127 / 133
赦して欲しい
しおりを挟む「ババロア御馳走様でした」
羽月は後部座に座る田内美穂に礼を言う。
「恐れ入ります」
呟く様な小さい声が聞こえる。
虚ろな表情、曇り切った瞳、田内美穂は放心している様だ。
ただ静かにスモークの先を眺めている。
過ぎ行く景色に一体何を思うのだろうか?
横にはリリアが寄り添っている。
何も言う事が出来ず、リリアはそっと田内美穂の手を取った。
「リリアちゃん」
「はい⁉︎」
反応が返ってくる。
「本当にごめんなさいね」
「いえ、私の事はお気に為さらず……」
リリアは気まずく俯く。
「お詫びの仕様もない。殺してしまった……」
自身が直接殺害した訳ではないが、田内美穂は自責の念に駆られている。
「田内さん」
羽月が声を掛けた。
「はい」
力なく田内美穂は返事をする。
「主治医も看護師も後悔していましたよ。自分達が支えていれば、こんな事は起きなかった。ちゃんと話しを聞かなきゃいけなかったって」
事実だ。主治医も看護師も嘆いていた。
「いえ。親切にして頂きました。先生にも看護師さんにも——」
涙が頰を伝う。
支えようとする人がいた。無残に過ぎ去ってしまった記憶を辿る。
『お母様も御自愛下さい。私も子を持つ親ですから、心中お察し致します』
娘の病室を出た後、主治医から優しい言葉を貰っていた。
『ありがとうございます』
田内美穂は礼を言うに留める。
憩いスペースで飲み物を買っている時、看護師に話し掛けられても……。
『未来ちゃん、お母さんの事とても心配されてますよ。少しお話ししませんか? 気持ちが楽になれますよ』
それでも愚痴すら溢せない。
誰もが日々、負担を強いられて生きている。分かっているから甘えていてはいけないと、田内美穂は弱っていく心の悲鳴を強固に押し殺してしまった。
それでも娘は察知する。
『お母さん、大丈夫じゃないでしょ? お父さんに虐められているんでしょ?』
『大丈夫よ。未来ちゃんは病気なんだら、お母さんに甘えていなさい。母は強く偉大なものよ』
『私だって力になりたい。病人だからって無力じゃないよ』
日に日に弱っていく娘に、これ以上の心配はさせられない。心配させるのが一番心臓に悪い。
もう私には、この子しかいないのだから。
私がしっかりしなきゃ……。
母性に誓った。
これが後に仇となる。
「私が悪かったんです。娘の前ではカッコつけようと……」
田内美穂は自分だけを責めている。
「オヤジがクズでも、娘が優しい性格になったのは、お母さんのおかげなんですね」
主治医と看護師が抱いていた印象だ。
「いえ。私のおかげじゃありません。あの子は元々優しい子で、人にも恵まれていたからです」
「子供は親からのみに影響を受けて育つ訳じゃない。あなたの教え子も、思いやり溢れる良い子でした」
那智と伊吹が出会った教え子の事だ。
「あの子も元々良い子です」
田内美穂は直ぐに誰の事か分かる。
「自責の念があるなら、まだ子供を救える。教え子も保護者も、教職に戻って欲しいと望んでいます。あなたの為に嘆願書を集めると」
「出来ませんっ。そんな事……」
「なら、教え子は自分を責めるでしょう。僕が頼ったからいけなかった。先生はイジメを許さない人だから、どうにかしようと必死になったんだと言ってましたから」
田内美穂は言葉を失った。
どうすればいいのか分からない。躊躇する。
「美穂さん」
穏やかに呼び、リリアは両手で手を握る。
「過ちを犯さない人はいません。背負って生きる事が償いだと、私は思っています」
田内美穂は背負っている。逃げる気などない。
ならば許して欲しいとリリアは切に願うのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる