余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

文字の大きさ
127 / 204
第二章

3※

しおりを挟む

 アリシティアは震える体を両腕でぐっと抱きしめるように押さえた。視線が下を向く。

「数代前の君の母方の家系に、王家の姫が降嫁したのを知っているね?」

「……はい」

 アルフレードの問いに、アリシティアは何とか声を絞り出した。

「その姫は、リーベンデイルの宵闇の少女のモデルではないかと言われている王女の娘だ。髪や目の色は違えど、姫は母である王女にとてもよく似ていた。そして隔世遺伝なのか、…もしくは再び王家と血が交わったせいなのか、今の君は君の母方の家に降嫁した姫の母である王女と似ている。髪の色に……その夜明け色の瞳まで」


 身体が震えた。頭の芯が凍りついていく。まるで諸悪の根源はアリシティア自身だと責められているかのような感覚に陥る。リーベンデイルの生きた人形がアリシティア自身なのだとすると……。

「…………おじさま…前侯爵様…は、リーベンデイルの狂信者に、13体目の宵闇の少女として、私を売ろうとしていたの?」

 考えたくはないのに、勝手に導き出された推測にアリシティアの声が震えた。

「……ああ。そのつもりだったのだろうね。あの人は選民意識が強かったからね。王妹…当時の王女を妻にしたのに、息子の婚約者にと王に勧められたのが、ただの伯爵令嬢だったのは許せなかったのだろう。たとえ君が女神の瞳を持っていてもね。前ラローヴェル侯爵は選ばれた者とそうでない者で人を分けて見ていた。結局理由まではわからなかったけれど、前侯爵は愛玩奴隷の売買を始めた。どこから見つけてくるのか、とても美しい平民が売買されていたようだ」

『美しい平民』
アルフレードのその言葉にアリシティアの脳裏に、双子の姿がよぎる。
彼女の呼吸は徐々に浅くなり、空気すら重く感じた。予想はしていた。けれど事実を知る覚悟は足りなかった。

「やがて、希少で美しい貴族の娘が愛玩奴隷として競売に出されるという噂が、裏社会に精通する者達の間に広まった。もちろん当時ラローヴェルの名前などは一切出なかったけれど…。その時、その娘を指し示す為に使われ始めた言葉が『愛と美の女神が命の息吹を吹き込んだ、リーベンデイルの生きた人形』だ。そして、偶然か必然かはわからないが、君は宵闇の少女そのものだった」

「……おじさまが話していたリーベンデイルの生きた人形は、私の事だったのね。私とルイス様の婚約は王命に近い婚約だったから、おじ様は陛下には逆らえなかった」

「前ラローヴェル侯爵は、伯爵令嬢の君ではなく、ルイスと王女であるエヴァンジェリンとの婚姻こそを望んでいたんだ」

 だから、アリヴェイル伯爵令嬢アリシティア・リッテンドールという存在が、前ラローヴェル侯爵には邪魔だった。つまりはそういうことだろう。アルフレードがその言葉を口に出すことはなかったが…。
 アルフレードは小さく息を吐き、再び言葉を紡ぐ。

「けれど前侯爵は亡くなり、君をリーベンデイルの生きた人形として競売にかける話そのものが消えた。やがてリーベンデイルの生きた人形は、君だけではなく闇で売買される愛玩用の奴隷達を示す隠語となった。たぶん、リーベンデイルの狂信者たちがその名前に価値を見いだし、愛玩奴隷そのものに興味をもったからだ。けれど、君の噂がリーベンデイルの狂信者達にどこまで浸透していたか分からず、君の身がどれほどの危険に晒されているかもわからなかった。だから叔父上は、君を隠したんだ。『リーベンデイルの生きた人形』という言葉のもつ本来の意味が、完全に人の心から消えるまでね」



 アルフレードの言葉に、アリシティアの視界の中の色鮮やかだったはずの景色から、色が失われていく。

「おと…………」

 そこで言葉に詰まった。どんなに声を出そうとしても、出てこない。
父は知っていたのかと。けれどアリシティアは自分の問いの答えを既に知っている気がした。

 
 ルイスに拒絶され、捨てられたアリシティアに、父は言った。
『お前はなんの役にも立たない、出来損ないの人形だ』……と。
 あの時、アリシティアを人形と呼んだ父の言葉に、彼女は未知の恐怖を感じとった。父の言葉は抜けない棘となり、彼女の心に何度も繰り返して押し寄せ、不安と不信の種を植え付け、それらを芽吹かせるには十分だった。
 父の言葉は、本当に婚約者の不興を買いルイスとの婚約を危ぶませた愚かな娘への、単純な怒りと失望から出たものだったのだろうか。それとも…。




 膝の上に置いたアリシティアの握った手が小刻みに震える。力が入り、指先から血の気が消えた。

「大丈夫か?」

 アルフレードが無表情のまま、窺うように瞳の奥を覗き込んできた。アリシティアの気持ちを読み解こうとするように。けれどそんな彼の瞳の中に、彼が隠そうとする後悔が、苦悩が、確かに滲み出ているのをアリシティアは感じ取った。とても優しい人だと思う。王太子としての重圧が彼の中の本当の優しさを許さなかったとしても。
 だから、アリシティアはアルフレードを安心させるように微笑もうとした。けれど、それは力の抜けた泣きそうな微笑になってしまい、彼の視線を避けるように顔をを下に向けた。
 その瞬間、アルフレードの指先がピクリと震えて、アリシティアに向けてわずかに浮き上がり、そして、再び膝の上に戻された。


 アリシティアはこれ以上アルフレードに心配をかけないように、ゆっくりと呼吸した。

「……ええ。でも何で急にこんな話を?」

 アリシティアの問いに、アルフレードは肩から力を抜いたように、ほんのわずかに苦笑を浮かべる。

「叔父上がね…」

 その言葉で理解した。ガーフィールド公爵メフィストフィリスは、誓約を守った。彼が今まで話さなかったのは、リーベンデイルの生きた人形という名前の由来がどこからきたかは、愛玩奴隷としてのリーベンデイルの生きた人形の情報には含まれないと思ったのか。もしくは、あの頃のアリシティアの心の傷を慮ったのか。
 多分後者だろうなとアリシティアは思う。必要になれば、こうやって教えてくれる予定だったのだろう。
 
心が揺れる。押し寄せる感情に思考がついていかない。




「だからね、アリス。レティシアについての君の提案は受けない」

 続けられたアルフレードの言葉に、アリシティアはピクリと震える。

「なんでその話を……」

「私がこの庭へ来る寸前に、叔父上が知らせてきた。誘拐の標的がレティシアなら身代金さえ払えば解放される。だけど君はダメだ。王宮での君の妙な噂の広まり方といい、そこには間違いなく何者かの意図が見え隠れしているから」

「だけど……」

「君自身がレティシア・マクレガーの身代わりになるつもりだったんだろう?けれど、それだけは絶対に許さない」

 アルフレードはアリシティアの目を見据えて、冷然と言い放った。





しおりを挟む
感想 111

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。