傭兵ヴァルターと月影の君~俺が領主とか本気かよ?!~

みつまめ つぼみ

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第2章

36.駄目押し

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 朝食を終えると、セイランオウは通訳に婚約契約書を読み上げさせ、俺に頷いて見せた。

『大筋はこれでよかろう。
 だがそちは同時に祝言しゅうげんを挙げ、夫婦めおととなる。
 そのことを明記し、しかと約束せよ。
 青嵐国では夫婦めおとでも、この国では夫婦めおとと認められぬのであろう?
 綾女あやめが十五になった時、必ずこの国の婚姻契約を結ぶとな』

 通訳を介した言葉に、俺はうなだれて応える。

「その契約に違反したら、どうするんだ?
 必ず守れると約束はできんぞ」

 セイランオウがニヤリと微笑んだ。

『この国で夫婦めおととして認められぬのであれば、そちが青嵐国に来るが良い。
 そして綾女あやめを女王として、そちがその夫となり青嵐国を治める。
 としては、そちらの方が好都合だがな』

「ケッ! テッシン以上の男がいない狭い国なんぞ、行きたくねーよ!
 わかった、婚約破棄時の履行義務はそれでいい。
 それが嫌なら、死ぬ気で嬢ちゃんと結婚契約を結べばいいんだな?」

 セイランオウが不気味な笑みを浮かべた。

『それだけではない。
 そちは夫婦めおととなったのち、稚児ややこを作る義務を負う。これも明記せよ』

 通訳の言葉に、俺は愕然として声を上げる。

「――十歳の嬢ちゃんと、子供を作る義務だって?! 何の冗談だ!」

『すでにそちは、綾女あやめ同衾どうきんしてる。
 公的には手を出したも同然の扱いよ。
 なに、青嵐国ではとおでの出産記録もある。
 月夜見つくよみ様の加護があれば、問題なく出産もできよう。
 断るならば、そちは青嵐国によ。我が国で好きな時期に稚児ややこを作るが良い』

 ――くっそ! 逃げ道はねぇのか?!

 いくらなんでも、十歳の子供じゃ相手なんかできねぇぞ?!

 頭を抱えて悩んでいる俺に、セイランオウが楽し気な声で告げる。

『難しいか。では、そちたちの事情ももう。
 稚児ややこは”努力義務”、そちが前向きにつとむるならば、結果は問うまい。
 だが期限は五年、それを過ぎれば稚児ややこを作るがよい。
 おのこなら、十五の娘相手に稚児ややこを作れぬとは言うまい?
 綾女あやめの器量で不服があるとは言わさぬ』

「……努力義務ってんなら、それまではどう嬢ちゃんを扱おうが構わねぇってのか?」

『ククク……そうではない。きちりと正しく”つとめて”見せよ。
 同衾どうきんし、夫婦めおととして過ごすのだ。
 そちが”努力”を怠れば、必ず綾女あやめが書状で知らせるであろう。
 さすればそちは、契約不履行として青嵐国に渡る義務を負う。
 理解したなら、契約書に明記するが良い』

 通訳の言葉に、俺はうなだれながら応える。

「……わかったよ、努力すりゃあいいんだな?
 嬢ちゃんが納得する努力を見せれば、それであんたも納得するんだな?」

『わかればよい。孫の顔、楽しみにしておるぞ』

 俺は死刑宣告された気分で契約書に追記していき、セイランオウの確認を取ってからお互いに署名をした。

 これで晴れて、俺は人生の墓場行きが決定したわけだ。

 もう傭兵稼業に戻ることはできない。

 アヤメと言う家族を抱え、支えて生きていくことになった。

 その上、子供を作る努力義務か。どこまで努力できるのかねぇ。

 俺は憂鬱な気分で署名済みの契約書を片手に、ダイニングを後にした。




****

 ヴァルターが去った後のダイニングで、一部始終を黙って見守っていたアヤメがニヤニヤと微笑んで告げる。

ついわらわとヴァルターの稚児ややこじゃ!
 どのような子に育つかのう? まっこと楽しみじゃ!
 ……して、稚児ややこはどのように作ればよいのじゃ?
 父上、案内あないせよ』

 青嵐皇がニヤリと微笑み返す。

『なに、同衾どうきんしたら着物を全て脱いで、口でも吸ってやればよい。
 あとはヴァルターめが、稚児ややこを得るようつとむるであろう。
 綾女あやめ些事さじなど気にする必要はない』

 アヤメが真っ赤な顔をして口を両手で押さえ、声を上げる。

『着物を脱いで口を吸うと申したか?!
 左様さよう破廉恥はれんちな行いを、わらわにせよと?!
 父上、乱心召されたのか!』

『では、稚児ややこは諦むるのか? 男女のちぎりは破廉恥はれんちな物よ。
 余人に見せられぬ姿を、互いに見せ合うのだからな』

 たまらずフランチェスカが口を挟む。

『恐れながら申し上げます。やはりひい様に稚児ややこは、時期尚早ではありませんか』

 アヤメが真っ赤な顔で悩んだ末、意を決したように顔を上げた。

案内あないされた通りにすれば、ヴァルターがわらわ稚児ややこを授けてくれるのじゃな?!』

 青嵐皇が頷いた。

『必ずつとめると契約に記した。
 だがヴァルターも、綾女あやめめのことして見るのに苦労しているようだ。
 しばしの間は、気長に待つがよい。
 ――さっそく今夜、祝言しゅうげんを挙げるとしよう。それでヴァルターめに義務がしょうじる。
 あとは綾女あやめ、そちの努力にるところだ。
 青嵐国の美姫びきとして、見事ヴァルターめに、己をめのこと認めさせよ』

