BloodyHeart

真代 衣織

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野良犬

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 芹沢は自身のオフィスで電話していた。
「あいつ(相良)は相変わらず敵ばっか作るな。油断のない日々でいいらしい。お前も見習えよ」
 プレジデントデスクの前にいる志保に芹沢は忠告する。
「はい。肝に命じておきます」
「言った通り、折原は咥え込んでいるんだな? 立場を忘れてないようで安心したぜ」
 笑みはあるが、芹沢は脅している様だ。
「分かっています。私は芹沢組に助けられた野良犬です」
 真っ直ぐな瞳で志保は断言する。
 立場とは反して、志保はとても綺麗に装っていた。
 撮影の合間に呼ばれた為、高価なドレスを着て、気合いの入ったヘアメイクを施している。何時もよりも一段と志保は美しい。
「そうだ。くたばったところで、紙切れ一枚で葬られる戸籍無きヘイハイツだ。殺されようが、自ら死を選ぼうが、事件として扱われる事はない」
 辛過ぎる現実を芹沢は含み笑いで言う。
「大丈夫です。御命令とあれば、どんな任務でも尽力致します」
「俺が、折原を殺してこいと言ってもか?」
 芹沢の目が凄む。
「当然ですっ」
 迷いを振り切る為に、志保は語気を強めた。
 芹沢はそれを見透かす。
「まぁ、一先ずはよしとするか……」
 芹沢は煙草を手に取る。
 慌てて志保は、ミニバッグからライターを取り出す。
 タイミングはやや遅れたものの、芹沢の煙草に火を点けれた。
 芹沢は志保の顔に紫煙を吐き付ける。煙いが志保は我慢する。
「撮影終わったんならこの後は出勤だろ? もういい。下がれ——」
 まだ撮影は終わっていない。
 涙目で崩れたアイメイクを、直ぐに直さなければならない。
「はい。失礼致します」
 志保は一礼し、退出して行く——。
 良かった。伊吹が助けてくれた。穂積も伊吹も生きている。
 体は誤魔化せたものの、心までは誤魔化せない。社長室を出るまで保たなかった。
 芹沢に背を向けた直後、志保は安堵に涙を一筋零していた。
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