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第1章

9.侯爵との話し合い

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 応接間に通された俺たちは、ソファに腰かけ、出された紅茶に口をつけていた。

 俺は求められた通り、コルジーナの町で見たこと、やったことをできるだけ詳細に伝えた。

 向かいに座るレーヴェンムート侯爵が俺に告げる。

「なるほどな。やはりそれは、アイゼンハイン王国の工作部隊で間違いないだろう。
 じきに詳しい調査報告が届く。
 だがその前に手を打っておかねばならない。
 そこでだヴァルター。貴様に頼みたいことがある」

 俺は侯爵の顔を見て応える。

「なんだよ、改まって」

「貴様、しばらく王都の守備兵にならんか?
 そうすれば王都の兵をいて、工作部隊に対する哨戒しょうかいてられる。
 貴様一人で百人以上の働きができるなら、それが可能だ。
 どうだ? 報酬は充分な額を払おう」

 俺を工作部隊に差し向けるのではなく、兵をいて工作部隊に備えるのか。

 俺一人で領内を見回るのは不可能だ。必ず漏れが出る。

 だから人数を繰り出して哨戒しょうかいて、俺を低下した戦力の補充にするつもりか。

「なるほどな、納得できる対応だ。
 それなら傭兵として、応じてもいい――だが、その前に解決せにゃならん話がある。
 そっちを先に聞いてくれるか?」

 レーヴェンムート侯爵が、片眉を上げて俺を見た。

「話とはなんだ?」

 俺はアヤメに告げる。

「アヤメ、お前の身分証、『アレ』を出せ」

 アヤメが頷いて、首から下げた宝石を服の下から取り出し、ネックレスを外した。

 その手のひら大の青い宝石が付いたネックレスをアヤメがテーブルの上に置いたあと、フランチェスカが告げる。

「このお方はセイラン国の第一王女、アヤメ・ツキノベ・セイラン殿下。
 我がニコレッタ子爵家に滞在して頂こうとしたのですが、私がセイラン国に渡っている間に家が潰れていたようです。
 殿下を保護するすべを失い、途方に暮れて居ました。
 願わくば、この王宮に滞在させていただければと思います」

 ――王女?! 貴族とは言っていたが、まさか直系かよ!

 レーヴェンムート侯爵が宝石を手に取り、しげしげと眺めて告げる。

「……大粒の青嵐せいらん瑠璃るりか。
 これが王族の身の証だというのだな?」

 アヤメが頷いて告げる。

「お父さんは『それを見せればわかるはずだ』って言ってたから、そうなんじゃない?
 少なくとも、セイラン国では王位継承者の証だし。
 お爺さんはわからないの?」

 レーヴェンムート侯爵が苦笑を浮かべた。

「申し訳ないが、セイラン国の貴族とは交流がない。
 青嵐せいらん瑠璃るりはわかるが、王族の証と言われても私にはわからん。
 ――これを少し、借りても構わないか。陛下にお見せし、話を伝えてくる」

 アヤメは不機嫌そうに眉をひそめた。

『こやつ、わらわの宝石を盗むつもりではあるまいな?』

 フランチェスカが困惑しながらアヤメに応える。

ひい様、ここはこの方に任せましょう。
 我々青嵐国は、それだけ知名度が低い国家なのです』

 アヤメが小さく息をついて、レーヴェンムート侯爵に応える。

「わかった、その宝石を預ければいいんだね?
 でも失くしたり傷をつけたりしないよう、気を付けてよ?」

 レーヴェンムート侯爵がしっかりと頷いた。

「本物であったなら、大変な失礼になるからな。
 もちろん、そんなことにならないよう、細心の注意を払わせてもらう。
 ――では、一旦失礼する」

 レーヴェンムート侯爵が立ち上がり、宝石を手に持って応接間から出ていった。


 俺は小さく息をついて、紅茶を一口飲んだ。

「なんとか、話を予定通り持っていけそうだな。
 国王がこの話に頷けば、俺も安心してお前らを預けられる」

 アヤメがニタリとした笑顔で、俺に告げる。

「その話なんだけどさー……ヴァルター、私の専属護衛にならない?」

「はぁ?! どういう脈略でそんな話になる?!」

「ヴァルターが一緒なら、もっと面白いものが見られそうな気がするんだよね。
 私の見聞を広める手伝いをしてよ。
 さっきのお爺さん、ヴァルターをここの戦力にしたがってたでしょ?
 私を追い出したらヴァルターも立ち去るってなったら、私たちを嫌でも滞在させないといけなくなる――違う?」

 なるほど、頭の回る子供だ。

 自分たちの待遇を確保するのに、俺を利用するつもりなのか。

「報酬はどうするつもりだ?
 俺は傭兵、ただ働きなどやらんぞ」

「私の下で働ける栄誉だけじゃ、不満なの?
 う~ん……それじゃあ、私が国に戻る時、一緒においでよ。
 セイラン国で、充分に納得できる報酬を渡してあげる。
 これは王女として約束するわ。どう?」

 将軍であるレーヴェンムート侯爵すら知らなかった、王族の証。

 それを国王が知らなければ、アヤメたちは路銀がろくにない中で王都に放り出される。

 なんとかして船賃を稼がなければ、国に戻る手段もない。

 たとえ国王がセイラン国を知っていても、待遇が悪ければ似たようなことになりかねない。

 王家にアヤメたちを保護してもらってる間に、なんとか船賃を俺が稼いで、こいつらを送り届ける……しかない、のか?

 俺が悩んでいると、フランチェスカが困惑した声でアヤメに告げる。

ひい様、本気なのですか?!
 この男とようやくえんが切れるというのに、専属護衛とはどういう事ですか?!』

 アヤメが余裕の笑みで応える。

『言うたであろう? こやつの力を利用し、わらわたちの待遇を確保するのじゃ。
 あの老爺ろうやの反応では、わらわたちの待遇も多くは望めまい。
 じゃがヴァルターという力を、この国は欲しておる。
 その欲望を有効活用しようというだけじゃ』

 フランチェスカは、どこか納得できなさそうに眉をひそめたまま応える。

『本当にそれだけなのですか?
 それならば他にもやりようはなかったのでしょうか。
 私はヴァルターと共に在ることが、ひい様のためになるとは思えません』

 アヤメがニヤリと微笑んだ。

『そう恐れるでない。
 言うたであろう? わらわに勝てる人間など、この世のどこにもおらん。
 月夜見つくよみ様の加護を持つわらわは無敵じゃ。
 何人なんぴとたりとも、わらわを妨げる事などできぬのじゃからな』

 アヤメを見つめていたフランチェスカが、深いため息をついた。

『その思い上がりを、『広い世界を見て直して来い』と陛下はおっしゃられたのですよ?
 ヴァルターという規格外の戦士を見ても、まだひい様の世界は狭いままなのですか?』

『仕方あるまい? わらわがこの世で最強なのは厳然たる事実なのじゃからな。
 その事実をくつがえせぬのであれば、わらわの認識が変わる訳もあるまいて。
 ヴァルターなぞ、適度におだてて働かせてやればよいのじゃ。
 わらわ巫術ふじゅつを使えば、もっと手早く敵を殲滅せんめつできるというのに、難儀なんぎな事よ』

 なんだか話し合いが続いているみたいだ。

 頼みの綱のこの国の王家による保護が望み薄、そんな手応えだしなぁ。

 これからどうするかを話し合ってるんだろうか。

 ……仕方ねぇ、こいつらが国に戻る船賃を稼ぐまで、俺が面倒を見てやるか。

 この『乗り掛かった舟』、ちゃんと下船できるんだろうなぁ? なぜか不安になるぜ。


 遠くから、廊下を歩いてくる人の気配がする。

 開け放たれた応接間の扉から、二人の男が姿を現した。

 一人は国王に宝石を見せに行ったレーヴェンムート侯爵。

 もう一人は王冠を被り、豪奢ごうしゃなマントをまとった男――国王がわざわざ、ここまで来たのか?!

 二人の男は応接間の中に入り、俺たちの前に腰を下ろした。

 国王が口を開く。

「私がこの国の王、ヴィルヘルム・キーリッツ・キュステンブルクだ。
 セイラン国から第一王女が来たと聞いて、直接確認に参った。
 それでは改めて、話を聞かせてもらえるか」

 ――乗り切れるのか?! 嬢ちゃん!
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