お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ

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第6章:聖女の使命

第60話 二人きりの夜

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 旅支度を整えたアンリが、玄関前に連れてきた馬に乗っている。
 私はその馬に相乗りして、馬は元気に走り出した。

 馬は森を抜け、小川を超え、丘を登って高台に出た。

「ここの景色は、いつ見ても綺麗だねー」

 この風景だけはいつも変わらない。

 私は静かに遠くを眺めていた。

 馬から降りると、アンリはテントを張り始めた。

 手慣れた様子で小さな個人用のテントを組み立てていく。

「慣れてるね?」

「このぐらいできないと、軍に同行できないからな」

 出来上がったテントは一人用、
 中に入ってみても、私たち二人が入るのは苦しそうだ。

 だというのに、私の後からアンリが入ってきた!

「ちょっとアンリ?! 狭いよ!」

「抱き着いていれば、何とか寝られそうだな」

「……手を出したら、もう口をきいてあげないからね」

 アンリはテントから出て、食事の支度を始めた。

「どうしたの? お腹減ったの?」

「お前は食事を抜いているだろう?
 食事を抜くと気分が荒れる。
 軽くでもいいから、何か食べておけ」

 ああ、そういえばお昼を食べてないや。

 アンリが用意してくれたスープを、私は静かに飲んでいた。

 身体が温まると、心も温まるような気がして、少し気持ちが楽になった。

 そのあとは会話もなく、私は岩によりかかるアンリに抱きしめられながら風景を眺めていた。

 静かで穏やかな時間が過ぎていく。

「……ねぇアンリ。アンリは私を一目ひとめで好きになったの?」

「一番最初は、初めて見る同じ年頃の女子を見て、珍しかったのだと思う。
 でも最初の挨拶で微笑んだお前を見た時には、もう心を奪われていたんじゃないかな」

 最初の挨拶って……アンリ、チョロすぎない?

「あれは愛想笑いだよ? そんな笑いで好きになっちゃったの?」

「そんな笑いでも、お前の人柄がにじみ出ていたんだよ。
 何よりお前は美人だったからな。
 あの頃からお前は特別だった」

 まーたーそーれーかー。

 私は大きくため息をついた。

「まだ美人なんて勘違いをしてるの?
 前回の人生では、アンリ公爵令息は私に冷たい視線しか寄越してこなかったよ?
 アンリは美人の女の子をそんな目で見る人なの?」

「その時には、私は十五歳だったか。
 おそらく母上たちの毒殺を知っている頃だろう。
 毒殺をはかった宰相たちが囲っている令嬢になど、いくら美人でも心を許しはしないさ」

 冷血貴公子だしなぁ。そりゃあそうか。

「でも美人っていうのは納得できないんだけど。

 私が美人なら、なんで前回の人生で誰も言い寄ってこなかったの?」

「宰相に囲われていたからだろう。
 あいつが専横せんおうを極めて居たなら、あいつに逆らえる貴族は居ない。
 聖女なら、王族に嫁ぐのが習わしだ。
 宰相がそれを狙って聖女を囲ったのなんて、貴族なら馬鹿でもわかる。
 言い寄っても宰相ににらまれるだけで、得なんてないからな」

 むぅ、筋が通ってる。

「じゃあアンリは、私が美人だって言い張るんだね?」

「事実だからな。しかも年々、お前は美しくなっていく。
 十五歳のお前なんて、見ただけで骨抜きにされるだろう」

「骨抜きにされるアンリか……ちょっと見てみたい気がするな」

 アンリが笑みをこぼした。

「フッ、お前はもう見ている。今の私は見事に、お前に骨抜きにされている」

 私は背後に居るアンリの顔を見上げた。

「どこが骨抜きなの? 立派な青年に育ってるじゃない」

「お前が言う冷血貴公子なんてものに、今の私はなれないだろう。
 家も国もどうでもいい。世界すらどうなっても構わない。
 お前が幸福な笑顔を見せてくれるなら、それだけでいい」

