傭兵ヴァルターと月影の君~俺が領主とか本気かよ?!~

みつまめ つぼみ

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第1章

10.国王との交渉

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 アヤメが微笑みながら国王に告げる。

「私の宝石、返してもらってもいいかな?」

 国王は真顔で頷き、懐から青い手のひら大の宝石が付いたペンダントを取り出して、机の上に置いた。

「これは確かに、最高級の青嵐せいらん瑠璃るり
 このように大きなものは、王位継承者にしか与えられないと聞いている。
 しかもこれは、ただの青嵐せいらん瑠璃るりではないな?
 通常の物とは輝きが違う」

 アヤメはテーブルからペンダントを取り上げ、自分の首にかけてから答える。

「これは月夜見つくよみ瑠璃るりよ。
 私が生まれた日に見つかった、国宝の宝石。
 第一王位継承者にのみ与えられる、特別な宝石よ。
 ……えっとフラン、私の公用語、間違ってないよね?」

 フランチェスカが困ったように微笑み、頷いた。

「はい、あっていますよアヤメ殿下」

 アヤメがパッと笑顔を輝かせた。

「よかった! ――でね? 私はそれだけ特別な王族なの。
 うちの国の神様に仕える巫女として、第一王位継承者として、相応の待遇を要求するわ。
 おじさん、国王なんでしょ? 私の要求、応じられる?」

 子供ってのは、怖いもの知らずだなぁ。

 大陸の中では中堅国家、むしろ小国に近いこのキュステンブルク王国でも、大陸の遥か東方にある島国の王家なんて相手にならん格がある。

 少なくともこの大陸で、セイラン国の王家は『田舎の王族』ぐらいの認識だろう。

 それを『相応の待遇を求める』なんて、大きく出過ぎだ。

 国王は困惑しながらアヤメに応える。

「客人としての対応、それぐらいであれば考えよう。
 だが相応の待遇とは、どのようなものか。
 今、我が国はアイゼンハイン王国から侵攻を受け、苦しい立場にある。
 アヤメ王女の要望を全て叶える余裕は、我が国にはおそらくあるまい」

 アヤメはニコニコと微笑みながら告げる。

「私はこの大陸に、見聞を広めに来たの。
 だからこの国を拠点に、大陸の各地を見て回りたいな。
 私が快適な旅をできる手配をお願いするね。
 そして私が満足したら、セイラン国に向かう船に乗せてくれれば、それでいいよ?」

 おいおい……非現実的すぎるだろう。

 国王もドン引きしてるじゃねーか。

 隣のレーヴェンムート侯爵まで、呆れた顔でため息をついてやがる。

 国王が真顔でアヤメに告げる。

「そのような待遇、私や我が子供たちですら望めまい。
 窮地にある我が国に、そのような余裕がある訳もない。
 船便だけは情けで手配してやろう。それで国へ帰るが良い」

 アヤメは笑顔を陰らせることなく応える。

「そう? それじゃあヴァルターも私と一緒に王都からいなくなるけど、それでいいの?
 ヴァルターは私の専属護衛。一緒に行動する人なの。
 私を追い払うなら、ヴァルターも去ることになるよ?」

 レーヴェンムート侯爵が、国王に慌てて振り向いた。

 そのまま国王と目くばせをし、何かの意志を交わし合っている。

 国王がため息をついて告げる。

「……王宮への滞在は許可しよう。
 王都を見て回るのも、また許可しよう。
 馬車と護衛の用意ぐらいはしてやる。
 だがその傭兵を王都から離す真似は許可できん。
 その男は、これから王都の守りのかなめとなる。
 そこはわきまえてもらいたい」

 アヤメがニッコリと微笑んだ。

「ええ、いいわよ?
 戦争で大変なんだもの。それぐらいの妥協はしてあげる。
 でも戦争が落ち着いたら、改めてさっきの話を考えてね」

 アヤメの奴、どんだけ神経が図太いんだ。

 ……いや、ある程度計算済みの交渉か?

 飲めない要求を押し付けて、最初に提示されたよりマシな待遇を飲ませた?

