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001 節約令嬢ならぬ貧乏令嬢

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 良く晴れた昼下がりの午後。
 花たちが咲き誇る中庭には、一組の男女がいた。
 仲睦まじくというように、傍から見れば二人は本物の恋人同士のようだ。
 中庭に置かれた白ベンチに二人で腰掛け、肩を寄せ合うようにピッタリとくっついて談笑をしている。

「やっだぁ、アレンさまったらぁ」
「ははははは。本当にシーラ君は可愛いよ」
「もう。嫌ですわ、恥ずかしぃ」

「ああ、そんな風に顔を隠さないでおくれ。可愛い君の顔が見えなくなってしまうよ」
「もぅ、アレンさま、そんなことしたら余計にわたし恥ずかしくなってしまいますわ」
「いいじゃないか、ちゃんと見せておくれ、僕の天使」

 砂を吐くような甘い会話をする二人。
 女の手は常に男の太ももに置かれ、男の手は女の肩に置かれていた。

「え、アレは注意しなくていいのですか? オリビアお嬢様」

 まるで見てはいけないモノを見てしまったかのように、中庭に面した渡り廊下を歩きながら私の侍女であるユノンが声を上げた。
 その声は決して小さくはなく、ともすれば二人にも聞こえているだろう。
 しかしもちろん、そんな声も私のことも、彼らが気にする様子など全くない。

 注意する? アレ、を? しかも私がわざわざ?
 はっきり言って不愉快を通り越し、生理的に無理過ぎて見ることすら嫌よ。
 絶対に、無理。あんなものは無視するに限る。
 それにあの二人のために足を止める時間すら勿体ないし。

「別に……いいわ」
「ああ了解です。どうでも、って意味ですね。ワカリマスお嬢様」
「あえて……で隠した言葉を、わざわざ言わないでちょうだいユノン」
「えー、だってそこはあたしとお嬢様の仲じゃないですか~。以心伝心ということで」
「グッドじゃないし。親指立てないの、もう、仕方のない子ね」
「お褒めにあずかり光栄デス!」
「まったくもう、調子がいいんだから」

 得意げな表情を浮かべるユノンに、私は苦笑いを浮かべた。
 確かにユノンの言った言葉は合っている。そう、どうでもいい。
 例え、仲睦まじい男女の男が私の婚約者であり、女が私の妹であったとしても。

 今は遊びたいのなら、勝手にしてくれればいい。心からそう思っている。
 貴族間の結婚は親と家が決めたものであり、一度結婚してしまえば離婚することもほぼ不可能だ。
 そのため相手がいくら嫌な人であったとしても、避けることは出来ないまま一生を共に過ごさなくてはいけない。

 それは彼にとっても私にとっても。
 だからそれまではどんなコトでも大抵のことは口を出さない。
 それが暗黙のルールだったりする。

「でも本当に、アレ放置しちゃっても大丈夫なのですか~?」
「大丈夫でしょう。さすがにもう式の日取りも決まっているし、あの子の本命は別にいるもの。さすがにそっちがダメでも人の婚約者に手を出すとかそんなことはないはずよ」
「いやぁ、それよりも~なんですけどねぇ」

「え、何が?」
「何が、じゃないですって。あたしはお嬢様の心配をしているんです。あんなのと本当に結婚なさるのですか?」
「そこはほら、仕方ないのよ」

「前からずっと思っているんですが、お嬢様って他人ひとのこととなるとすごくムキになって頑張るのに、いつも自分のことは諦めてしまうんですね」
「……そうかしら」
「そうですよ」

 自分のこと、か。確かにあんまり考えたことはないかな。

 いつでもどんな時でも自分のことは最後だ。
 まずは家のこと、領地のこと、領民のこと。
 考えなければいけないことも、やらなきゃいけないこともたくさん山のようにある。
 しかしそれを一緒に解決してくれる人はいない。

 だからどうしたって自然に自分のことなんてどうでもよくなってしまうのよね。
 でも仕方ないじゃない。一人でやれることには限りがあるし、それに何より……何より!

「うちは貧乏なのだもの、仕方がないのよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 私の虚しい叫び声は、高く晴れた青い空に飲み込まれていった。
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