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04 訳あり少女
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お嬢様の白くて綺麗な手を取り、すぐに走り出すマリアだったが、ここで大きな問題があることに気付く。
それは田舎で駆け回って育ってきたマリアと違って、お嬢様の足があり得ないくらいに遅いということだった。走りにくそうなヒールの靴を履いていたのも良くなかったのかもしれない。
すると、無傷の破落戸Bが逃げ出したマリア達に気付いて追いかけてくる。
このままではすぐに捕まってしまう……
「お嬢様。私があの男を相手にしますから、先に逃げて下さい!」
「ダメよ! 貴女を置いて行けないわ」
「お嬢様、いいから逃げて下さい!」
そんなやり取りをしているうちに破落戸Bがそこまで来ている。
それを見たマリアは、逃げることを諦めて戦うことにした。
「お嬢様、私の後ろに下がっていて下さい」
「……えっ?」
マリアは近くにあったベンチに手を伸ばす。
それは、さっきまで自分が泣いていた時に座っていたベンチだった。
それを勢いで持ち上げたマリアは、破落戸Bに向かって振り回す。
「おりゃー!」
「うわっ! この天パ、ヤバい女じゃん」
木製のベンチは、普段マリアが運んでいるジャガイモの入った木箱と比べたらとても軽く感じた。火事場の馬鹿力だったのかもしれない。
ベンチをブンブンと振り回すマリアを見て、破落戸Bは目を見開いてドン引きしている。
その様子を見たマリアは、今のうちにお嬢様に逃げてもらおうと考え、自分の後ろにいるはずのお嬢様に向かって声を上げた。
「お嬢様、今のうちに逃げてー!」
しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。
「……もう大丈夫よ。ありがとう」
さっきまでは余裕のない声で話をしていたのに、今のお嬢様の声は落ち着いたものに変わっていた。
「大丈夫って……?」
私はこんなに必死なのに、このお嬢様は何を言っているのか?
不思議に思ったマリアが後ろをチラッと振り返ると、そこにはお嬢様を囲むように騎士が数人いたのだ。
マリアはそれを見てギョッとする。いつの間に騎士達が来たのだろう?
破落戸Bの様子が変だったのは、騎士達の姿を見たからだったらしい。
「私の護衛騎士達が来てくれたからもう大丈夫。
その男と、あっちで前屈みになっている男に乱暴されそうになったのよ。それをこの女の子が助けてくれたの」
お嬢様は自分の護衛騎士達に何が起こったのかを真剣に説明しているようだ。そんな時、護衛騎士達からチクチクと視線を感じる。
護衛騎士達のマリアを見る目は笑っているかのように見えた。冷笑ではなく、変わった生き物を見た時のような目だ。
しかし騎士達は、一人を除いてすぐ破落戸を拘束するために動き出したので、その嫌な視線からはすぐに解放される。
マリアはその瞬間を逃さず、何事もなかったかのように、ささっとベンチを元の場所に戻すことにした。
「お嬢様、私はこれで失礼します」
公園のベンチを振り回していたなんて、冷静になると恥ずかしさしかなかった。
早くこの場から離れた方がいいだろうと考えたマリアは、お嬢様に無難に挨拶して去ろうとしたのだが……
「待って! 助けてもらったお礼がしたいわ」
お礼がしたいと言ってくれるほど感謝してくれたことは嬉しかったが、今のマリアは嬉しさよりも〝やっちまった〟という羞恥心の方が強かった。
「お、お気持ちだけ頂きます。
困っている人がいたら助けるようにと、お母さんから言われて育ってきましたし、当然のことです。
お嬢様にお怪我がなくて良かったです。
では、私はこれで失礼します」
しかしお嬢様は納得していないようで、マリアの手をしっかりと握って離さない。ガッチリと両手で掴まれて、拘束に近いような状態だった。
