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念動力
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麓を見張る政嗣の部下を叩きのめし、雅と韋駄天ネズミたちは意気揚々と山道を駆け登っていた。
「ふははははっ! 雑魚どもなど、恐るるに足らず! このまま突き進むぞっ!」
「「「チュウッ!!」」」
雅のかけ声に、ネズミたちが力強く応える。子ネズミを含めた数匹が、先頭に躍り出た。
「先陣は我々にお任せください! この先にいる連中を、ちょっくら蹴散らしてまいります!」
「うむっ、任せたぞ。行ってくるがいい!」
「ではお先にっ」
ネズミたちが暗闇の中へ消えていく。それを見送りながら、雅が傍にいたネズミへと顔を寄せる。
「威勢がよい奴らじゃのぅ」
「ええ。久しぶりの大仕事で張り切っているのでしょう」
「そうか。しかし、あやつら何か戻ってきたぞ」
「チュッ!?」
何故か先陣を切ったはずのネズミたちが、慌ただしく引き返してくる。
「後退、こうたーいっ!」
「お助けください、雅様ーっ!」
四肢を大きく広げ、雅に勢いよく抱き着く。その情けない姿に、雅が呆れたような声を出す。
「何じゃ、お前ら。さっきまでの威勢はどうした!?」
「そう言われましてもーっ!」
「まったく、いったい何に怯えて……」
前方に向かって目を懲らしていた雅は、眉を顰めた。常人であれば、ただ闇が広がっているだけにしか見えないだろう。
だが、夜目の利く猫又族である雅には、はっきりと見えていた。
暗視スコープを用いて、こちらへ銃口を向けている男たちを。
「み、雅様っ。あやつら、物騒な物を持っておりますぞ!」
他の韋駄天ネズミたちも、そのことに気付いて狼狽える。しかし雅は怯むことなく近付いていき、忌々しそうに前方を睨み付けた。
「この山の中では、奴らも火の異能を使えんからのぅ。下手をすれば、山火事を起こすことになる。……だが」
雅はそこで一旦言葉を切り、足を止めた。
「小娘とネズミ如きに、あんな玩具を用意するとはな」
暗闇の向こうを見据えたまま、おもむろに右手を伸ばす。突然動きを止めた雅に、男たちが訝しんでスコープから目を離した。
「鬼風情が。猫を舐めるなよ」
雅の双眸が青白く発光する。直後、男たちの構えていた銃が瞬く間に分解して、その残骸がバラバラと地面に落下した。何が起こったのか分からず、男たちが戸惑いの声を上げている。
「今じゃ、お前ら! あやつらを一人残らず倒せ!」
「委細承知いたしました!」
雅に命じられ、一度は退散した子ネズミたちが駆け出した。暗視スコープをも落とされてしまい、なす術のない男たちへと襲いかかる。
「その調子じゃ。よし、私たちもあやつらの後に続……」
雅の体が大きく揺れ、ガクンとその場に膝をつく。雅の異変に、韋駄天ネズミが素早く駆け寄った。
「雅様!?」
「……心配いらぬ。少し目眩を起こしただけじゃ」
「で、ですが、体調が優れないようにお見受けいたします」
「あやつらの銃をバラすのに、異能を使ったせいじゃろ。私たちの念動力は、離れたものに対しても作用するが、その分神経を集中させねばならない。その反動がわりとキツくてのぅ」
雅は深く息をつき、覚束ない足取りで立ち上がった。
ふらつきながらも歩き始める雅を、ネズミたちが懸命に引き留めようとする。
「霞様は我々に任せて、雅様はこちらでお休みください!」
「そのお体では危険でございます! 雅様にもしものことがあれば、霞様に何とお伝えすれば……」
「多分『もしものこと』はないと思うがのぅ」
異能の反動に苛まれながらも、雅は冷静だった。歩き続けながら、根拠を述べる。
「あやつらは確かに銃口はこちらへ向けておったが、よく見たら引き金に指をかけていなかった。ありゃただのはったりじゃろうな」
