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第一章
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なんとか嗤いを収めて、ベアトリーチェは短く息を吐いた。
「何なの、この二重人格っぷり。面白過ぎるわね。あんた、どれだけあの子が大好きなの?執着、妄執?違うわね。そんなレベルじゃない。強いて言うなら、狂愛……かしらね。それにしても、効果を薄めていたとはいえ、『ベアトリーチェの魅了薬』に抗える人間がいたとはねぇ。すっごい精神力。普通の人間ならたった一滴で、お姫様の足に縋り付いてでも彼女の愛を乞うて、己の全てを差し出すレベルよ?過去、傾国の美女に狂い国を滅ぼした王たちのように。ね?」
「『魅了薬』ねぇ……。魔女が作る薬で滅んだ国でもあるのか?」
「いくつかあるわよ。この国の人間ならみんな知っている御伽噺の中の国もその一つ」
「へえ」
「……ねぇ、あの薬に抗えるなんて異常だわ。あんた普通の人間‥‥…じゃないわよね?何者なの?」
ベアトリーチェの声のトーンが、僅かにではあるが重々しくなる。そんなベアトリーチェを、ルイスは忌々しげに睨んだ。
「普通の人間以外の何者でも無いだろう。さっさと解毒剤を出せ」
「なんで解毒剤があると思う訳?」
「お前が奇妙な薬を作った時は、必ず解毒剤も作っていると、アリシティアが言っていた」
「まあ、魔女の秘密を軽々しく話すなんて。アリスったらおしゃべりな子。お仕置きしなきゃだわ」
白々しく話しながら、ベアトリーチェは椅子から立ち上がり、部屋の隅の戸棚に並べられた瓶に手を伸ばす。中身を確認してから、ルイスの立つ部屋の入り口へと歩いて行く。
ルイスの正面に立ったベアトリーチェは、ルイスの顔の前に薬入りの瓶をかざした。
「魔女への対価は?」
ベアトリーチェの問いに、ルイスが冷笑する。
「沈黙」
ルイスの答えに、ベアトリーチェが目を細めた。
「はあ?」
「沈黙だよ。お前がエヴァンジェリンにその『魅了薬』とか言う名の洗脳薬を渡して、僕の気持ちをアリシティアから引き離そうとした事を黙っている。お前は僕の可愛い婚約者に嫌われたくはないだろう?」
ルイスは、嘲るように口角をあげた。
「……ああ。そのお綺麗な顔でそんな風に笑われると、心底腹が立つわ。言っとくけどね、私はお姫様に惚れ薬を出せと言われたから出しただけよ。それをお姫様が誰に使ったかなんて、私には関係のない話よ」
「そんな言い訳が、アリシティアに通じると思っているなら、言ってみればいい。でもアリシティアは傷付くだろうね。何故か彼女は、お前の事を盲目的に信じているから」
その言葉に、観念したようにベアトリーチェは薬瓶を差し出した。
「はっ、いい性格してるわ。仕方がないから、今回はサービスしてあげる。これ、ティースプーンニ杯分を毎朝飲んで」
ルイスは頷いて瓶を受け取った。
「よかった。契約成立だね魔女殿。とりあえず、君を殺すのはやめておく事にするね。君みたいな奴でも死んでしまえば、僕の優しすぎる婚約者が悲しむから」
ルイスはあまりにも整った麗しい顔に、いつもの甘ったるい笑みを浮かべた。口調は普段通りに戻ってはいる。だが、見る角度によって青にも紫にも見える瞳には、いまだ殺気が含まれていた。
「本当にムカつくわね。あんたが黙ってるって事は、あんたはずっとあの子に勘違いされたままよ?それでも良いの?あの子は簡単にあんたを信じたりはしないわよ?」
「そうだね。僕はエヴァンジェリンのお目付役からは逃れられない。そんな状態では余計に難しいだろうね。それに理由なんて関係なく、僕の行動の責任は全て僕自身にある」
「あら、ちゃんと自覚はあるのね。でも、あの子に、泣いて言い訳した方が良いんじゃないの?」
「言い訳?僕が?」
「だってそれって、あんたはあの子に嫌われたままって事よ?」
ベアトリーチェの言葉に、ルイスは不意に笑った。いつもの甘ったるい微笑みではなく、冷たく、尊大で、けれども愉快げに。
「嫌われてる? 誰が誰に?」
ルイスはもたれていた扉から背を離す。
「じゃあね、魔女殿。僕の可愛い婚約者が来ても、余計な事はいわないでね。お互いのために……ね?」
言い置いて、ルイスは踵を返し部屋を出ていった。
部屋を出る刹那のルイスの笑みが、ベアトリーチェにとっては、とてつもなく不快だった。
閉じられた扉を見たまま、ベアトリーチェは眉間に皺を寄せて、髪をかき上げ首を振る。
「あー、マジにクソムカつくな。あの腹黒野郎」
