどではないけれど、1号も結構気持ちいいよ?」

「……遠慮します」

 アルフレードの言葉に、ルイスは憮然としてアリシティアから一歩離れた。





 ルイスの腕から解放されたアリシティアは、早々にエリアスを見捨てる判断をして、あえて一人掛けのソファーにゆったりと座る。これ以上くっついてくるなという、ルイスへの無言の訴えでもあった。


 けれどルイスはそんなアリシティアの意図など完全に無視して、彼女の座るソファーの肘置きに浅く腰掛けた。
アリシティアの髪を指に絡めて、こめかみにキスを落とす。




「ルイス……」

 王太子の前で完全にマナーを無視しているルイスを見て、アルフレードは呆れたように嘆息した。

「アリシティア。なんでルイスはこんな事になっているの?」

アルフレードが問いかけると、アリシティアは僅かに首を傾げた。

「さあ? 私の言い方が悪かった……のでしょうか?」


 確かに行動で示してとアリシティアは言った。そのせいなのだろうか。庭園を出る時からずっと、ルイスはアリシティアにべったりとくっついている。





「ねぇ、閣下? あれは物理的に距離を詰めろという意味ではないのですが……」

「うん。わかってる」

 呆れたようなアリシティアの言葉に、ルイスは嬉しそうに笑った。

「ならこれは何なんですか?」

「わざと距離を取るのも、取り繕うのも、もうやめたから。自由にすることにした」

 その姿を横目で見たアリシティアは、子供の頃の彼を思い出し「ああ…」と納得する。

 ルイスの本来のアリシティアとの距離感はこんな感じだった。
 前世で飼っていた甘えん坊の長毛種の猫のように、アリシティアの都合など気にもせず、幼い日のアリシティアにくっついてきていた少年の微笑みが脳裏に浮かぶ。

 ルイスの言う事が本当なら、彼のここ一年の言動、つまり、ドSで意地悪で口を開くと嫌味を言うルイスは、敢えてアリシティアから距離を置く為に取り繕った結果なのだろうか。


 そんなことを考えながら、アリシティアは嘆息した。

「色々と思う事はあるのですが、面倒だからこのままでいいです」

 アリシティアが苦笑した時、扉がノックされた。扉の前の護衛が来客を告げる。


「まあ、アリスがかまわないなら、私は気にしない事にする。エリアス、客人に入って貰って」


 アルフレードの言葉はお仕置きの終わりを意味し、エリアスはパッと笑顔を浮かべ、すぐさま《足ツボ快適くん2号》から飛び降りた。

 通常であれば快適くんの上に長時間乗っていると、そこから降りてもしばらくはまともに歩けない筈だが、エリアスは待てを解かれた大型犬のように嬉しそうに動き出した。
 その姿を見たアルフレードが「結構慣れてきたな。快適くん3号が必要かも」と呟いた事を、エリアスは知らない。


 執務室の扉が開き、いかにも文官といった見た目の男が二人、そして、まだ十代半ばの黒髪の少年が入室する。
 





「さあ、メンバーもそろったことだし、さっさと令嬢誘拐事件を片付けてしまおうか」 


 アルフレードは物語の王子様のような、キラキラとした微笑みを浮かべた。






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