「そういうことでしたら、銃を向けられても恐れることはありませんな!」
「私はな」
雅のその一言に、韋駄天ネズミたちが「えっ」と真顔になる。
「恐らく奴らの狙いは、私を生け捕りにして人質にすることじゃろ。誰を脅すためなのかは知らんがな」
「でしたら、それならば我々も……」
「いや、お前らはただのネズミじゃろ。人質の価値なんぞないから、ズドンと一発ぶち込まれて終わりだぞ」
「ズドンと……一発……!」
容赦のない物言いに、ネズミたちが恐怖で竦み上がる。両目を前脚で隠して小刻みに震える彼らを見下ろし、雅は穏やかに微笑む。
「……だから、お前たちはここまででよい。屋敷に戻って、チーズでも齧りながら私たちの帰りを待っていろ」
「いえ、そういうわけにはまいりません」
そう言いながら、子ネズミたちが雅の下へ戻ってきた。男たちに噛み付いてきたのか、口の周りには血痕が付着している。
「命を捨てる覚悟でついてこいと仰ったのは、雅様ではございませんか」
「だが……」
「数百年ぶりの我らが主。最期までお供させていただきます」
子ネズミの言葉に同調するように、他の韋駄天ネズミも神妙な顔付きで頷く。
雅は無言でネズミたちを見回すと、どこか清々しい笑みを浮かべて言った。
「さっきはあんなにビビっておったくせに、口だけは達者な奴らじゃのぅ」
「突然銃を向けられたら、誰でも驚きます。雅様の肝が据わりすぎているのです」
雅に嫌みを言われても、子ネズミはさらりと言い返す。
「猫又族たる者、常に威風堂々たれ。それが東條家の家訓じゃ」
ネズミたちと話をしている間に、目眩も治まってきた。雅は胸元で腕を組み、仁王立ちになりながら言葉を放った。ネズミたちから「おおー」や「かっこいいです」といった賞賛の声が挙がる。
そんな中、誰かが「傍若無人の間違いでは?」と小声で呟く。それを聞き逃さなかった雅が眼光を鋭くする。
「今、言った奴出てこい。逆さ吊りの刑にしてやる」
「動物虐待、反対でございます」
雅に凄まれようと、サラッと受け流す韋駄天ネズミたち。そのうちの一匹が、しきりに周囲を見渡し始めた。
「どうしました?」
近くにいた仲間が話しかける。
「私の旦那が見当たらないのです。先ほどまで隣にいたのに……」
「それは、こいつのことか?」
暗闇の中に、ドスの利いた低音が響き渡る。
その直後、懐中電灯の白い光が雅たちを鮮明に照らす。いつの間にか政嗣の一味が、背後まで迫っていたのだ。真ん中に立つ男が、手に掴んでいるものを雅たちに見せつける。
「あなたっ!」
男の手の中にいる夫の姿に、妻のネズミが悲痛の声を上げる。敵に捕らえられながらも、夫は凜々しい面持ちで気丈に振る舞う。
「雅様! 私などに構わず、早くこの者たちを倒し……」
しかし途中で言葉を詰まらせ、目を潤ませながら小さな体を震わせる。
「う、うぅっ。雅様、どうか私のことを忘れないでください……!」
「まったく世話がかかるのぅ……」
念動力を使おうと、雅が右手を上げようとする。だが、それを見越していた男が先手を打った。
「妙な真似をすれば、このネズミを握り潰しますよ」
そう言って、手に力を込める。「チュッ」と苦しそうに呻くネズミを見て、雅は舌打ちをしながら手を下ろした。
「……やることがあくどい」
「我らには、もう後がありません。目的を果たすためなら、どんな手でも使います」
冷ややかな言葉を浴びせる雅に、男が硬い表情で切り返す。
「東條雅様。どうか我々の指示に従ってください」
彼らの手には、拳銃の代わりに懐中電灯が握られている。ネズミさえ人質に取れば、雅が反撃に出られないと確信しているのだろう。
落ち着け、と雅は自分に言い聞かせながら、彼らを睨み付けた。すると彼らの後方に、ゆらりと人影が見えた。
若い男だろうか。徐々にこちらへと近付いてくる……