 国王が譲歩できる限界を引き出しやがったのか。

 つくづく、頭の回る子供だ。

 国王が立ち上がって告げる。

「客間を用意させる。それまでここで待つが良い」

 アヤメは笑顔で手を振って応える。

「わかった! 良い部屋、楽しみにしてるね!」

 国王が疲れた表情でため息をつき、応接間を出ていった。

 残ったレーヴェンムート侯爵が咳払いをした後、俺に告げる。

「ヴァルター、貴様は王女と共に在るとしても、我々の要請があれば即時、戦時対応ができるようにしておいてほしい。
 緊急時には王宮に急いで戻れ。
 そして外出時は、必ず行き先を告げよ。
 これを心してくれ」

 俺は同情を込めて微笑みながら、侯爵に応える。

「ああ、わかった。お互い子供のおりは疲れるな。
 あまりアヤメに振り回されるなよ? 俺はなるだけ、あんたらにも協力するつもりだ」

 レーヴェンムート侯爵が苦笑を浮かべた。

「貴様が良識的な傭兵で助かるよ。
 あとで守備隊に面通しをさせる。
 おそらく、貴様が陣頭指揮を執ることになる兵士たちだ。
 指揮に自信が無いようであれば、私が後方から采配するがな」

「んー、そこは前線に居る俺がその場で指図さしずした方が早いだろう。
 だがあんたの指揮が優先されるように徹底しておいてくれ。
 指揮系統が混乱するのが一番まずいからな。
 俺はそれにあわせて動いてやる」

 レーヴェンムート侯爵が頷いた。

「指揮にも自信があるのだな、頼もしい。
 ではこれからよろしく頼むぞ」

 侯爵も立ち上がり、応接間を後にした。


 俺は公爵の気配が遠くなってから、ゆっくりとソファに体重を預ける。

「――はぁ。まったくとんでもないガキだな、アヤメは。
 よくもまぁ、あれだけズケズケとものを言えるもんだ。
 あそこまで行くと尊敬しちまいそうだ」

「そんな~、そこまで褒められても、何も出ないよ?」

「褒めてねぇからな?!」

 くそっ、皮肉も通用しねぇのか、やりづれぇ。


 やがて、王宮の従者が現れて俺たちに告げる。

「お部屋の準備が整いました。こちらへお越しください」

 俺たちはソファから立ち上がり、従者の後を追った。




****

 アヤメたちは別室、俺は隣の質素な部屋が割り当てられた。

 おそらく、国の客人が従者を寝泊まりさせる部屋なのだろう。

 俺はその部屋を見回した後、荷物を置いてアヤメたちの部屋に向かった。


 アヤメたちの部屋は、リビングにダイニング、ベッドルームも付いた立派な部屋だった。

 アヤメはベッドの上で飛び跳ね、「ようやく柔らかいベッドだよー!」と喜んでいる。

 俺は入り口で彼女たちを見守っている従者にこっそりと聞いてみる。

「なぁ、この部屋はどういう部屋なんだ?」

「はい、小国の王族を迎える部屋でございます」

 ……アヤメの奴、王族待遇を勝ち取りやがった。

 下手すりゃ従者並、最悪王宮から追い出されて、王都の宿屋に押し付けられる可能性もあった。

 それを王族待遇か……飯も、相応のものが出てくるんだろうなぁ。

 ま、それでもこの国が苦しいのは間違いがない。

 それほど大した贅沢ができる訳じゃないはずだ。

 俺はフランチェスカに告げる。

「俺は隣の部屋で呼出しを待つ。何かあれば呼びに来い。
 飯は一緒にここで食う。それで構わないな?」

 フランチェスカは複雑な表情で頷いた。

「わかりました。ですが食事だけですよ?」

「当たり前だ。それ以上のなにを一緒にするってんだ」

 相談事があれば、食事時にできる。

 その時間を確保できれば、充分面倒を見てやれるだろう。

 俺はベッドの上で喜んでいるアヤメを一瞥すると、自分の部屋に戻っていった。
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