化け猫姉妹の身代わり婚

硝子町玻璃

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ネズミ

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「くくっ、美味そうなネズミじゃのぅ。丸呑みにしてやろうぞ」
「チュウゥゥ~~っ!!」

 途端、親子はぶわりと毛を逆立てて逃げ出した。しかし思いがけず見付けたおもちゃ……いや、遊び相手である。雅もその後を追い掛ける。

「ぬははっ! 待たぬか、ネズミどもっ!」
「チュウゥゥッ! 助けてーっ!」

 親子にも劣らぬ俊敏さで次第に距離を縮めていくが、この時雅は忘れていた。ここが天井裏であることを。
 ガゴッ、と体の下で不吉な音がした。天井の板が体重に耐え切れず、外れてしまったのである。雅が慌ててそこから離れようとするが、時すでに遅し。

「うぎゃぁぁっ!」「チューッ!」

 すんでのところまで追い詰めた親子を道連れにして、雅は真下へと落ちていった。

「きゃあぁぁっ!?」

 霞の悲鳴が室内に響き渡る。いつになく上からの物音が激しいと訝しんでいると、何と妹が突然天井から降ってきたのだ。

「む? ここは姉上の部屋じゃったか」

 宙で体を回転させながら着地した雅は、床をキョロキョロと見回した。

「何してたの、雅!? どうして天井から落ちてきたの!?」
「ちょっと探検をしておっての……」

 雅は自分と一緒に落ちてきた天井板を拾い上げた。すると、その下に隠れていたネズミの親子が、「チュー!」と慌てて駆け出す。雅が「待て待てーっ」とその後を追いかける。
 突如始まった鬼ごっこならぬ猫ごっこに、霞は暫し呆然としていた。しかしふっと我に返り、親子をささっと手のひらに掬い取った。

「そ、そんなに追いかけ回したら可哀想だよ……!」

 霞の手のひらでは、ネズミの親子がぷるぷると震えながら、身を寄せ合っている。親子を庇うように背を向ける姉に、雅がむっと口をへの字にした。

「何が可哀想なものか。こやつらはただのネズミではなくて、あやかしの一種じゃ。天井裏を自分たちの棲み処にしておったぞ」
「えっ、そうなの!?」

 霞が親子を見下ろすと、二匹は目を潤ませながら手のひらにしがみついていた。

「お願いです! どうか見逃していただけませんか!」
「我ら、ここを追い出されたら行く宛がありません! 一族郎党野垂れ死んでしまいます!」

 必死に懇願する親子を、霞は無言で眺めていた。
 ……か、可愛い。その愛らしい見た目に絆されてしまい、胸がキュンとときめいた。

「おい、姉上。こやつらをさっさと鬼ババに突き出すぞ」
「……だけどこの子たち、別に悪さをしていたわけじゃないんだし、お屋敷の皆さんには内緒にしてあげようよ」
「何を甘いことを言っておる。これは不法占拠じゃ、立派な犯罪行為じゃぞ」
「天井裏に住み着いていたくらいで大袈裟じゃない!?」

 このままだと本当に親子が連行されてしまう! 何とかして二匹を救えないだろうかと頭を回転させていると、雅は意外なことを言い始めた。

「……そうさな。ここは姉上の顔に免じて、鬼ババたちには黙っておいてやるとしよう」
「チュウッ! 本当でございますか!?」
「ただし、条件がある。……密偵として私たちに仕えるのじゃ」

 雅が得意気な表情で、親子にそう命じる。思わぬ提案に、霞は「み、密偵?」と目を丸くした。

「うむ。鬼ババどもに引き渡すより、恩を売って手下にしといた方が後々都合がよさそうじゃからのぅ。どうじゃ、ネズミども」
「は、はい! 喜んで仕えさせていただきます!」
「ちなみに分かっているとは思うが、他の奴らに捕まった時は決して私たちの名前を出すなよ。もし口にしたら、鬼より先に私が貴様らを八つ裂きにするぞ」
「チューッ! 肝に銘じておきます!」

 ネズミの親子はビシッと背筋を正して、返事をした。しかし霞には先ほどから気になることが一つあった。

「あなたたち……さっき一族郎党って言ってたけど、他にもネズミさんがいるの?」
「当然でございます。今、仲間たちを呼びます故、少々お待ちください」

 母親ネズミがピュウッと口笛を吹く。その直後、穴が空いたままの天井から次々とネズミが降ってきた。まるで忍者のような身のこなしで着地して、霞の周囲に集まっていく。
 その数、五十匹以上。床を埋め尽くすネズミの大群に、霞と雅はぽかんと口を開けて立ち尽くしていた。

「多すぎじゃろ! ここの使用人どもよりいるではないか!」
「これでも、随分と少なくなりました。かつて江戸城に暮らしていた頃は、千匹ほどおりました」
「密偵なんぞこんなに要らんわ! お前ら今すぐここから出て行け!」
「いーえ! 何があろうとも、私どもは何があろうともあなた方にお仕えすると決めました! 止めても無駄です! チュウッ!」

 全身にしがみつくネズミたちに、雅は「ぎゃああ」と悲鳴を上げた。一匹二匹なら可愛いと思えるが、これだけたくさんいると流石に気持ち悪い。

「姉上、助けてくれ! ……って何をしているのじゃ、姉上!?」

 助けを求める妹を無視して、霞は引き出しから取り出したハンカチをはさみで切り始めていた。

「この子たちに鉢巻きを作ってあげようかなって。きっと可愛いと思うよ」
「嘘じゃろ、こやつらを雇うつもりか!?」

 愕然とする雅を余所に、ネズミたちは「チュー!」と喝采を上げている。先ほどの親子は、嬉しそうに霞の肩に乗って頬ずりをした。

「チュー。まるで女神のようなお人なのです」
「鬼以外が鬼灯家の許嫁になるとのことで、ずっと観察しておりました」
「そうだったんだ。みんな、よろしくね!」
「チュウ~!」

 すっかりネズミたちと意気投合してしまった姉に、雅はがっくりと肩を落とすのだった。


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