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第二章
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アリシティアの言葉に、リカルドはなんとなく遠い目になった。
「あーうん。はっきりとした意味はわからないけど、なんか凄いことを言ってるのはわかる」
なんとなくではあるが、アリシティアの心情を汲み取ったリカルドは、曖昧に頷いた。
「そ。まあ、そんな事よりチューダー伯を探してくれる? あの方、あの体型だから、探しやすいとは思うのよね」
仮面をかぶり服装を変えても、狭い貴族社会だ。社交界に出入りしている人物であれば、シルエットや所作で、その人物が誰であるか、おおよその検討はつく。
「は?探してどうするんだ?」
「もちろんお近づきになるに決まってるじゃない」
二人は人波を躱しながら会場内を進む。さり気なく辺りに気を配りつつも、アリシティアは平然と答えた。そんなアリシティアの後ろで、リカルドがとてつもなく焦りだす。
「いやいやいや、まてよ女王様、なんで自分からあんな変態に近寄ろうとするんだよ」
「ミレディ様だってば。公子様もそう言っていらしたけど、伯爵様のどのへんが変態なの?」
いつの間にかリカルドの中で女王様呼びが定着しつつあった。せっかく考えた偽名も呼んでくれる人がいなければ、意味がないというのに。
「あ──、あいつは真面目にヤバいやつだからな。大きな声では言えないけど、この間城下で闇オークションの摘発があったんだけどさ、あいつ夜会で誘拐された若い女の子を落札しようとしたんだぞ」
──── それは私だ...。
アリシティアは、思わず心のなかで突っ込んでいた。
なんとなく、パートナーにモブ顔のリカルドを選んでしまったが、レオナルドを連れてくれば良かったかも…と、アリシティアはほんの少し後悔しつつあった。
(いくら私が王家の影とはいえ、なんで職務上知り得た情報を、こうもあっさり漏らしちゃうんだろう…)
とはいえ、実の所は自分のことさえバラされなければ、アリシティアの屑な友人第一号は、とてつもなく理想的な友人だ。
アリシティアに気を許し、職務上知り得た事を話題にして雑談する彼は、エヴァンジェリンの護衛で、しかもエヴァンジェリンが一番気を許しているレオナルドのパートナーだ。
もちろん、この情報については、リカルドの守るエヴァンジェリンには何も関係がなく、近衛では当たり前の情報として、共有されているはずだ。だが、そのどうでも良い情報こそが、アリシティアが欲しい情報だった。
リカルドのかなりチョロ過ぎる所が、逆に罠なのではと心配になるレベルだが……。と、そこまで考えて、不意にアリシティアはある事に思い至った。同時に怒りが込み上げてくる。
─── あの細目公爵!!
心の中で思わず悪態をつく。
ようやく、アリシティアは気づいた。
王弟ガーフィールド公爵が、苦虫を噛み潰したような表情ではあったが、しぶしぶ最愛のソニア・ベルラルディーニの特別演奏会の招待状を差し出した理由に。
もしかしたら、アリシティアが挑んだ七並べで、公爵が『なんでもお願いを叶える券』を出してきたことすらも、公爵の計画の内だったのかもしれない。
公爵は間違いなくリカルドがソニアのファンであることは知っていたはずだ。もしかしたらレオナルドもソニアの隠れファンだと知っていたのかもしれない。いや知らないはずはない。ソニアは公爵がこの世界で最も愛する女性だ。きっと彼女のファンについても把握しているだろう。
その上で、ソニア・ベルラルディーニの招待状を手に入れたアリシティアがどう行動するか、公爵は想定していただろう。
だとすれば、これは公爵がレオナルドを王妃派の情報源にするための茶番だ。
エヴァンジェリンはルイスの前では自分を取り繕っている。だがレオナルドはエヴァンジェリンと、気安く何でも話せる幼なじみの距離感を維持していた。
公爵はわざとアリシティアにソニア・ベルラルディーニの招待状を手に入れさせたのだ。招待状を手に入れたアリシティアが、レオナルドとリカルドに近づく事を見越して。
そして二人は、公爵の思惑通りアリシティアの屑な友人一号と二号になった。
