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望まぬ報せ
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「羽月さん。お怪我は大丈夫ですか?」
廊下を出たところで、リリアに尋ねられる。
羽月は気が付いた。
どこも痛くない。
足首をクルクルと回転させる。
切れかけていたアキレス腱は繋がっている。
「少し捻っただけだ。問題ない」
「そうですか?」
問い掛けたリリアの視線は脇腹に注がれる。
服は切れているが、傷がない。
「これはインクだ。スーツ一着無駄にしちまった」
無理があると解りながらも、羽月は誤魔化しを貫く。
「で、でも……」
リリアは猜疑心を持つ。
「未来ちゃんに供える物でも買って来いよ」
羽月はリリアの意識を他に向けさせた。
悟られる訳にはいかない。
余りにも情報が少な過ぎる。
何より、羽月は恨みを買いすぎている身分だ。
下手をすればモルモットに利用される。
だが、心当たりはあった。
それは、覚醒エネルギーだ。
恐らく、リリアも知らないであろう。
リリアに隠し事がある様にはとても見えない。
明らかに、リリアは何も知らない。
リリアの表情が曇っている。
「助けて……くれなかったんですね」
「そんな善意がある連中じゃねぇよ」
期待していたのか……。
羽月は胸中で呟いた。
「ホームページは偽りだったんですね」
「その気になれば誰でも作れる」
「美穂さんも知っているのに、分からないものなんでしょうか?」
「薬学部の学生も、割りのいいカテキョバイトに騙されていたよ。都合のいいように思い込みたいんだろ」
その言葉には心当たりがある。現にリリアも思い込もうとしていた。
リリアが顔を伏せる。
倉庫の温度はマイナス三十度だった。
羽月はボディーバッグから、軍用のコートと手袋を取り出す。
「買って来ます」
力無く言い、リリアはトボトボと外に出て行く。
手袋をはめ、着込んだ羽月は冷凍倉庫の扉を開けた。
真っ直ぐに製氷機に向かう。
氷を貯める部分の傾斜扉を開けた。
見付けた黒いビニール袋を開ける。
中身はまだ見付かっていない、児童の身体の一部だった。
タオルケットに目を向ける。
全長は百六十センチほど……。田内未来の身長と大体一致する。
タオルケットの下に、羽月は慎重に両腕を入れた。
抱えて取り出す。
床に置き、零す様に息を吐く。
タオルケットの両端を捲る。
露になったのは田内未来の遺体だった。
腐敗はしていない。
首に絞殺痕がある。
両手で首を絞めて殺したと推測出来る。
吉川線はない。爪にも皮膚の一部や血液が見られない。
意識がない間の犯行か?
それとも既に、抵抗する体力も失っていたのか?
どちらかは分からないが、表情は正に静そのものだ。
羽月は優しく頬を撫でた。
命尽きる瞬間、一体何を思っていたのだろう。
そればかりは、一切の推測が適わなかった。
丁寧にタオルケットで包み込む。
現場保存に努め、羽月は倉庫を出て行く。
手袋とコートを仕舞い、ウェアラブル端末から警察に通信を入れた。
「遺体を発見した。何人か寄越してくれ——⁉︎」
直後、羽月は知ってしまう。
望まぬ知らせは、通信の先から聞こえてきた。
「はい——。相良中佐、直ぐに向かわせます」
返事の後ろで声がする。
「遺体は四人だ! 巻き添え有りませんっ——」
「——分からない。車道に出た瞬間、バンが炎上したんだ! 消火は終わったっ」
何が起きたか直ぐに理解出来た。
芹沢を相手に敗北している。
突如、スマートフォンが鳴った。
電話の相手は、今最も会いたくない芹沢だ。
恨みったらしい表情で羽月は電話に出る。
「よう——。俺の勝ちだ」
電話の声でもう分かる。芹沢は勝ち誇っている。
「やってくれたな……」
羽月は溜息を零す。落胆が知られる。
「簡単に尻尾を取れる相手なら、関わらない方がお前の為だ」
「まぁ、そこは分かるが……油断はさせねぇぞ」
声だけでも羽月の凄みは十分だ。
「そう牙ばっか向けるなよ。泡姫の時みたく、ちっとは愛想ふりまけよ」
「だったら泡姫みたく悦ばせろっ」
「あの泡姫も喜んでいたぞ。マナーもあって、すげぇ色男だってよ。次は本番出来るように、巨チン用のゴム用意してやるからよ。また遊んでいけ」
「しばらくアンタの顔は見たくねぇ。当面は遠慮するぜ」
軽々しい会話でも、羽月の表情は怖いままだ。
「まぁ、そう言うなよ。せっかくの出会いだ。大事にしようぜ。先を見通せば、互いの利益は十分だろ?」
対する芹沢は微笑んでいる。
「もう切るぜ。俺は国際勤労中だ——」
不快を露骨に電話を切る。
だが、羽月は笑みを零す。
自嘲? 余裕?
何故か笑っている。
芹沢組の先を見通していた。
待ち受ける両者の結末に笑うのは、果たしてどちらなのだろうか……?
