20 / 191
第一章
3
しおりを挟むエリアスは小瓶をテーブルに置いた。一見、透明の液体が入った、ただの綺麗なガラス瓶に見える。ルイスはエリアスの隣からそれを覗き込んだ。
「何これ?」
「正式な名前は無くて、巷では『恋人の本音が聞ける薬』と、呼ばれているらしい。城下で年頃の女性に人気なんだってさ」
「どういう効能があるの?」
「恋した人に飲ませると、その人の本音が聞ける。…まあ、そのまんまだな。とはいえ、城下で流通してる大半が偽物。ただのシロップだ。紅茶に入れて恋人に飲ませると、告白して貰えるかも…という。おまじないみたいな感じかな?」
「大半は偽物って事は、一部は本物ってこと?」
「そう、本物は日の光に透かすと虹色に輝くそうだ」
エリアスの説明を聞きながら、テーブルを片付けた秘書官が、口を開いた。
「それ、城下の影から報告は上がっています。本物は出回ってる数も極端に少なく、害もないようです。飲む量によって、1日から5日程、幼い子供のように無邪気になるとか、人を疑わないとか…。素直に心の内を話すらしく、自白剤の失敗作なのでは……との意見もあります。ただ、自白剤ほど強い効果もなく、中毒性も後遺症もないようです」
秘書官は話しながら、ソファーに腰掛けている三人の前に、紅茶の入ったカップを並べた。
「ふーん。少し借りるよ、エリアス」
公爵は小瓶を手に取り、光にかざす。瓶の中で揺れる液体は、キラキラと虹色に輝いていた。
「エヴァンジェリンが手に入れたのは、多分これじゃないかな。昨日のルイスの行動の裏を聞き出そうとしたってところか? まあ、今までのアリスとの関係性を知っていれば、裏があると思うのは当たり前だろうな」
エリアスの言葉に、公爵は顎に拳を当て眉根を寄せる。
「ほんと、昨日のルイスのあれはやりすぎだよ。…でもまあそうだね。薬については、1度ちゃんと調べておく方が良いなぁ……。でも、これって、どう見ても『魔女の薬』だよねぇ」
短く唸り、そのまま考え込む。そんな公爵の懸念を察し、エリアスは苦笑した。
「そうなると、調べられるのも、魔女だけですね。彼らに頼み事をするのは、色々と難しいですしね」
「問題はそこだね」
エリアスの意見に同意するように、公爵は深く息を吐いた。
「なら、錬金術師の塔で調べてもらっては? ドールの友人の魔女の薬を作る彼…彼女?なんか、適任では?」
秘書官の言葉に公爵はさらに唸る。
「ベアトリーチェ殿ねぇ。癖のある人物でね。天才と言われているが、自分がやりたい事しかしないから、素直に言うことをきいてくれるかなぁ。そもそもが錬金術師の塔に罪人として閉じ込めてる訳だし」
「あれ?あの人罪人だったの?魔女なのに?」
エリアスの問いに公爵が頷く。
「自称ね。本当の所は私もよくわからない。あの姿だし。ただ『魔女の薬』を作るのは確かだ。昔、ベアトリーチェ殿が、気まぐれに作って売り捌いた物の中に、惚れ薬があってね。あれは流石に放置できなくて捕えたんだ。だけど、遠縁とはいえ、宰相の親戚筋だし、子供の頃から国の発展に寄与する薬を多く作り出している。罪人としてただ牢に入れるのもどうかなと思って。それに何よりも、本当に魔女なら、それはそれで大問題だしね」
「ああ、確かに。下手をすれば国が滅ぶ」
エリアスは公爵の懸念を感じ取った。
この世界には魔女や魔術師といった、『この世の理』から外れた魔法使いと呼ばれる者達が存在する。彼らは時として、気まぐれに人に構う。だが、彼らに『人の理』を押し付ける事は許されない。
それはこの国が出来た時からの、決して違えてはならない不文律だ。
「だからね、錬金術師の塔にとりあえず入って貰って、好きにさせている。名目上は罪人だけど、本人はあの環境を気に入っているようだから、まあ、良いかなと…。ピンクのうさぎの目も、ベアトリーチェ殿の研究だよ」
「ピンクのうさぎって?」
ルイスの問いに、湯気を立てるティーカップを持ったエリアスが、公爵の代わりに答えた。
「叔父上の可愛いペットだよ。ふーん、あれ魔女殿が作ったのか…良いなぁ…」
後半は独り言のように呟き、エリアスはカップを口に運ぶ。その言葉を公爵は補足した。
「昔ね、私の庭園で白兎をひろったんだ。そのこをベアトリーチェ殿に預けたら、ピンクの兎になって返ってきたんだよね。毛の色だけじゃなく、目の色も変わってたから最初は本当に驚いたよ」
公爵は1人納得したようになんども頷く。そんな公爵の姿に、ルイスは怪訝そうに目を眇めた。
「それは単に、別の兎にすり替えられた訳では?」
「ないんだよねぇそれが。翌日には元の姿に戻ってるし。今もたまにピンクになるんだ。本当に不思議だよねぇ」
気怠げに笑った公爵は、紅茶を飲み終えると、自らの机に戻り便箋を取り出しペンをとった。
「エリアス、この薬貰って良い?」
「そのつもりで持って来たので構いません」
「ありがとう。それじゃあ、ルイスはこれを錬金術師の塔のベアトリーチェ殿の所に持って行って、詳しく調べてもらって来てくれるかな」
公爵は便箋にペンを走らせた後、折りたたんで封筒に入れる。
「別に構いませんが、何故僕なんですか?」
「ベアトリーチェ殿は綺麗なものが大好きだからね。君が顔を見せれば、喜んで調べてくれるさ。…それに、今から行けば面白いものが見られるよ。多分ね」
封筒と小瓶をルイスに差し出した公爵は、意味ありげに微笑んだ。
8
お気に入りに追加
2,516
あなたにおすすめの小説
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
いっそあなたに憎まれたい
石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。
貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。
愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。
三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。
そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。
誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。
これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。
この作品は小説家になろうにも投稿しております。
扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。
真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。
そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが…
7万文字くらいのお話です。
よろしくお願いいたしますm(__)m
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。