「私はクレア・ベインズよ。一応、公爵令嬢なの。
助けてもらっておきながら、お礼もしなかったなんて公爵家では許されないわ。私がお母様に怒られてしまうわよ。
貴女の家はどこ? もうすぐ暗くなりそうだから、これからお邪魔するのは悪いわよね。後日うちから使者を送るから、住所を教えてちょうだい」
「あの……、本当にそういうのは大丈夫です。
お礼はお嬢様が感謝してくれただけで十分ですから」
マリアは、王都から遠く離れた田舎の村の住所を教えることに抵抗があった。なぜなら、この意志の強そうな目をするお嬢様は、適当にお礼のことを口にしているようには見えなかったからだ。
お嬢様に田舎の住所を教えたら、遠いことすら気にせずに、本当に使者を送ってきそうだ。
マリアは、ちょっと助けたくらいのことで何時間も列車に揺られてやって来る使者の人に申し訳ないと思ってしまった。男性の股間を蹴っ飛ばしたり、ベンチを振り回すようなお転婆なマリアだが、根は小心者だったのだ。
その後も、お礼がしたいから住所を教えてほしいと言うお嬢様に対して、遠慮し続けるマリア。そんな二人のやり取りを見ていた美形の護衛騎士が口を開く。
「お嬢様、発言よろしいでしょうか?」
「ケイヒル卿、何かしら?」
「そちらのお嬢さんは、先程からご自分の住所を知られるのを嫌がっているように見えます。
もしかしてですが、何か訳ありなのでは? 家出少女とか……?」
田舎臭いマリアは王都に住む人には見えなかったようで、訳ありの人物に見えたらしい。
せっかく王都に出てきたのに、恋人にフラれて職探しに悩み、両親にどう打ち上げればいいのか、今さら田舎に帰れないなどと考えていたマリアは、見方によっては訳ありなのだが。
しかし、護衛騎士から痛いところを突かれたマリアは黙ってはいられなかった。
「私は家出少女ではないです!」
結局マリアは、田舎から仕事を探すために王都に出て来たことを話すことにした。
恋人にフラれたことは恥ずかしいので内緒だ。
それは田舎で駆け回って育ってきたマリアと違って、お嬢様の足があり得ないくらいに遅いということだった。走りにくそうなヒールの靴を履いていたのも良くなかったのかもしれない。
すると、無傷の破落戸Bが逃げ出したマリア達に気付いて追いかけてくる。
このままではすぐに捕まってしまう……
「お嬢様。私があの男を相手にしますから、先に逃げて下さい!」
「ダメよ! 貴女を置いて行けないわ」
「お嬢様、いいから逃げて下さい!」
そんなやり取りをしているうちに破落戸Bがそこまで来ている。
それを見たマリアは、逃げることを諦めて戦うことにした。
「お嬢様、私の後ろに下がっていて下さい」
「……えっ?」
マリアは近くにあったベンチに手を伸ばす。
それは、さっきまで自分が泣いていた時に座っていたベンチだった。
それを勢いで持ち上げたマリアは、破落戸Bに向かって振り回す。
「おりゃー!」
「うわっ! この天パ、ヤバい女じゃん」
木製のベンチは、普段マリアが運んでいるジャガイモの入った木箱と比べたらとても軽く感じた。火事場の馬鹿力だったのかもしれない。
ベンチをブンブンと振り回すマリアを見て、破落戸Bは目を見開いてドン引きしている。
その様子を見たマリアは、今のうちにお嬢様に逃げてもらおうと考え、自分の後ろにいるはずのお嬢様に向かって声を上げた。
「お嬢様、今のうちに逃げてー!」
しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。
「……もう大丈夫よ。ありがとう」
さっきまでは余裕のない声で話をしていたのに、今のお嬢様の声は落ち着いたものに変わっていた。
「大丈夫って……?」
私はこんなに必死なのに、このお嬢様は何を言っているのか?
不思議に思ったマリアが後ろをチラッと振り返ると、そこにはお嬢様を囲むように騎士が数人いたのだ。
マリアはそれを見てギョッとする。いつの間に騎士達が来たのだろう?