廊下を出たところで、リリアに尋ねられる。
羽月は気が付いた。
どこも痛くない。
足首をクルクルと回転させる。
切れかけていたアキレス腱は繋がっている。
「少し捻っただけだ。問題ない」
「そうですか?」
問い掛けたリリアの視線は脇腹に注がれる。
服は切れているが、傷がない。
「これはインクだ。スーツ一着無駄にしちまった」
無理があると解りながらも、羽月は誤魔化しを貫く。
「で、でも……」
リリアは猜疑心を持つ。
「未来ちゃんに供える物でも買って来いよ」
羽月はリリアの意識を他に向けさせた。
悟られる訳にはいかない。
余りにも情報が少な過ぎる。
何より、羽月は恨みを買いすぎている身分だ。
下手をすればモルモットに利用される。
だが、心当たりはあった。
それは、覚醒エネルギーだ。
恐らく、リリアも知らないであろう。
リリアに隠し事がある様にはとても見えない。
明らかに、リリアは何も知らない。
リリアの表情が曇っている。
「助けて……くれなかったんですね」
「そんな善意がある連中じゃねぇよ」
期待していたのか……。
羽月は胸中で呟いた。
「ホームページは偽りだったんですね」
「その気になれば誰でも作れる」
「美穂さんも知っているのに、分からないものなんでしょうか?」
「薬学部の学生も、割りのいいカテキョバイトに騙されていたよ。都合のいいように思い込みたいんだろ」
その言葉には心当たりがある。現にリリアも思い込もうとしていた。
リリアが顔を伏せる。
倉庫の温度はマイナス三十度だった。
羽月はボディーバッグから、軍用のコートと手袋を取り出す。
「買って来ます」
力無く言い、リリアはトボトボと外に出て行く。
手袋をはめ、着込んだ羽月は冷凍倉庫の扉を開けた。
真っ直ぐに製氷機に向かう。
氷を貯める部分の傾斜扉を開けた。
見付けた黒いビニール袋を開ける。
中身はまだ見付かっていない、児童の身体の一部だった。
タオルケットに目を向ける。
全長は百六十センチほど……。田内未来の身長と大体一致する。
タオルケットの下に、羽月は慎重に両腕を入れた。
抱えて取り出す。
床に置き、零す様に息を吐く。
タオルケットの両端を捲る。
露になったのは田内未来の遺体だった。
腐敗はしていない。
首に絞殺痕がある。
両手で首を絞めて殺したと推測出来る。
吉川線はない。爪にも皮膚の一部や血液が見られない。
意識がない間の犯行か?
それとも既に、抵抗する体力も失っていたのか?
どちらかは分からないが、表情は正に静そのものだ。
羽月は優しく頬を撫でた。
命尽きる瞬間、一体何を思っていたのだろう。
そればかりは、一切の推測が適わなかった。
丁寧にタオルケットで包み込む。
現場保存に努め、羽月は倉庫を出て行く。
手袋とコートを仕舞い、ウェアラブル端末から警察に通信を入れた。
「遺体を発見した。何人か寄越してくれ——⁉︎」
直後、羽月は知ってしまう。
望まぬ知らせは、通信の先から聞こえてきた。
「はい——。相良中佐、直ぐに向かわせます」
返事の後ろで声がする。
「遺体は四人だ! 巻き添え有りませんっ——」
「——分からない。車道に出た瞬間、バンが炎上したんだ! 消火は終わったっ」
何が起きたか直ぐに理解出来た。
芹沢を相手に敗北している。
突如、スマートフォンが鳴った。
電話の相手は、今最も会いたくない芹沢だ。
恨みったらしい表情で羽月は電話に出る。
「よう——。俺の勝ちだ」
電話の声でもう分かる。芹沢は勝ち誇っている。
「やってくれたな……」
羽月は溜息を零す。落胆が知られる。
「簡単に尻尾を取れる相手なら、関わらない方がお前の為だ」
「まぁ、そこは分かるが……油断はさせねぇぞ」
声だけでも羽月の凄みは十分だ。
「そう牙ばっか向けるなよ。泡姫の時みたく、ちっとは愛想ふりまけよ」
「だったら泡姫みたく悦ばせろっ」
「あの泡姫も喜んでいたぞ。マナーもあって、すげぇ色男だってよ。次は本番出来るように、巨チン用のゴム用意してやるからよ。また遊んでいけ」
「しばらくアンタの顔は見たくねぇ。当面は遠慮するぜ」
軽々しい会話でも、羽月の表情は怖いままだ。
「まぁ、そう言うなよ。せっかくの出会いだ。大事にしようぜ。先を見通せば、互いの利益は十分だろ?」
対する芹沢は微笑んでいる。
「もう切るぜ。俺は国際勤労中だ——」
不快を露骨に電話を切る。
だが、羽月は笑みを零す。
自嘲? 余裕?
何故か笑っている。
芹沢組の先を見通していた。
待ち受ける両者の結末に笑うのは、果たしてどちらなのだろうか……?
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