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第二章
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しおりを挟む「申し訳ございません殿下。少し遅れてしまいました」
メイド服の少女は悪気なく答える。そんな彼女の右手には、メイドにはあまりにも似つかわしくないモノが握られていた。
それは複数の細い革紐を束ねるように1本に編み込んだ鞭で、長さは3メートルはある。その鞭が彼女の手の動きに合わせて、空気を引き裂き、瞬時に複数の矢を弾き落としていく。護衛達は思わず息を呑んだ。
護衛達の驚愕など気にもとめず、ストロベリーブロンドの少女は、再び鞭を振るう。高速で蛇のような影が蠢き、空気を切り裂く音が響く。そんな中、少女は目前の男に向け口を開いた。
「シェヴァリ様、どうかそのままで。巻き添えで王太子暗殺の主犯格として、処刑されたくないのであれば」
鈴を転がしたような可憐な声が響く。だが、その内容は限りなく物騒だ。
「えっ?えっ?」
「私はあなたまで守ってはいられません。すぐさま物陰にでも隠れてください。あ、王太子殿下!殿下はそのまま後ろの回廊の壁側まで下がってください。矢の飛んでくる位置からして、今のところ射手は5人です」
「よろしく。結構ギリギリだったけど、何かあった?」
アルフレードは自分と護衛の前に立つメイド服のアリシティアの背に、普段通りの口調で話しかける。
「それは勝手に予定を変えた殿下のせいです。もう少し時間があると思って二度寝していたら、置いて行かれてしまったではありませんか」
朝起こしてくれなかった親に文句を言う子供のように、アリシティアは口元を尖らせた。
鞭を振り回しながら可愛らしいメイドがよりにもよって王太子に文句を言うという、シュールな光景に、護衛達は呆気に取られる。
「君の寝起きが悪いのを僕のせいにされても…」
王太子の苦笑を含む独り言に、アリシティアがフンと鼻で笑った時。不意に聞き慣れた女性の叫び声が、アルフレードの耳に届いた。
「お兄様!!」
エヴァンジェリンが、二人の護衛、レオナルドとリカルドを連れて回廊を走ってくる。
その姿を目にしたアルフレードが、思わず舌打ちした。
「エヴァンジェリン!こちらにくるな!! レオナルド、リカルド、エヴァンジェリンをとめろ!!」
背後の気配を探りながら、アリシティアは空気を切り裂き、飛んできた矢を叩き落としていく。
アリシティアは小説通りの展開にげんなりした。何故わざわざ、危険地帯に向かって突進してくるのか。彼女が来たところで、余計な仕事が増えるだけだ。まさに歩くトラブルメーカーだ。
二人の護衛がエヴァンジェリンに声をかけるが、「お兄様をお助けしないと」などと、泣きそうな声を上げている。
そんな彼女に対して「お前はまず自分の安全を優先しろ」と、レオナルドが護衛の立場を忘れて怒鳴りつけた。
レオナルドとエヴァンジェリンのやりとりを聞いていたアリシティアが、不意に表情を変える。動けずにいるエルネスト・シェヴァリに向かって走り出した。
ふわりとスカートの裾が乱れた。そして、そのまま振り上げた足で、的確にエルネスト・シェヴァリの腹に蹴りを入れる。その刹那「ぐぅっ!!」という悶絶の声と共に、エルネスト・シェヴァリが、横に吹き飛んだ。
「邪魔だと言ったではありませんか!」
そんなことは言ってはいない。
ただ、アリシティアの中では、要約したらそう言ったことになっていた。
大の大人の男が、少女の横蹴りに数メートル飛ばされるという、その信じられない光景に、護衛達は息を呑む。
ただエヴァンジェリンに付いているリカルドだけが「おお、すげーな。あれが王太子殿下の戦闘メイドか」などと、感嘆の声を挙げていた。
そんな人々を置き去りにするように、アリシティアはメイド服のスカートの裾を翻しながら、再び鞭を振るった。
数メートルは離れた地面の上で転げ、腹を抱えてうめく男の事など気にはしていられない。『歩くトラブルメーカー』が、走ってきているのだから。
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