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第二章

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 『宵闇の少女』
 それはアリシティアが『リーベンデイルの生きた人形』として、闇オークションの競売にかけられた時の、彼女の作品名だった。何故今、ここでその名前が出てくるのか。

 100年以上前、まるで生きているように見える美しい人形を作った伝説の人形師、リーベンデイル。

 現代に残る彼の作品はとても希少で、とてつもなく法外な値段で売買されるという。けれど、その人形の価値以上に有名な話がある。

 リーベンデイルの人形は、その美しさ故に、人を魅了し狂わせ、それを手に入れた者はみな、凄惨な最後を遂げる。それでも、リーベンデイルの人形を一目見てしまうと、誰もがその人形を求めずにはいられないのだとか。

人形に囚われ狂気に染まった持ち主にまつわる逸話は尽きない。

 一体の人形に魅入られた使用人が、その人形を持つ主一家を惨殺した話や、人形を誰が相続するかで兄弟間に殺し合いが起こった話など。逸話の多くは人形に魅入られそれ故に狂った人と、その狂気に巻き込まれた人々の悲劇だ。
 それらの話がどこまで本当なのか、アリシティアは知らない。




「宵闇の少女…」

 アリシティアはただなんとなく、アルフレードの言葉を繰り返した。
 己に付けられた作品名の意味など、考えもしなかった。オークショニアが適当に付けた名前だと、競売の時ですら聞き流していた。

 リーベンデイルの名は愛玩用の奴隷として売買された美しい少年や少女達の隠語。アリシティアはそれ以上に、深く考えた事など無かった。

 愛玩奴隷を『リーベンデイルの人形』と表現するだけで、購買者に奴隷を買うという罪悪感を薄れさせ、まるで美術品を手に入れるような高揚感を引き出す。
 何よりも、売買される愛玩奴隷達の、人並外れた美しさを顕す事ができる。

 だからこそ、奴隷の競売にリーベンデイルの名が使われたのだと思っていた。
 
 アリシティアは、背中を虫が這いずるようなぞわりとした感覚に襲われ、身を震わせた。



 そんな彼女を見たアルフレードが珍しく言い淀み、一呼吸置く。けれど彼の視線はしっかりとアリシティアを捉えた。


「……アリシティア。リーベンデイルの生きた人形と最初に呼ばれたのは、愛玩用の奴隷として売買された子供達では無いんだ」

 その声に滲むのは、彼が隠そうとする躊躇いと苦悩。

「え?」

 突然紡がれた言葉の意味をはかりかね、アリシティアはその夜明け色の目を見開く。



 一度ゆっくりと目を閉じそして再び開いたアルフレードには、王太子の持つ冷酷さがわずかに顔を覗かせていた。

「元々は君が、君自身が、『リーベンデイルの生きた人形』と呼ばれる存在だったんだ」

 アルフレードは冷然と、だが明確に告げた。



 アリシティアの喉がひゅっと鳴った。息を呑む。

 瞬間、視界が黒に塗り尽くされた気がした。
声を奪われたように、喉を締め付けられたように、アリシティアは言葉を失った。

 衝撃に思考が揺さぶられる。
アルフレードの言葉は思いもよらないもので、彼が何を言わんとしているのか予想すらつかない。けれど、できるならばその先を聞きたくはないと思った。

 脳が考える事を拒絶したかのように麻痺する。ただ、とても恐ろしい事を告げられようとしている事だけはわかった。震える息を抑えつけて、唇を引き結ぶ。


 続いた沈黙の長さは分からなかった。


「美を追い求めたリーベンデイルが、晩年、狂っていたという話は知っている?」

 アルフレードはゆっくりと確認するように問う。アリシティアはただ、息を殺して頷いた。何かがこみあげてくる。
 ここから逃げ出したい衝動に駆られた。



「その狂気故に、彼の美への妄執が生み出した人形達は、どの作品も人を魅了し、狂わせる程に美しく、一気にリーベンデイルの名前を世に広めた。その中でも、見た者を最も狂わせる作品がある。それは、一人の少女をモデルに作られた、『宵闇の少女』とよばれる13体の人形だ。ただし、その中の一体は元々・・存在しない」

「…元々存在しないのなら、12体ではないの?」

 アリシティアの声が震えた。ただアルフレードを見つめ、次の言葉を待つ。

「最後の一体は、宵闇の少女のモデルとなった少女自身だと、死の間際にリーベンデイルが語っている」

「そのモデル…って」

「真実はリーベンデイルにしかわからない。けれど、リーベンデイルの生きた時代に、若くして亡くなった王女をモデルにしたのでは…と言われている。真実はどうあれ、アリシティア、君の容姿はその王女の特徴を色濃く受け継いでいる。リーベンデイルの狂信者達を凶行へと駆り立てる程にね」


「……どう…………」


 それはどういう意味だと、問おうとして……。だが、喉が声を出すことを許さない。

脳は考えることを拒絶しているのに、アリシティアの脳裏では、勝手に嫌な推測が組み立てられていった。


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