誰に言うでもなく、『魔女、ベアトリーチェ』を自称するウィルキウス・ルフスはつぶやいた。
「何なの、この二重人格っぷり。面白過ぎるわね。あんた、どれだけあの子が大好きなの?執着、妄執?違うわね。そんなレベルじゃない。強いて言うなら、狂愛……かしらね。それにしても、効果を薄めていたとはいえ、『ベアトリーチェの魅了薬』に抗える人間がいたとはねぇ。すっごい精神力。普通の人間ならたった一滴で、お姫様の足に縋り付いてでも彼女の愛を乞うて、己の全てを差し出すレベルよ?過去、傾国の美女に狂い国を滅ぼした王たちのように。ね?」
「『魅了薬』ねぇ……。魔女が作る薬で滅んだ国でもあるのか?」
「いくつかあるわよ。この国の人間ならみんな知っている御伽噺の中の国もその一つ」
「へえ」
「……ねぇ、あの薬に抗えるなんて異常だわ。あんた普通の人間‥‥…じゃないわよね?何者なの?」
ベアトリーチェの声のトーンが、僅かにではあるが重々しくなる。そんなベアトリーチェを、ルイスは忌々しげに睨んだ。
「普通の人間以外の何者でも無いだろう。さっさと解毒剤を出せ」
「なんで解毒剤があると思う訳?」
「お前が奇妙な薬を作った時は、必ず解毒剤も作っていると、アリシティアが言っていた」
「まあ、魔女の秘密を軽々しく話すなんて。アリスったらおしゃべりな子。お仕置きしなきゃだわ」
白々しく話しながら、ベアトリーチェは椅子から立ち上がり、部屋の隅の戸棚に並べられた瓶に手を伸ばす。中身を確認してから、ルイスの立つ部屋の入り口へと歩いて行く。
ルイスの正面に立ったベアトリーチェは、ルイスの顔の前に薬入りの瓶をかざした。
「魔女への対価は?」
ベアトリーチェの問いに、ルイスが冷笑する。
「沈黙」
ルイスの答えに、ベアトリーチェが目を細めた。
「はあ?」
「沈黙だよ。お前がエヴァンジェリンにその『魅了薬』とか言う名の洗脳薬を渡して、僕の気持ちをアリシティアから引き離そうとした事を黙っている。お前は僕の可愛い婚約者に嫌われたくはないだろう?」
ルイスは、嘲るように口角をあげた。
「……ああ。そのお綺麗な顔でそんな風に笑われると、心底腹が立つわ。言っとくけどね、私はお姫様に惚れ薬を出せと言われたから出しただけよ。それをお姫様が誰に使ったかなんて、私には関係のない話よ」
「そんな言い訳が、アリシティアに通じると思っているなら、言ってみればいい。でもアリシティアは傷付くだろうね。何故か彼女は、お前の事を盲目的に信じているから」
その言葉に、観念したようにベアトリーチェは薬瓶を差し出した。
「はっ、いい性格してるわ。仕方がないから、今回はサービスしてあげる。これ、ティースプーンニ杯分を毎朝飲んで」
ルイスは頷いて瓶を受け取った。
「よかった。契約成立だね魔女殿。とりあえず、君を殺すのはやめておく事にするね。君みたいな奴でも死んでしまえば、僕の優しすぎる婚約者が悲しむから」
ルイスはあまりにも整った麗しい顔に、いつもの甘ったるい笑みを浮かべた。口調は普段通りに戻ってはいる。だが、見る角度によって青にも紫にも見える瞳には、いまだ殺気が含まれていた。
「本当にムカつくわね。あんたが黙ってるって事は、あんたはずっとあの子に勘違いされたままよ?それでも良いの?あの子は簡単にあんたを信じたりはしないわよ?」
「そうだね。僕はエヴァンジェリンのお目付役からは逃れられない。そんな状態では余計に難しいだろうね。それに理由なんて関係なく、僕の行動の責任は全て僕自身にある」
「あら、ちゃんと自覚はあるのね。でも、あの子に、泣いて言い訳した方が良いんじゃないの?」
「言い訳?僕が?」
「だってそれって、あんたはあの子に嫌われたままって事よ?」
ベアトリーチェの言葉に、ルイスは不意に笑った。いつもの甘ったるい微笑みではなく、冷たく、尊大で、けれども愉快げに。
「嫌われてる? 誰が誰に?」
ルイスはもたれていた扉から背を離す。
「じゃあね、魔女殿。僕の可愛い婚約者が来ても、余計な事はいわないでね。お互いのために……ね?」
言い置いて、ルイスは踵を返し部屋を出ていった。
部屋を出る刹那のルイスの笑みが、ベアトリーチェにとっては、とてつもなく不快だった。
閉じられた扉を見たまま、ベアトリーチェは眉間に皺を寄せて、髪をかき上げ首を振る。
「あー、マジにクソムカつくな。あの腹黒野郎」
誰に言うでもなく、『魔女、ベアトリーチェ』を自称するウィルキウス・ルフスはつぶやいた。
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