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第一章
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ルイスは溢れ出す怒気と殺意をなんとか収め、ゆっくりと深く息を吐いた。
「……聞きたい事がある」
「聞くだけなら聞いて差しあげてもいいわよ。私の推し、ラローヴェル侯爵閣下のお願いだし?」
人を馬鹿にしたような軽薄な言葉と面持ちは、普段のベアトリーチェが決して人に見せる姿ではなかった。
取り繕うのをやめたベアトリーチェは、ルイスを見て嗤う。
「お前が本当にアリシティアの親友だと言うなら、断りはしない筈だ」
あらかじめ逃げられないように釘を刺すルイスに、ベアトリーチェの顔から笑みが消えた。
「いいわ、聞いてあげる」
「先日の、本性がわかる薬とお前が言った物の事だ。お前は、何年も飲み続けさえしなければ、あの薬があの状態のままでは、害はないと言った。つまり、あれになんらかの手を加えれば、害のある物になる。そういう事じゃないか?」
「…そうかもね?それで?」
「あれはお前が昔、この塔に軟禁される原因となった、惚れ薬…いや、正確には、洗脳薬の失敗作、もしくは研究過程で出来た薬なのでは? 元来のあの薬の効能は、人を簡単に信じる程に柔順になり、物事を深く考えられなくなる。そして、無条件に目の前の人間を信じ、警戒心を無くし、安心して受け入れてしまう…。それこそ情愛と勘違いするくらいには。…違うか?」
「……なぜそう思ったのか聞いても?」
「お前が僕に寄越した、本性がわかると言ったあの薬。あの味には覚えがあった。いつからだったか、エヴァンジェリンが定期的に僕に飲ませるオリジナルのハーブティーと同じ。いや、全く同じではないか。だけど、ハーブティーに混ぜられている何かと、お前から渡された薬のベースに使われている物は、同様の物だと感じた」
淡々としたルイスを前に、ベアトリーチェは切れ長の目を見開いた。
「アリスに飲ませないで、あれを自分自身で飲んだ訳?」
ルイスは不愉快そうに眉を顰める。
「あんな得体の知れない物を、アリシティアに飲ませる訳ないだろう?」
「それで自分が飲んだの?頭がおかしいんじゃない?!」
「いわなかったか?そもそも、あれはエヴァンジェリンが僕の真意を問いただす為に、盛ってきた薬と同じ物の可能性があった。いつものようにハーブティーに入れられていれば、気づかなかっただろうけどね。だからこそ僕には確認する必要があった。心の中のある異物の原因をね。それで?お前の答えは?」
「さあ?前にも言ったけど、あれが何のためにつくられた物かは、作った人にしかわからないんじゃない?」
「では言い方を変えよう。あれが完璧に完成した状態になった場合の、解毒剤を渡して欲しい」
「…それって、どう言う意味かしら?」
「そのままの意味だよ。お前が作った惚れ薬と言う名の洗脳薬。その解毒剤を渡して欲しい。何年もかけて飲まされ続けて出来上がった、常に消えることのない異物。それを解毒し、洗脳状態をとく薬だ。ないとは言わせない。お前があの怪しい薬をエヴァンジェリンに渡していた事を、アリシティアに知られたくないだろう?」
ルイスは扉にもたれたまま、皮肉げに嗤い、長い足を組んだ。
その顔は、自分の考えが間違ってはいないと確信しているようだった。
その姿を目にして、ベアトリーチェは、突如片手で顔を覆って嗤い出した。嗤いすぎて、目には涙が浮かんでいる。だが、そのアメジストのような瞳の奥には、隠し切れていない苛立ちが感じられた。
ルイスの組んだ腕の指先に力が入り、色が白くなる。
「ははっ、ありえない。気付かれるなんて思いもしなかったわ。いくら最低限の効能にしていたとはいえ、これだけ長期間あれを飲まされてなお、己を見失わず、アリスへの気持ちも変わらないなんて。しかも、あれを飲まされて生まれた感情を異物と自覚してたの?あんた狂ってるわ。ねえ、本当にお姫様を抱いてないの?」
「そんな事するわけないだろう?!殺されたくなければ黙れ!!」
