ろくろな嫁~あやかし系上司が妻になります~

蒼真まこ

文字の大きさ
46 / 52
最終章

四兄弟の再会

しおりを挟む
「美冬、もうじき僕の実家に着くよ」

 ようやくもぎ取った休日のある日、草太は美冬を連れ、実家に帰省しようとしていた。長く電車に揺られて、やや疲れた顔をしていた美冬だが、「まもなく到着」という声を聞いて、ぴりっと緊張が走った。

「もうじき草太の御実家に着くのね。失礼のないようにしなくちゃ……」

 初めての会いに行くということもあってか、美冬は昨晩から緊張のあまり、よく眠れなかったようだ。

「美冬、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。前にも言ったけど、僕の家族は細かいこと気にしないから」
「でも、でもね。大事な息子さんを六野家のお婿さんとしていただくのよ。私は六野家の代表として、失礼のないようにしなくちゃいけない。どうしても心配になってしまうわ」
「『大事な息子さん』って言っても、僕はみそっかすの末っ子だし」
 
 美冬は草太の言葉など頭に入らないといった様子で、今日の挨拶の段取りで頭がいっぱいのようだ。
 来月、六野家の家族と田村家の家族とで初顔合わせする予定だが、今日はその前の挨拶を兼ねた実家訪問であった。心配性の美冬がつい気になってしまうのも無理はない。

「しかし、結婚の準備ってのも何かと忙しいもんだね」
「そうね。式場や披露宴の確保にプランの組み立て。招待客や、披露宴の料理、とか決めなきゃいけないことが山積みだものね」
「女性には大事なこともあるだろ? ドレスや指輪選び。一生モノだから適当には決めれないし」
「そうなのよね。レンタルでいいと思ったんだけど、父が『六野家の跡取り娘が借り物だなんていかん! デザイナーに作ってもらいなさい』の一言でドレス作ってもらうのも時間がかかるし」
「一人娘だから、その辺は仕方ないよ」
「でもねぇ、父が口を挟みすぎると、とんでもないことになるのよ。『ゴンドラに乗って披露宴会場に現れるのはどうだ?』って言ったときには、一体いつの時代の話をしてるのかと思ったわ」

 ようやく動き出した草太と美冬の結婚話であったが、予想以上に決めなくてはいけないこと、やらなくてはいけないことが多い。貴重な休日が結婚についての打ち合わせで消えていくので、疲れも取れない。それでも何とか二人で頑張っていこうと思うのは、「共に幸せになりたい」と願うからでもある。

「夫婦となる二人が、初めての共同作業になるのが結婚式準備なのね。今まで知らなかったわ。花嫁というのは、もっと幸せに浸っていられるものだと思ってたし」
「意見が対立して険悪なムードになるカップルもいるみたいだね。僕たちは心配いらないと思うけど」

 仕事を共にこなしてきた二人にとって、相談しながら物事を決めていくことは慣れていた。意見は合わせやすいが、慣れてない結婚準備はまた疲れるものだ。やがて電車は草太の実家の最寄り駅に到着した。

「美冬、到着したよ。兄貴が迎えに来てくれることになってるんだけど」
「何番目のお兄さん?」
「二番目の健太兄貴だよ。今日のためにわざわざ休みをとったんだって」
「じゃあ、きちんと御礼を伝えないとね」
「だから気にしなくていいってば」

 二人で話しながら駅の改札を出ると、健太が仁王立ちで待っていた。腕を組み、いかつい顔で待つ健太は、異様な雰囲気があり、周囲の人々がそっと避けて通っている。とうの健太は全く気にしていない様子だ。

