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第2章

35.袋の鼠

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 翌朝、目が覚めると俺の横でアヤメがゴロンと仰向けになって眠っていた。

 ……セイラン国の王女の下着がはだけてやがる。

 見えている肌を隠すように、下着を整えてやる――確か、こんな感じだったな。

 まったく、眠ると無防備なのはお子様の証拠だ。

 自分の寝相を見れば、少しはお子様の自覚をもつかもしれねーけどな。

 しかし眠ってるとはだけるとか、セイラン国の服は無防備過ぎねーか?

 子供だと下手すりゃ、朝になった時に全裸だぞ?

 布を巻き付けて紐で留めるだけとか、そんなの子供の服じゃねぇだろ。

 よくわからねー国だよ、セイラン国は。


 俺は侍女をハンドベルで呼出し、着替えを準備させた。

 ……なぜか俺の着替えを、侍女たちが手伝っていく。

 もう慣れてきたが、貴族ってのは一人で服を着ることもできない生き物なのか?

 部屋に侍女頭のエレンが入ってきて、俺に頭を下げる。

「アヤメ殿下のお召替えをしに来ました。お起こししてもよろしいでしょうか」

「それは構わんが、お前にセイラン国の服なんてわかるのか?」

「フランチェスカ様のやり方を見て覚えましたから、問題ありません」

 さすが、熟練の侍女ってところか。

 エレンはアヤメを起こすと、彼女に持ってきていた新しいセイラン国の服を着せていく。

 着替えが済むと、脱ぎ捨てられていた服を持って、部屋を出ていった。

 アヤメが眠そうな顔で俺に告げる。

「おはよう、ヴァルター。これで子供ができたかな?」

「できるわけねーだろ。一緒に寝ただけだぞ」

 本気で子供を作るつもりだったのか?

 アヤメが少しうつむいてぶつぶつとつぶやく。

『やはり、あれでは稚児ややこはできぬのか。
 どうすれば稚児ややこを授かるか、父上に聞いておくかのう』

 俺の背筋を悪寒が走っていく。

 あの『ヤヤコ』という単語、悪い意味にしか聞こえねぇ。

「馬鹿なこと言ってねぇで、飯を食いに行くぞ」

「――あ、待ってよヴァルター!」

 俺たちはダイニングに向かって、並んで歩きだした。




****

 ダイニングテーブルに着いた俺は、隣に座るセイランオウに昨日確認した書類を手渡した。

「朝からすまんが、婚約契約書だ。
 帰国するまでの期間限定だが、不備がないかチェックしておいてくれ」

 セイランオウは書類を年配の女性に渡して俺に頷いた。

『よかろう、後で読み上げさせよう。
 だがやはり、”帰国するまで”などという寝言をほざいてるのか。
 これはも、何か考えておかねばならんな』

 アヤメが朝から元気な声でセイランオウに告げる。

『父上! 昨晩はヴァルターと同衾どうきんしたのじゃが、あれでは稚児ややこはできぬらしいぞえ?
 どうすれば稚児ややこを授かるか、わらわ案内あないせよ。
 ヴァルターめを説得するには、もう稚児ややこを作って見せるほかはあるまい』

 セイランオウがニヤリと微笑んだ。

『ほぅ? 同衾どうきんを許したともうすか。
 これはもう、責任を取ってもらい祝言しゅうげんを上げるしかあるまい。
 ――ヴァルターに伝えよ、”婚約の儀式として祝言しゅうげんを挙げよ”とな。
 祝言しゅうげんは通訳せずに伝えよ』

 通訳の年配の女性が、困惑しながら頷いた。

「陛下は『一緒のベッドで寝た以上、シュウゲンを挙げる必要がある』とおっしゃっています。
 シュウゲンはセイラン国における婚約の儀式、そうお考え下さい」

 フランチェスカが慌てて声を上げる。

『陛下?! そのようなことを、本気でお考えになられているのですか?!』

 セイランオウが不敵な笑みで頷いた。

同衾どうきんした以上、もはや責任を取り婚姻するしか道はない。
 ならばが大陸に居る今のうちに、祝言しゅうげんを挙げさせてしまおうというだけよ。
 わが皇家おうけにとって、婚約も婚姻も大差はないわ。
 ならば先んじて祝言しゅうげんを挙げても、なんの問題もない』

『――そのような風習になっていたのですか?!』

『フランチェスカはまだ、青嵐国の風習に不慣れか。
 皇家おうけは庶民より特に厳しい規律がある。
 同衾どうきんしためのこが婚姻もせず婚約を解消したなど、ただの疵物きずもの扱いよ。
 そのような不名誉、決して許すわけにはゆかぬ』

