余命一年の転生モブ令嬢のはずが、美貌の侯爵様の執愛に捕らわれています

つゆり 花燈

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第二章

17.女神の祭典と暗殺者 1

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 愛と美の女神ディーナと、誘惑と支配の女神エウロが讃えられるベネディグティオ デア祭は、一年に一度夏から秋にかけて季節が変わる頃に行われる。


 王宮から馬車で2時間半は離れた丘の上に、二柱の女神の神殿がある。その下に広がる街は露店や催しで賑わい、参拝客や観光客で溢れかえっていた。




 ディーナとエウロ。この二柱の女神が揃うと、どうしても世俗的な印象があると、いつだったかアルフレードは妹に本音をもらした事がある。

 そんなアルフレードの呟きに対して、妹は笑った。

『人に子孫を残したいという本能がある限り、二柱の女神達から与えられる祝福は、人の本質を満たすものではないかしら?』

『どういう意味?』

『自分にとってより良いしゅを残す為に、人は本能でしゅの優劣を見極めようとするでしょう? そして、自分以外の個体と出会った時に、一番最初に得られるのは、目から見た情報になる』

『そうかもね。でも、人は見た目だけじゃないだろう?』

『そうね、目から得た情報は、簡単に他の情報で上書きされる。だったら目から得た情報が他の情報で書き換えられる前に、しゅとして優れた個体の心を支配しておけばいい』

『なんとなく、言いたいことはわかったけど、まるで虫のように人を語るね』

『女神から見れば、人も虫も、さして変わらないのでは?』

 女神リネスに特別に愛された妹は、僅かに首を傾げた。

『そうだろうか?神々は人を自分達の姿に似せて創り、この地を支配する権限を与えた。人は特別愛された存在だと思うよ』

 アルフレードの言葉に、妹は数度瞬きした。

『お兄様が言うのなら、そうなのかもね。世俗的にいうなら、表面的な造形の美しさひとつで、愛しい人の愛を手に入れ、その心を生涯支配し続けられるのなら、二柱の女神から同時に祝福を与えられる祭典は、女性にとっては最高だと思うわ』

『支配された方はたまったものではないと思うけど…。きみも二柱の女神からの祝福を望むの?』

『もちろん。美と愛、支配と誘惑、あと巨乳。どれも私のような悪女には欠かせませんから』

『…ふうん?』

 何故巨乳?と思わなかった訳ではない。だが、何故か自称悪女の妹は、胸元がストンとして足元が良く見えていた頃から、「巨乳は悪女いい女の象徴」と言いながら、バストアップ運動なるものをしていた。なので、アルフレードはそこに突っ込んで話したいとは思わなかった。

 女神に愛され、ただ静かに座っていれば、芸術的な価値を持つリーベンデイルの人形のように美しい妹。そんな彼女を一目見て、その美しさに囚われ、心を支配されてしまった哀れな男の過去を、アルフレードは思い出した。

 女神の祝福というよりは、さながらそれは、蜘蛛の巣に捕らえられた蝶のようだと思った。男がたとえこの先どんな人生を送ろうと、きっと心は永遠に彼女に囚われたまま。





 昨日までは快晴続きであったのに、今日の空は今にも泣き出しそうな曇天だった。そんな中、アルフレードは雨が降りだす前にと、予定を繰り上げて神殿へ向かった。

 王侯貴族の為の入り口から入り、用意された部屋で案内の神官が来るのを待つ。さして待たされる事なく神官が来て、アルフレードは部屋を出た。

 彼は礼拝堂へと続く長い回廊を歩きながら、中庭に目を向けた。広い中庭は、広葉樹がうっそうと葉を茂らせていて、小さな森の中にいるような気分になる。

 その時、高木の枝の間から、一瞬だが、何かに光が反射した。


─── 暗殺者が隠れ放題だな。


 呑気にそんな感想がうかび、つい苦笑したアルフレードは自らの護衛をみる。
神殿の中についてくることができる護衛は2人だけだが、一人は近衛に配属されたばかりの新人である事を思い出した。実力はあるのだろうが、おそらく、暗殺者と対峙するのはこれが初めてになるだろう。

 反射した光が見えた木を見据えながら、剣の柄に手を添える。
 剣を取り上げられる前でよかったと、アルフレードは小さく息を吐いた。
礼拝堂内では、王族とその護衛といえど、帯剣はできない。