「健太兄ちゃん……また濃ゆいお迎えで」
「何を言う。大事な弟の嫁さんが初めて来るんだ。丁重にもてなさないと」

 厳しい顔で草太を睨んだ健太は、横に立つ美冬に目をやった。健太の迫力に怯えていた美冬であったが、視線が合ったことでようやく正気に戻ったようだった。

「は、初めまして。今日は私達のために……」

 美冬が慌てて挨拶を始めた途端、健太のいかつい顔が一気に崩れた。

「あなたが草太の嫁さん? いや~美人だねぇ~。こんな美人なら俺が嫁にもらいたいぐらいだよ。って何を言ってるんでしょうねぇ、俺は。美人に弱いもんで。ハッハッハッ!」

 へにゃっとした顔で笑いながら美冬に語りかける健太に、先程までの威厳はまるでない。健太の変化に驚いた美冬は、驚きのあまり固まってしまっている。

「健太兄ちゃん、美冬が困ってるでしょ。美冬、これが僕の家族だよ。堅苦しい挨拶なんて必要ないの」
「そ、そうなのね。お優しいお兄様で安心しました」
「優しいだなんて、そんなぁ~! しがない消防士っすわ、ハッハッハッ!」

 微妙に噛み合わない会話をしながら、健太の車に乗った三人は草太の実家へ向かった。初めに現れたのは、長兄の幹太だった。

「おっ、こちらが草太の嫁さんか。美人だねぇ」
「初めまして! 六野美冬と申します。草太さんにはいつもお世話になっています。本日は……」
「堅苦しい挨拶はその辺で。今日の食事を用意してる最中なのでね。どうぞ中に入ってくつろいで下さい。なんならお昼寝してもいいですよ」

 挨拶をさらりとかわされてしまった美冬は、呆然とした顔をしている。ざっくばらんな家族に接したことがないのだろう。

「すみません、こんな家族で。本当はもっとちゃんとしてないといけませんよね」

 挨拶をまともにさせてもらえないことに落ち込む美冬を、なだめる草太だった。

「『こんな家族』はないでしょ。アットホームって言いなよ」
「裕太兄ちゃん!」
「草太、久しぶり。こちらが美冬さんだね、初めまして。草太はそちらで失礼などしていませんか?」
「とんでもありません。草太さんのことはいつも頼りにしてます」
『草太が頼りに? うーん、信じられないな」
「裕太兄ちゃん、それは僕に失礼だろ?」
「だって事実じゃない」

 楽しそうに語る裕太は、やはり三人の兄たちの中で一番女性への接し方がスマートだった。

「草太、お帰り。美冬さん、ようこそ、田村家へ」

 最後に現れたのは、四人兄弟の母、勝子であった。

「初めまして、お義母様。六野美冬と申します。本日は……」
「挨拶はその辺でいいですよ。どうぞ中に入ってゆっくりしてくださいな」

 にっこり笑った勝子は、料理の準備があるからと早々に台所へ行ってしまった。やはり四人兄弟の母であった。

「僕の家族はかたくるしいのが苦手で。でも兄貴や母にとって美冬さんはもう家族なんだよ」
「家族……ということは、歓迎してもらえてるの?」
「もちろん! でなければあんな笑顔は見せてないから」

 初めて接する草太の家族に戸惑う美冬であったが、嫌そうな顔はしていなかった。

「ちょっと驚いてしまったけど、なんだかわかった気がしたわ。田村家の御家族がいてこその草太なのね。草太のおおらかさや優しさのルーツは、ここにあった」
「ルーツってほど大げさなものでもないけど、密かに自慢の家族ではあるね」
「良かった。草太の御家族に嫌われたらどうしようかと思ってたけど、心配いらなかったみたい」
「でしょ? 僕の家族はこんな感じだよ」

 愉快そうに笑う草太の笑顔を、微笑ましく見つめる美冬だった。

「草太、美冬さん。さぁ、早く家の中へ。料理いっぱい用意しましたから、今日はゆっくりしていってください」

 エプロンをつけた幹太が二人を家へと手招いた。

「美冬さん、あがりましょう」
「ええ。お邪魔させていただきます」

 草太の妻となる美冬も加わって、田村家の賑やかな夜は、疲れた二人の心を癒やしてくれたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 ★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

処理中です...