桜の木に背を預けて

田古みゆう

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p.8

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「やっと会えたね」

 囁かれた言葉に、ドキリとする。

――今、なんて言った?

 聞き返そうとするけれど、声が出なかった。すると、彼女がまた口を開いた。

「あなたにずっと会いたかったの。本当に……」

 彼女の顔には満面の笑みが浮かんでいた。長い黒髪に整った顔立ち。昼間に纏っていた大人びた雰囲気よりも、今はどこか幼さを感じさせるが、その笑顔は夢の中の彼女と寸分違わない。

「どうして?」

 ようやく出た声は掠れて、ほとんど音にならなかった。それでも、彼女はしっかりと耳を傾けてくれた。

「私、あなたと夢で会っていたの。何度も。何度も。それで、どうしてもあなたに会いたくて……。ずっと探していたの」

 そう言って、彼女は少し恥ずかしそうに俯いた。

「……探していた?」

 僕の問いかけに彼女は小さく首肯する。

「夢の中、あなたとはいつも桜の木の下で会っていた。だから、私は毎年春になるといつも桜の木に願ったわ。どうしても、あなたに会ってみたいって。今日もこの木に願ったの」

 彼女はそこで言葉を区切り、僕に真っ直ぐな視線を向けてくる。僕は、何も言わず彼女を見つめ返した。

 しばらくの間、僕らはそのまま見つめ合っていたが、不意に彼女が顔を逸らす。

「急にそんなことを言われても気味が悪いわよね。ごめんなさい。今のは忘れてちょうだい。私はあなたに会えて満足したわ。もう会うこともないと思うから安心して」

 何も言葉を発しない僕を安心させるためか、彼女はふわりと微笑んだ。その笑顔はまるで天使のように可愛らしい。思わず見惚れてしまう程だ。だが僕は知っている。その笑顔の裏に隠れているものを。

 僕は手を伸ばすと、彼女の目元を優しく拭う。そんな僕の行動に驚いたのか、彼女の瞳が大きく揺れた。

「安心して。僕も君を探していたんだ」

 今度ははっきりとそう告げた。

 僕の言葉で、彼女はハッとしたような表情を浮かべると、すぐに花が咲いたようにぱあっと明るい笑みを溢した。それから、はらはらと大粒の涙を流す。

 きっと彼女は泣き虫なんだと思う。僕は、そんな彼女を愛おしく感じた。

 彼女はしばらく泣き続けたが、やがて涙が収まると、涙の跡が残る頬をそのままにして、悪戯っぽく笑う。

 そんな表情も可愛いなと思ってしまうあたり、僕は既にこの恋にどっぷりと浸かっているのかもしれない。

「ねぇ、あなたの名前は何て言うの?」
「三嶋朋人。君は、東雲……」
「東雲よ」

 僕はこの日、桜という花を好きになった。




完結しました☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
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