 アヤメが真っ赤な顔で頷いた。

 その様子を眺めていたキューブは『自分が狙われてなくて良かった』と内心で胸を撫で下ろしていた。

 不興を買えば町ごと消し飛ばす破壊兵器、好意を寄せれば幼い身体で子供を要求するわがまま振り、どれもキューブの手に余る。

 彼女を制御できるのは、父親以外では、心を許したヴァルターだけだろう。ヴァルターの能力がギリギリ現在の平穏を保たせている。

 だがヴァルターがアヤメをここに置いてどこかに出かければ、キューブがヴァルターの代わりにアヤメを監視しなければならない。

 そんな未来が来なければいいと、キューブは真剣に祈っていた。




****

 午後になり、セイランオウの指示でシュウゲンに必要な物を集めることになった。

 急なことで、万全の支度は無理だそうだ。

 それでもキューブが持ち帰ってきた物で、最低限の体裁は整うらしい。

 セイラン国の米酒であるセイラン酒。

 モチゴメという米から作られるモチ。

 これを月の光を見ながら、妻の家族が見守る中で夫婦が口にするんだと。簡単なんだか、面倒なんだか分からん。

 衣装は本来、真っ白なものを身にまとうそうだが、これは用意が足りない。

 アヤメはなるだけ新しいセイラン国の民族衣装、俺はシルクのシャツで我慢してもらうことになった。

 そこまで急いで儀式をする必要、あるかぁ?

 ……ああ、セイランオウが長居できないのか。

 いくらなんでも、『今夜いきなり子供を作れ』とは言わねぇだろ、さすがに。

 ……言わねぇよな? 不安になってくるな。


 リビングで紅茶を味わっているセイランオウに、俺が告げる。

「なぁあんた、いつまで大陸に居るつもりだ?」

 セイランオウが少し考えこんでいた。

『戻るまで三か月かかることを考えると、どれほど長くとも二週間か三週間が限界だろう。
 それ以上はの不在が政治情勢に影響を及ぼすはずだ』

 ふーん、そんなにか。それなら――

「今造船中の船が、もうじき進水する。
 その船を使えば、二か月から二か月半でセイラン国に帰れるはずだ。
 二週間後には船が完成してる頃だから、それを踏まえればもう少し長く居られるんじゃないか?」

 セイランオウが驚いた顔で俺を見ていた。

『そのような船を、いつのまに建造していたのだ?
 よもや大陸では、船を短期間で作ることができるのか?』

 俺はへっと笑みを浮かべた。

「あんたが交易に応じてくれることは確信してた。
 そしてセイラン国との交易で、最大のネックが距離だ。
 余り大量に交易品を持ち込むと、希少性が落ちて巧くない。
 それなら運ぶ量を抑えて、高速で往復できる船を作っておく。
 往復四か月から五か月、五隻の高速交易船を通わせ、毎月やりとりできるようにする。
 これなら立派な交易路と言えるだろう?」

『……つまり、我が国に船を出した半年前にはもう、建造を開始していたというのか。
 やはりそちは、たぐいまれなる先見の明をもつおのこよな。
 綾女あやめがわがままを言わねば、是が非でも青嵐国に連れ帰りたいものだ』

 俺は肩をすくめて応える。

「へっ、おだてるのは止めてくれ。
 俺は当たり前の結論を読んで、効率的な手を打っただけだ。
 この程度、ちょっと考えれば誰にでもできるだろうが。
 なんでどいつもこいつも、こんな『できて当然』のことをそんなに驚くかね」

 セイランオウがニヤリと微笑んだ。

『自覚がないのは、そちの悪癖よな。
 もそっとおのが才覚を自覚せよ。
 この港町の繁栄も、そちの才覚ゆえだろうに』

「たまたま運が良かっただけだ。
 それを実力と勘違いされても困る。
 そのうちあんたも、俺の本当の姿が見えるだろ」

『馬鹿に付ける薬はないというが、そちにも付ける薬がなさそうだな。
 愚かなのか賢明なのか、実に判断に苦しむ。
 運を味方につけるも実力のうち――それを心得こころえよ。
 そちは覇王の天運を持ちて生まれ落ちたおのこかもしれん』

「覇王だぁ? そんなもんに興味はねーよ。
 王様なんてめんどくせーもん、なってやるかってんだ」

 俺たちが会話してる所に、クラウスが割り込んでくる。

「失礼いたします。王宮から手紙が届いております」

 俺はクラウスに振り向いて告げる。

「手紙? 誰からだよ?」

「この封蝋はシュルツ侯爵かと」

 ――宰相から?! 嫌な予感しかしねぇな?!
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