BloodyHeart

真代 衣織

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狂気の目撃者

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誰も見ていない……事もなかった。
 見ている奴らがいた。
 それが、羽月と伊吹だった。
「羽月、殺していい奴いたよ。すげー遠いけど……」
 伊吹はスマートフォンの画面を隣にいる羽月に見せた。
 レンズと画面にはモスグリーンのフィルムが貼られている。普段使っている物より強力な、光の拡散反射を完全に防ぐフィルムだ。
 二人は狙撃任務に就いていた。周辺で、最も高いビル屋上から腹ばいになって、狙撃対象を探していた。
 羽月は画面を確認する。
「これって、優秀で有名な結城君だよね。何やってんだろ?」
 人伝てだが、結城那智は品行方正と聞いている。不思議がり、伊吹は疑問する。
「やろうとしているのを、阻止しようとしているんだろ」
 羽月には想像が付いた。
「でも……。この距離だと、弾が届いても頭貫けないんじゃ……?」
 スコープの照準を合わせる羽月に、伊吹は問い掛ける。
「邪魔はない。人間相手なら、ギリギリ狙える距離だ」
 最大射程距離三キロを超えた三・五キロ先だが、羽月には自信があるようだ。
 羽月が撃った弾丸は、見事に隊長と分隊長の首、頚動脈を貫く——。
 分隊長の頚動脈を貫くと、弾丸は地面に落下する。
 目を疑う事態を、那智の冷血になった瞳は正確に捉えていた。
「——こっちもオーケー」
 伊吹がマシンピストルを向けた先で、戦闘ドローンが爆発する。
 伊吹は、後ろから無音で近付く戦闘ドローンを撃っていた。
「そろそろ移動するか?」
 羽月の問いに、伊吹は「了解」と答える。二人は速やかに武器を仕舞い、その場を後にした。
「何だっ⁉︎ どこから?」
「おいっ! 狙われているぞ!」
 特殊遊撃部隊の隊員達は困惑する。全員、隊長と分隊長の死は、気にも掛けていない。
「あのビルです。建物を伝い、近付いて来ました」
 眼鏡を拾って掛け、唯一人、冷静な那智は視線の先に走り出す。
 三百メートル先から、アサルトライフルが乱射される。
 他の隊員達も、一個中隊がいる三百メートル先の建物に向かい走り出した。
 その後、那智は射程距離と狙撃の腕前から、撃ったのは相良羽月だと判る。
 ——一年後、羽月と伊吹が警察部隊に異動すると知り、那智は二人の元を訪れた。
「——結城君、言っちゃう?」
 戯けならがも目付きで威嚇し、伊吹は那智に問い掛ける。
 スーツを着て、異動の挨拶を終えた後、羽月と伊吹は空いていた小会議室に入った。そこに、軍服の那智が訪ねて来る。
「知ったところで、俺を処分しようって訳じゃねぇだろ? どうしたいんだよ?」
 那智は満足気に笑みを溢す。
「私も、行動を共にしたい。同じ部隊に所属しても構いませんか?」
「えっ、いいの?」
 伊吹には、想像出来ない発想だった。
「好きにしろよ。所詮、自由と命の限られた軍人だしよ」
 自嘲しているかの様に軽く笑い、羽月は率直に答えた。
 そして、当時の隊長であった名糖和左に勧誘された旭が加入——。現在の四人が揃う。
 那智は、羽月の弾丸が隊長の命を奪った直後、今まで表面を覆っていた正義が剥がれ落ちてしまっていた。
 道を正したのは、葛藤を抱えた那智の正義ではなかった。惑いを知らない羽月の狂気だったからだ。
 失った正義感は道徳心を欠落させる。
 だが、那智は強靱な刃を宿す。
 今まで最も優秀である那智は、妬まれて嫌がらせを受ける事も多々あった。
 刺激しないよう、那智は只耐えていたが、露骨な嫌味を兼ねた脅しの言葉を吐く事も増えた。
 見え隠れする脅威に、嫌がらせをしていた者達は怯み、被害に遭う頻度はゼロに近くなる。同時に好意を持たれ、友情を築く機会も失った。
 それでも那智に後悔はない。
 宿った強靱な刃が斬り裂く。
 振り向きはしない、立ち止まりもしない。何処までも己を突き動かし、どんな難題をも斬り開き進む、新たなる生き方を得たのだから——。
 
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