ルイスの憤りのこもった声に、ベアトリーチェはさらに嗤い出した。
「……聞きたい事がある」
「聞くだけなら聞いて差しあげてもいいわよ。私の推し、ラローヴェル侯爵閣下のお願いだし?」
人を馬鹿にしたような軽薄な言葉と面持ちは、普段のベアトリーチェが決して人に見せる姿ではなかった。
取り繕うのをやめたベアトリーチェは、ルイスを見て嗤う。
「お前が本当にアリシティアの親友だと言うなら、断りはしない筈だ」
あらかじめ逃げられないように釘を刺すルイスに、ベアトリーチェの顔から笑みが消えた。
「いいわ、聞いてあげる」
「先日の、本性がわかる薬とお前が言った物の事だ。お前は、何年も飲み続けさえしなければ、あの薬があの状態のままでは、害はないと言った。つまり、あれになんらかの手を加えれば、害のある物になる。そういう事じゃないか?」
「…そうかもね?それで?」
「あれはお前が昔、この塔に軟禁される原因となった、惚れ薬…いや、正確には、洗脳薬の失敗作、もしくは研究過程で出来た薬なのでは? 元来のあの薬の効能は、人を簡単に信じる程に柔順になり、物事を深く考えられなくなる。そして、無条件に目の前の人間を信じ、警戒心を無くし、安心して受け入れてしまう…。それこそ情愛と勘違いするくらいには。…違うか?」
「……なぜそう思ったのか聞いても?」
「お前が僕に寄越した、本性がわかると言ったあの薬。あの味には覚えがあった。いつからだったか、エヴァンジェリンが定期的に僕に飲ませるオリジナルのハーブティーと同じ。いや、全く同じではないか。だけど、ハーブティーに混ぜられている何かと、お前から渡された薬のベースに使われている物は、同様の物だと感じた」
淡々としたルイスを前に、ベアトリーチェは切れ長の目を見開いた。
「アリスに飲ませないで、あれを自分自身で飲んだ訳?」
ルイスは不愉快そうに眉を顰める。
「あんな得体の知れない物を、アリシティアに飲ませる訳ないだろう?」
「それで自分が飲んだの?頭がおかしいんじゃない?!」
「いわなかったか?そもそも、あれはエヴァンジェリンが僕の真意を問いただす為に、盛ってきた薬と同じ物の可能性があった。いつものようにハーブティーに入れられていれば、気づかなかっただろうけどね。だからこそ僕には確認する必要があった。心の中のある異物の原因をね。それで?お前の答えは?」
「さあ?前にも言ったけど、あれが何のためにつくられた物かは、作った人にしかわからないんじゃない?」
「では言い方を変えよう。あれが完璧に完成した状態になった場合の、解毒剤を渡して欲しい」
「…それって、どう言う意味かしら?」
「そのままの意味だよ。お前が作った惚れ薬と言う名の洗脳薬。その解毒剤を渡して欲しい。何年もかけて飲まされ続けて出来上がった、常に消えることのない異物。それを解毒し、洗脳状態をとく薬だ。ないとは言わせない。お前があの怪しい薬をエヴァンジェリンに渡していた事を、アリシティアに知られたくないだろう?」
ルイスは扉にもたれたまま、皮肉げに嗤い、長い足を組んだ。
その顔は、自分の考えが間違ってはいないと確信しているようだった。
その姿を目にして、ベアトリーチェは、突如片手で顔を覆って嗤い出した。嗤いすぎて、目には涙が浮かんでいる。だが、そのアメジストのような瞳の奥には、隠し切れていない苛立ちが感じられた。
ルイスの組んだ腕の指先に力が入り、色が白くなる。
「ははっ、ありえない。気付かれるなんて思いもしなかったわ。いくら最低限の効能にしていたとはいえ、これだけ長期間あれを飲まされてなお、己を見失わず、アリスへの気持ちも変わらないなんて。しかも、あれを飲まされて生まれた感情を異物と自覚してたの?あんた狂ってるわ。ねえ、本当にお姫様を抱いてないの?」
「そんな事するわけないだろう?!殺されたくなければ黙れ!!」
ルイスの憤りのこもった声に、ベアトリーチェはさらに嗤い出した。
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