破落戸Bの様子が変だったのは、騎士達の姿を見たからだったらしい。
「私の護衛騎士達が来てくれたからもう大丈夫。
その男と、あっちで前屈みになっている男に乱暴されそうになったのよ。それをこの女の子が助けてくれたの」
お嬢様は自分の護衛騎士達に何が起こったのかを真剣に説明しているようだ。そんな時、護衛騎士達からチクチクと視線を感じる。
護衛騎士達のマリアを見る目は笑っているかのように見えた。冷笑ではなく、変わった生き物を見た時のような目だ。
しかし騎士達は、一人を除いてすぐ破落戸を拘束するために動き出したので、その嫌な視線からはすぐに解放される。
マリアはその瞬間を逃さず、何事もなかったかのように、ささっとベンチを元の場所に戻すことにした。
「お嬢様、私はこれで失礼します」
公園のベンチを振り回していたなんて、冷静になると恥ずかしさしかなかった。
早くこの場から離れた方がいいだろうと考えたマリアは、お嬢様に無難に挨拶して去ろうとしたのだが……
「待って! 助けてもらったお礼がしたいわ」
お礼がしたいと言ってくれるほど感謝してくれたことは嬉しかったが、今のマリアは嬉しさよりも〝やっちまった〟という羞恥心の方が強かった。
「お、お気持ちだけ頂きます。
困っている人がいたら助けるようにと、お母さんから言われて育ってきましたし、当然のことです。
お嬢様にお怪我がなくて良かったです。
では、私はこれで失礼します」
しかしお嬢様は納得していないようで、マリアの手をしっかりと握って離さない。ガッチリと両手で掴まれて、拘束に近いような状態だった。
「私はクレア・ベインズよ。一応、公爵令嬢なの。
助けてもらっておきながら、お礼もしなかったなんて公爵家では許されないわ。私がお母様に怒られてしまうわよ。
貴女の家はどこ? もうすぐ暗くなりそうだから、これからお邪魔するのは悪いわよね。後日うちから使者を送るから、住所を教えてちょうだい」
「あの……、本当にそういうのは大丈夫です。
お礼はお嬢様が感謝してくれただけで十分ですから」
マリアは、王都から遠く離れた田舎の村の住所を教えることに抵抗があった。なぜなら、この意志の強そうな目をするお嬢様は、適当にお礼のことを口にしているようには見えなかったからだ。
お嬢様に田舎の住所を教えたら、遠いことすら気にせずに、本当に使者を送ってきそうだ。
マリアは、ちょっと助けたくらいのことで何時間も列車に揺られてやって来る使者の人に申し訳ないと思ってしまった。男性の股間を蹴っ飛ばしたり、ベンチを振り回すようなお転婆なマリアだが、根は小心者だったのだ。
その後も、お礼がしたいから住所を教えてほしいと言うお嬢様に対して、遠慮し続けるマリア。そんな二人のやり取りを見ていた美形の護衛騎士が口を開く。
「お嬢様、発言よろしいでしょうか?」
「ケイヒル卿、何かしら?」
「そちらのお嬢さんは、先程からご自分の住所を知られるのを嫌がっているように見えます。
もしかしてですが、何か訳ありなのでは? 家出少女とか……?」
田舎臭いマリアは王都に住む人には見えなかったようで、訳ありの人物に見えたらしい。
せっかく王都に出てきたのに、恋人にフラれて職探しに悩み、両親にどう打ち上げればいいのか、今さら田舎に帰れないなどと考えていたマリアは、見方によっては訳ありなのだが。
しかし、護衛騎士から痛いところを突かれたマリアは黙ってはいられなかった。
「私は家出少女ではないです!」
結局マリアは、田舎から仕事を探すために王都に出て来たことを話すことにした。
恋人にフラれたことは恥ずかしいので内緒だ。
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