雅は観念したように両手を上げた。
「分かった。貴様らの言うことを聞いてやる。だから、そのネズミをとっと解放しろ」
「ふははははっ! 雑魚どもなど、恐るるに足らず! このまま突き進むぞっ!」
「「「チュウッ!!」」」
雅のかけ声に、ネズミたちが力強く応える。子ネズミを含めた数匹が、先頭に躍り出た。
「先陣は我々にお任せください! この先にいる連中を、ちょっくら蹴散らしてまいります!」
「うむっ、任せたぞ。行ってくるがいい!」
「ではお先にっ」
ネズミたちが暗闇の中へ消えていく。それを見送りながら、雅が傍にいたネズミへと顔を寄せる。
「威勢がよい奴らじゃのぅ」
「ええ。久しぶりの大仕事で張り切っているのでしょう」
「そうか。しかし、あやつら何か戻ってきたぞ」
「チュッ!?」
何故か先陣を切ったはずのネズミたちが、慌ただしく引き返してくる。
「後退、こうたーいっ!」
「お助けください、雅様ーっ!」
四肢を大きく広げ、雅に勢いよく抱き着く。その情けない姿に、雅が呆れたような声を出す。
「何じゃ、お前ら。さっきまでの威勢はどうした!?」
「そう言われましてもーっ!」
「まったく、いったい何に怯えて……」
前方に向かって目を懲らしていた雅は、眉を顰めた。常人であれば、ただ闇が広がっているだけにしか見えないだろう。
だが、夜目の利く猫又族である雅には、はっきりと見えていた。
暗視スコープを用いて、こちらへ銃口を向けている男たちを。
「み、雅様っ。あやつら、物騒な物を持っておりますぞ!」
他の韋駄天ネズミたちも、そのことに気付いて狼狽える。しかし雅は怯むことなく近付いていき、忌々しそうに前方を睨み付けた。
「この山の中では、奴らも火の異能を使えんからのぅ。下手をすれば、山火事を起こすことになる。……だが」
雅はそこで一旦言葉を切り、足を止めた。
「小娘とネズミ如きに、あんな玩具を用意するとはな」
暗闇の向こうを見据えたまま、おもむろに右手を伸ばす。突然動きを止めた雅に、男たちが訝しんでスコープから目を離した。
「鬼風情が。猫を舐めるなよ」
雅の双眸が青白く発光する。直後、男たちの構えていた銃が瞬く間に分解して、その残骸がバラバラと地面に落下した。何が起こったのか分からず、男たちが戸惑いの声を上げている。
「今じゃ、お前ら! あやつらを一人残らず倒せ!」
「委細承知いたしました!」
雅に命じられ、一度は退散した子ネズミたちが駆け出した。暗視スコープをも落とされてしまい、なす術のない男たちへと襲いかかる。
「その調子じゃ。よし、私たちもあやつらの後に続……」
雅の体が大きく揺れ、ガクンとその場に膝をつく。雅の異変に、韋駄天ネズミが素早く駆け寄った。
「雅様!?」
「……心配いらぬ。少し目眩を起こしただけじゃ」
「で、ですが、体調が優れないようにお見受けいたします」
「あやつらの銃をバラすのに、異能を使ったせいじゃろ。私たちの念動力は、離れたものに対しても作用するが、その分神経を集中させねばならない。その反動がわりとキツくてのぅ」
雅は深く息をつき、覚束ない足取りで立ち上がった。
ふらつきながらも歩き始める雅を、ネズミたちが懸命に引き留めようとする。
「霞様は我々に任せて、雅様はこちらでお休みください!」
「そのお体では危険でございます! 雅様にもしものことがあれば、霞様に何とお伝えすれば……」
「多分『もしものこと』はないと思うがのぅ」
異能の反動に苛まれながらも、雅は冷静だった。歩き続けながら、根拠を述べる。
「あやつらは確かに銃口はこちらへ向けておったが、よく見たら引き金に指をかけていなかった。ありゃただのはったりじゃろうな」
「そういうことでしたら、銃を向けられても恐れることはありませんな!」
「私はな」
雅のその一言に、韋駄天ネズミたちが「えっ」と真顔になる。