『ですがひい様はまだ幼い身、十歳では仕方がないとはできないのですか?!』

『セイラン国ではとおに満たぬ年齢での婚姻すら有り得る。
 同衾どうきんはそれだけ重たい事実だと心得こころえよ』

 ヒートアップするフランチェスカと不穏な空気のセイランオウ。どこかで見たこと有るな、この光景。

 ……やっぱり親子だなぁ。このパターンは、良からぬことをセイランオウが言い出してるのを、必死にフランチェスカが止めてるって奴だ。

 ってことは『シュウゲン』ってのも、罠の匂いがプンプンする。

 俺はセイランオウに告げる。

「なぁ、シュウゲンはどうしても挙げなきゃいけない儀式なのか?
 省略とかできないのか? 形式だけの婚約に、儀式なんて必要なのか?」

 セイランオウが大きく頷いた。

『もはや逃れられぬ。ヴァルターは大人しく、綾女あやめ祝言しゅうげんを挙げよ』

 通訳を介して言葉を聞き、俺は力が抜けていった。

「……なんで逃げられねぇのか、教えてくれないか?」

 アヤメが元気な声で告げる。

「昨日、私と一緒に寝たでしょ! だからだよ!」

 ゲッ、その程度で儀式をせざるを得ないってのかよ。

 背後に居るクラウスが、静かな声で告げる。

「大陸の貴族社会においても、同じベッドで夜を過ごせば責任を取るのが習わし。
 それを反故ほごにすれば、男女とも大きな不名誉となります。
 そこはご留意ください」

 俺は慌てて振り向き、クラウスに声を上げる。

「ちょっと待て! 嬢ちゃんはまだ十歳、社交界にも出られない子供だろう?!
 子供と一緒に寝てやるだけで、そんな責任が発生するのか?!」

「そこはセイラン国の事情も関わってくるかと。
 大陸であれば、通常は問題とされない年齢です。
 しかしセイラン国では問題とされる――そういうことでしょう」

 頭痛を覚えて頭を抱える俺に、アヤメがニコニコと告げる。

『父上公認で祝言しゅうげんじゃ! これでようやく、正式に夫婦めおととなれるのう!
 ヴァルター、次は稚児ややこじゃ! 稚児ややこを作るぞえ!』

 また『ヤヤコ』だ。悪寒で気分が悪くなっていく。

 フランチェスカに意味を聞く――のも、今は無理か。セイランオウに睨み付けられ、黙り込んでやがる。

 こりゃ、後で意味を聞いても応えそうにない。

 俺は壁際に控えているキューブに告げる。

「おいキューブ、お前はシュウゲンがどういう儀式か、わかるか?」

 キューブがニコリと微笑んだ。

「はい、存じております。ですがそれを口にすると私の命が危うい状況とも心得こころえております。
 旦那様へお伝えするのは、ご遠慮させていただきます」

 こいつ、従僕の癖にいい根性してやがる。

 だがこれぐらいじゃないと、アヤメの世話係なんぞ務まらない。

 俺は頭を整理していき、一つの結論に突き当たる。

「――つまりシュウゲンを挙げることが、セイラン国では結婚を意味するんだな?」

 セイランオウがニヤリ、と満足気に微笑んだ。

『さすがはヴァルターよ、言葉も風習もわからぬままに、それを見破るか。
 その通り、そちは同衾どうきんの責任を取り、綾女あやめ祝言しゅうげんを挙げて夫婦めおととなるがよい。
 祝言しゅうげんもってして、青嵐国では正式に夫婦めおとと認められる。
 あとは夫婦めおとちぎりを交わし、稚児ややこを作るが良い。
 作り方は、そちが知ってろう』

 通訳が伝える言葉が『シュウゲン』から『結婚式』に変わっていた。

 思った通り、俺に挙式させようって腹か。

 婚約即結婚とか、どういう文化なんだ、セイラン国は!

 だがアヤメと同じベッドで寝たことは事実、それを無視できないってのも、理解はできる。

 ……まさか、俺は本当にアヤメと結婚するしかないのか?

 俺はうなだれながら、背後のクラウスに尋ねる。

「クラウス、今後の流れはどうなると思う」

「はい、セイラン国形式で挙式したあと、旦那様と殿下が婚約者となり、殿下が十五歳になってから、改めて結婚契約を交わすことになるかと」

「逃れる術は?」

「ございません。相手は王族、そこは大陸と大差ない厳格な規律があるかと」

 ――三十歳で十歳の妻持ちかよ?!

 俺は自分の暗い未来に絶望しながら、机に肘を乗せてうなだれていた。
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