──── ただ、今回の招待状と、小説に出てくる王太子暗殺事件に絡む商人の情報が欲しかっただけなのに…。
アリシティアは公爵の手のひらの上で踊らされた人形。
だが、たとえ公爵の手の内と言えど、アリシティアはあえて公爵の持つ招待状を強奪する事を選んだ。少なくともアルフレードも同じ招待状を持っていたのに。
だとすれば、公爵にとってソニア・ベルラルディーニの招待状と見合うだけの価値ある成果を得られなかった場合、どんな嫌がらせが待っているか。考えただけでも恐ろしい。
内心ゾッとしているアリシティアをよそに、リカルドは呑気に話を続けている。
「それで、まあ当然、あの変態も捕まったんだけどさ。オークショニアが闇オークションでその女の子の事をリーベンデイルの人形と紹介したらしくて、それを信じて人形を落札しようとしただけだって、言い張って逃げ切ったんだぞ」
「あの闇オークションは、客の方は最終的に全員無罪放免になったのよね」
「おう、さすが王太子殿下の戦うメイド。よく知ってるな」
「その、王太子殿下の戦うメイドの正体をもしも他人に喋ったら、あなたは間違いなく殺されるし、聞いた人もとばっちりで殺されるから気をつけてね」
「おおぅ! さすが影の騎士団。めちゃくちゃ怖いな。恐ろしすぎて笑えるわ」
恐ろしいのか楽しいのか、リカルドはおどけたように肩を竦めた。彼にとっては、あえて釘を刺すまでもなく、想定内の事。だからこそ、笑っていられるのだ。アリシティアは前を見たまま「実は曲者だったりして」と、ボソリと呟いた。
「なんか言ったか?」
「いいえ、なんにも」
この馬鹿げたやり取りに、アリシティアは嫣然と微笑んだ。
「あーうん。はっきりとした意味はわからないけど、なんか凄いことを言ってるのはわかる」
なんとなくではあるが、アリシティアの心情を汲み取ったリカルドは、曖昧に頷いた。
「そ。まあ、そんな事よりチューダー伯を探してくれる? あの方、あの体型だから、探しやすいとは思うのよね」
仮面をかぶり服装を変えても、狭い貴族社会だ。社交界に出入りしている人物であれば、シルエットや所作で、その人物が誰であるか、おおよその検討はつく。
「は?探してどうするんだ?」
「もちろんお近づきになるに決まってるじゃない」
二人は人波を躱しながら会場内を進む。さり気なく辺りに気を配りつつも、アリシティアは平然と答えた。そんなアリシティアの後ろで、リカルドがとてつもなく焦りだす。
「いやいやいや、まてよ女王様、なんで自分からあんな変態に近寄ろうとするんだよ」
「ミレディ様だってば。公子様もそう言っていらしたけど、伯爵様のどのへんが変態なの?」
いつの間にかリカルドの中で女王様呼びが定着しつつあった。せっかく考えた偽名も呼んでくれる人がいなければ、意味がないというのに。
「あ──、あいつは真面目にヤバいやつだからな。大きな声では言えないけど、この間城下で闇オークションの摘発があったんだけどさ、あいつ夜会で誘拐された若い女の子を落札しようとしたんだぞ」
──── それは私だ...。
アリシティアは、思わず心のなかで突っ込んでいた。
なんとなく、パートナーにモブ顔のリカルドを選んでしまったが、レオナルドを連れてくれば良かったかも…と、アリシティアはほんの少し後悔しつつあった。
(いくら私が王家の影とはいえ、なんで職務上知り得た情報を、こうもあっさり漏らしちゃうんだろう…)
とはいえ、実の所は自分のことさえバラされなければ、アリシティアの屑な友人第一号は、とてつもなく理想的な友人だ。
アリシティアに気を許し、職務上知り得た事を話題にして雑談する彼は、エヴァンジェリンの護衛で、しかもエヴァンジェリンが一番気を許しているレオナルドのパートナーだ。
もちろん、この情報については、リカルドの守るエヴァンジェリンには何も関係がなく、近衛では当たり前の情報として、共有されているはずだ。だが、そのどうでも良い情報こそが、アリシティアが欲しい情報だった。
リカルドのかなりチョロ過ぎる所が、逆に罠なのではと心配になるレベルだが……。と、そこまで考えて、不意にアリシティアはある事に思い至った。同時に怒りが込み上げてくる。
─── あの細目公爵!!
