上 下
27 / 191
第一章

4※

しおりを挟む
 なんとか嗤いを収めて、ベアトリーチェは短く息を吐いた。

「何なの、この二重人格っぷり。面白過ぎるわね。あんた、どれだけあの子が大好きなの?執着、妄執?違うわね。そんなレベルじゃない。強いて言うなら、狂愛……かしらね。それにしても、効果を薄めていたとはいえ、『ベアトリーチェの魅了薬』に抗える人間がいたとはねぇ。すっごい精神力。普通の人間ならたった一滴で、お姫様の足に縋り付いてでも彼女の愛を乞うて、己の全てを差し出すレベルよ?過去、傾国の美女に狂い国を滅ぼした王たちのように。ね?」

「『魅了薬』ねぇ……。魔女が作る薬で滅んだ国でもあるのか?」

「いくつかあるわよ。この国の人間ならみんな知っている御伽噺の中の国もその一つ」

「へえ」

「……ねぇ、あの薬に抗えるなんて異常だわ。あんた普通の人間‥‥…じゃないわよね?何者なの?」

 ベアトリーチェの声のトーンが、僅かにではあるが重々しくなる。そんなベアトリーチェを、ルイスは忌々しげに睨んだ。

「普通の人間以外の何者でも無いだろう。さっさと解毒剤を出せ」

「なんで解毒剤があると思う訳?」

「お前が奇妙な薬を作った時は、必ず解毒剤も作っていると、アリシティアが言っていた」

「まあ、魔女の秘密を軽々しく話すなんて。アリスったらおしゃべりな子。お仕置きしなきゃだわ」


 白々しく話しながら、ベアトリーチェは椅子から立ち上がり、部屋の隅の戸棚に並べられた瓶に手を伸ばす。中身を確認してから、ルイスの立つ部屋の入り口へと歩いて行く。
ルイスの正面に立ったベアトリーチェは、ルイスの顔の前に薬入りの瓶をかざした。

「魔女への対価は?」

 ベアトリーチェの問いに、ルイスが冷笑する。

「沈黙」

 ルイスの答えに、ベアトリーチェが目を細めた。

「はあ?」

「沈黙だよ。お前がエヴァンジェリンにその『魅了薬』とか言う名の洗脳薬を渡して、僕の気持ちをアリシティアから引き離そうとした事を黙っている。お前は僕の可愛い婚約者に嫌われたくはないだろう?」

 ルイスは、嘲るように口角をあげた。



「……ああ。そのお綺麗な顔でそんな風に笑われると、心底腹が立つわ。言っとくけどね、私はお姫様に惚れ薬を出せと言われたから出しただけよ。それをお姫様が誰に使ったかなんて、私には関係のない話よ」

「そんな言い訳が、アリシティアに通じると思っているなら、言ってみればいい。でもアリシティアは傷付くだろうね。何故か彼女は、お前の事を盲目的に信じているから」

 その言葉に、観念したようにベアトリーチェは薬瓶を差し出した。




「はっ、いい性格してるわ。仕方がないから、今回はサービスしてあげる。これ、ティースプーンニ杯分を毎朝飲んで」

ルイスは頷いて瓶を受け取った。

「よかった。契約成立だね魔女殿。とりあえず、君を殺すのはやめておく事にするね。君みたいな奴でも死んでしまえば、僕の優しすぎる婚約者が悲しむから」

 ルイスはあまりにも整った麗しい顔に、いつもの甘ったるい笑みを浮かべた。口調は普段通りに戻ってはいる。だが、見る角度によって青にも紫にも見える瞳には、いまだ殺気が含まれていた。

「本当にムカつくわね。あんたが黙ってるって事は、あんたはずっとあの子に勘違いされたままよ?それでも良いの?あの子は簡単にあんたを信じたりはしないわよ?」

「そうだね。僕はエヴァンジェリンのお目付役からはのがれられない。そんな状態では余計に難しいだろうね。それに理由なんて関係なく、僕の行動の責任は全て僕自身にある」

「あら、ちゃんと自覚はあるのね。でも、あの子に、泣いて言い訳した方が良いんじゃないの?」

「言い訳?僕が?」

「だってそれって、あんたはあの子に嫌われたままって事よ?」

 ベアトリーチェの言葉に、ルイスは不意に笑った。いつもの甘ったるい微笑みではなく、冷たく、尊大で、けれども愉快げに。




「嫌われてる? 誰が誰に?」

 ルイスはもたれていた扉から背を離す。

「じゃあね、魔女殿。僕の可愛い婚約者が来ても、余計な事はいわないでね。お互いのために……ね?」

 言い置いて、ルイスは踵を返し部屋を出ていった。
部屋を出る刹那のルイスの笑みが、ベアトリーチェにとっては、とてつもなく不快だった。





 閉じられた扉を見たまま、ベアトリーチェは眉間に皺を寄せて、髪をかき上げ首を振る。
 
「あー、マジにクソムカつくな。あの腹黒野郎」

 誰に言うでもなく、『魔女、ベアトリーチェ』を自称するウィルキウス・ルフスはつぶやいた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

夫に離縁が切り出せません

えんどう
恋愛
 初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。  妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。