「ラウロ、君は恋人と祭りに参加しないのか?」

 アルフレードは中庭に視線を向けたまま、新人の近衛に尋ねる。

「今日のこの仕事が終わったら、夜の祭りには参加するつもりです。それで、できたら彼女にプロポーズしたいなとおもっていまして……」

 ラウロは頭をかきながら照れたように笑う。それはかつてアリシティアが言っていた、緊迫した状況下で決して言ってはならない言葉、“死亡フラグ”というものではないだろうかと、アルフレードは内心苦笑した。

「へぇ、うまくいく事を祈るよ」

 アルフレードは計算しつくした笑顔を浮かべる。そんなアルフレードの笑みを見て、何故かラウロは顔を赤くした。

「ありがとうございます。プロポーズが成功するように、彼女より先に殿下と一緒に女神様から祝福を頂いておけと皆からも言われました。だけど、殿下にはディーナ神の美の祝福は必要ないですね。美しさがキラキラと溢れ出してますし」

 ラウロの言葉で、新人の彼がアルフレードと共に中に入る事になった経緯を知る。ほんの少しだけ不安になるが、今更だ。

「そうかな?」

「ええ、そうです」

 ラウロが断言する。その姿に、もう1人、アルフレードの護衛を務めるテオドロスが小さく肩を震わせて笑う。ラウロはまだ、アルフレードが近衛や文官達から最凶王太子と呼ばれている事を知らない。


 いつ襲撃されるかはわからない。すぐにでも礼拝堂に入って、そこで神官達に事情を話す方が良いかと考えながら、アルフレードは、回廊の先の礼拝堂を見る。その時中庭の方から声がかかった。



「王太子殿下」

 アルフレードが中庭に視線を戻すと、見知った青年がいた。

 青年の顔色は青く、目の下にはクマができている。足を止めて礼を取る青年は、ドーリア侯爵家の二男、エルネスト・シェヴァリだった。

「シェヴァリ卿お久しぶりですね」

 アルフレードは笑みを浮かべる。彼は王太子派の重鎮の息子だ。
 さすがに、暗殺者がいると思われる庭に放置する訳にもいかない。
一瞬で考えを巡らせたアルフレードが、彼をさりげなく避難させようとした、その時。

 不意に、目の前を横切るように、青い蝶が羽ばたいた。アルフレードは思わず足を止める。

「王太子殿下、殿下にどうしてもお伺いしたい事が…」

 礼を解いたエルネスト・シェヴァリが、近寄ろうとした時、殺気が充満した。テオドロスが、剣に手をかけて、いち早く抜く。

 同時に、ヒュッと空気を切り裂く音がした。アルフレードの顔のすぐ横を黒く細い影がすりぬけ、勢いよく壁に刺さった。
中庭の高木の上から、矢が放たれたと瞬時に理解したテオドロスが、アルフレードを背に隠す。

 何が起こったのかわからなかった案内の神官は、王太子の後ろの壁にめりこんている矢を見て、「ヒッ」と短く悲鳴を上げた。

 ラウロも剣を抜き、アルフレードを背に、目前のシェヴァリを睨みつける。

 そんな緊迫した空気の中、アルフレードの周囲には青い蝶が優雅に舞っていた。



 襲撃者の人数もわからない状況でありながら、目前の光景にアルフレードは僅かな安堵を覚える。

 その時だった。

 彼らの視界に幾重にも重なった、薄いベールのようなものがはためいた。
それに続きピンクブロンドの髪を耳下で結んだメイドが、上から舞うようにふわりと降ってくる。

 彼女はアルフレードの護衛に背を向けたまま、自らを盾にする様に、音もなく地面に降り立つ。

 ふわりと巻いた髪が揺れ、スカートが風にたなびく。幾重にも重ねられたベールのように見えたのは、この少女のスカートの下に何枚も重ねられていたレースだ。そんなよく分からない現状に、護衛達は一瞬動きを止めた。

 まるでピクニックにでも行くように、片腕に大きな籐のカゴをかけたメイド服の少女。その少女の周囲には青い蝶がひらひらと舞っている。

 そんな正体不明の女が回廊の屋根の上、二階のバルコニーから飛び降りてきたのだ。二人の護衛は、すぐさまそのメイドの少女が敵である可能性に思い至った。

 護衛達はメイド服の少女の背に、剣を向ける。それを見たアルフレードが声を荒げた。

「彼女は私についている影だ!!手を出すな!!」


 声と同時に、中庭から複数の矢が重なるように飛んでくる。

 少女の周囲の空中で、黒い蛇のようなものがうねった。

 そして、空気を切り裂く大きな音とともに、飛んできた矢が黒い蛇に勢いよく弾き落とされていく。



「遅かったね、ドール」

 アルフレードは優雅な笑みを浮かべ、なんの緊張感もないように、メイド服の少女に話しかけた。
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