心の中で思わず悪態をつく。
ようやく、アリシティアは気づいた。
王弟ガーフィールド公爵が、苦虫を噛み潰したような表情ではあったが、しぶしぶ最愛のソニア・ベルラルディーニの特別演奏会の招待状を差し出した理由に。
もしかしたら、アリシティアが挑んだ七並べで、公爵が『なんでもお願いを叶える券』を出してきたことすらも、公爵の計画の内だったのかもしれない。
公爵は間違いなくリカルドがソニアのファンであることは知っていたはずだ。もしかしたらレオナルドもソニアの隠れファンだと知っていたのかもしれない。いや知らないはずはない。ソニアは公爵がこの世界で最も愛する女性だ。きっと彼女のファンについても把握しているだろう。
その上で、ソニア・ベルラルディーニの招待状を手に入れたアリシティアがどう行動するか、公爵は想定していただろう。
だとすれば、これは公爵がレオナルドを王妃派の情報源にするための茶番だ。
エヴァンジェリンはルイスの前では自分を取り繕っている。だがレオナルドはエヴァンジェリンと、気安く何でも話せる幼なじみの距離感を維持していた。
公爵はわざとアリシティアにソニア・ベルラルディーニの招待状を手に入れさせたのだ。招待状を手に入れたアリシティアが、レオナルドとリカルドに近づく事を見越して。
そして二人は、公爵の思惑通りアリシティアの屑な友人一号と二号になった。
──── ただ、今回の招待状と、小説に出てくる王太子暗殺事件に絡む商人の情報が欲しかっただけなのに…。
アリシティアは公爵の手のひらの上で踊らされた人形。
だが、たとえ公爵の手の内と言えど、アリシティアはあえて公爵の持つ招待状を強奪する事を選んだ。少なくともアルフレードも同じ招待状を持っていたのに。
だとすれば、公爵にとってソニア・ベルラルディーニの招待状と見合うだけの価値ある成果を得られなかった場合、どんな嫌がらせが待っているか。考えただけでも恐ろしい。
内心ゾッとしているアリシティアをよそに、リカルドは呑気に話を続けている。
「それで、まあ当然、あの変態も捕まったんだけどさ。オークショニアが闇オークションでその女の子の事をリーベンデイルの人形と紹介したらしくて、それを信じて人形を落札しようとしただけだって、言い張って逃げ切ったんだぞ」
「あの闇オークションは、客の方は最終的に全員無罪放免になったのよね」
「おう、さすが王太子殿下の戦うメイド。よく知ってるな」
「その、王太子殿下の戦うメイドの正体をもしも他人に喋ったら、あなたは間違いなく殺されるし、聞いた人もとばっちりで殺されるから気をつけてね」
「おおぅ! さすが影の騎士団。めちゃくちゃ怖いな。恐ろしすぎて笑えるわ」
恐ろしいのか楽しいのか、リカルドはおどけたように肩を竦めた。彼にとっては、あえて釘を刺すまでもなく、想定内の事。だからこそ、笑っていられるのだ。アリシティアは前を見たまま「実は曲者だったりして」と、ボソリと呟いた。
「なんか言ったか?」
「いいえ、なんにも」
この馬鹿げたやり取りに、アリシティアは嫣然と微笑んだ。
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