「恐らく奴らの狙いは、私を生け捕りにして人質にすることじゃろ。誰を脅すためなのかは知らんがな」
「でしたら、それならば我々も……」
「いや、お前らはただのネズミじゃろ。人質の価値なんぞないから、ズドンと一発ぶち込まれて終わりだぞ」
「ズドンと……一発……!」
容赦のない物言いに、ネズミたちが恐怖で竦み上がる。両目を前脚で隠して小刻みに震える彼らを見下ろし、雅は穏やかに微笑む。
「……だから、お前たちはここまででよい。屋敷に戻って、チーズでも齧りながら私たちの帰りを待っていろ」
「いえ、そういうわけにはまいりません」
そう言いながら、子ネズミたちが雅の下へ戻ってきた。男たちに噛み付いてきたのか、口の周りには血痕が付着している。
「命を捨てる覚悟でついてこいと仰ったのは、雅様ではございませんか」
「だが……」
「数百年ぶりの我らが主。最期までお供させていただきます」
子ネズミの言葉に同調するように、他の韋駄天ネズミも神妙な顔付きで頷く。
雅は無言でネズミたちを見回すと、どこか清々しい笑みを浮かべて言った。
「さっきはあんなにビビっておったくせに、口だけは達者な奴らじゃのぅ」
「突然銃を向けられたら、誰でも驚きます。雅様の肝が据わりすぎているのです」
雅に嫌みを言われても、子ネズミはさらりと言い返す。
「猫又族たる者、常に威風堂々たれ。それが東條家の家訓じゃ」
ネズミたちと話をしている間に、目眩も治まってきた。雅は胸元で腕を組み、仁王立ちになりながら言葉を放った。ネズミたちから「おおー」や「かっこいいです」といった賞賛の声が挙がる。
そんな中、誰かが「傍若無人の間違いでは?」と小声で呟く。それを聞き逃さなかった雅が眼光を鋭くする。
「今、言った奴出てこい。逆さ吊りの刑にしてやる」
「動物虐待、反対でございます」
雅に凄まれようと、サラッと受け流す韋駄天ネズミたち。そのうちの一匹が、しきりに周囲を見渡し始めた。
「どうしました?」
近くにいた仲間が話しかける。
「私の旦那が見当たらないのです。先ほどまで隣にいたのに……」
「それは、こいつのことか?」
暗闇の中に、ドスの利いた低音が響き渡る。
その直後、懐中電灯の白い光が雅たちを鮮明に照らす。いつの間にか政嗣の一味が、背後まで迫っていたのだ。真ん中に立つ男が、手に掴んでいるものを雅たちに見せつける。
「あなたっ!」
男の手の中にいる夫の姿に、妻のネズミが悲痛の声を上げる。敵に捕らえられながらも、夫は凜々しい面持ちで気丈に振る舞う。
「雅様! 私などに構わず、早くこの者たちを倒し……」
しかし途中で言葉を詰まらせ、目を潤ませながら小さな体を震わせる。
「う、うぅっ。雅様、どうか私のことを忘れないでください……!」
「まったく世話がかかるのぅ……」
念動力を使おうと、雅が右手を上げようとする。だが、それを見越していた男が先手を打った。
「妙な真似をすれば、このネズミを握り潰しますよ」
そう言って、手に力を込める。「チュッ」と苦しそうに呻くネズミを見て、雅は舌打ちをしながら手を下ろした。
「……やることがあくどい」
「我らには、もう後がありません。目的を果たすためなら、どんな手でも使います」
冷ややかな言葉を浴びせる雅に、男が硬い表情で切り返す。
「東條雅様。どうか我々の指示に従ってください」
彼らの手には、拳銃の代わりに懐中電灯が握られている。ネズミさえ人質に取れば、雅が反撃に出られないと確信しているのだろう。
落ち着け、と雅は自分に言い聞かせながら、彼らを睨み付けた。すると彼らの後方に、ゆらりと人影が見えた。
若い男だろうか。徐々にこちらへと近付いてくる……
雅は観念したように両手を上げた。
「分かった。貴様らの言うことを聞いてやる。だから、そのネズミをとっと解放しろ」
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