「うわぁ……そんなに私が好きなの?」

「好きだ。この想いは日々強くなっていく。
 お前に手を出さずにいつまで耐えられるのか、私にもわからん。
 ……なぁシトラス・ガストーニュ、私と結婚してくれないか」

 私は思わず噴き出していた。

「あはは! 突然どうしたの?」

「お前と家庭を作りたい。そして田舎でお前や子供たちの笑顔に囲まれて、平和に暮らしたいんだ」

 私はそんな日々に思いをせていた。

 きっとそれはあたたかい日々。毎日が笑顔で溢れるだろう。

「そうだね……旅人のアンリとなら、家庭を作ってもいいかもね」

曖昧あいまいな返答だな。まだ私は、お前の夫として認めてもらえないのかな」

「だって決定的な言葉を言ったら、もうアンリは我慢できなくなる気がするし。
 本当なら今すぐにでも押し倒したいって、気配が言ってるよ?」

「ばれていたか……だが今は二人きりだ。
 私たちだけの秘密にしてしまえば、誰にも知られることはない」

「あはは! だーめ! 今はシトラス・ガストーニュだけど、明日には聖女のシトラス公爵令嬢に戻らなきゃいけないもん。
 私はどこかに家に嫁がなきゃいけないんだから、アンリに肌を許せないんだよ」

「……他の家に嫁ぐ必要なんてない。
 他の男になど渡さない。
 私だけのシトラスでいてくれないか」

「私は聖女の役目を忘れて生きることが出来ないからね。
 夫や子供を一番に考えて生きて行くことが出来ない。
 そんな人は、公爵家に嫁ぐ資格なんてないよ。社交界も嫌いだし」

「社交界になど行く必要はない。
 貴族の世界と距離を取って生きれば良い。
 私や家族が一番でなくとも構いはしない。
 ――お前の明るい笑顔がそこにあれば、それ以上求めない」

「あはは、どうしたの? 急に。
 今までそんなこと、言わなかったじゃない」

「さっきお前から冷たい目で見られた時に気が付いた。
 あんなお前を見たくない。
 あんなお前でいて欲しくない。
 お前から明るい笑顔を奪うものなど、私が全て葬ってやる」

 私は夕焼けに染まるアンリの目をまっすぐ見つめていた。

 アンリはどこか泣きそうな目で、必死に私に懇願こんがんしていた。

「そんなに私の愛が欲しいの?」

「欲しい」

 まっすぐな言葉で、私の心を揺さぶってくる。

 そっか、ここまで想ってくれる人となら、添い遂げてあげたいな。

「いいよ、私の愛をあげる。
 あたたかい家庭を作るって、約束してくれるならね」

 気が付いた時、私の唇は奪われていた。




****

 月明かりの中で、アンリが静かに焚火たきびを起こしていた。

 そのまま静かに遅くなった夕食の準備を進めていく。

「また軽食ですまないな。だが食べておいた方が良い」

 私はアンリからスープのお皿とパンを受け取り、それをゆっくりと口に運んでいく。

「よくキスだけで止まれたね。
 私はてっきり最後まで襲われるかと思ったのに」

 アンリが苦笑を浮かべた。

「お前に手を出したら、二度と口をきいてもらえないからな」

 キスは手を出したうちに入るのか自分でも悩んだけど、今回はノーカウントということにしてあげた。

 質素な夕食が済むと、私はアンリに手伝ってもらいつつドレスを脱いだ。

 肌着だけになって、テントの中に入っていく。

 アンリも肌着だけになると、テントの中に入ってきて私を抱きしめてきた。

 これでギリギリ、二人がテントの中で眠れる。

 ――まったく、どうして一人用のテントなのかな?

「何度も言うけど、今の私に手を出したら駄目だからね?」

「ああ、わかっている。婚姻をしてから、ゆっくりとお前の愛を味わうさ」

 結婚する気になったから、襲われても別に許してあげるつもりはあった。

 でも初めてが空の下は、さすがにどうかと思う。なので、ここは我慢して欲しい。

 私たちは横になりながら、絡み合うように抱き着いていた。

 くっついていないと寒いので、お互いの体温で暖を取っている。

「じゃあ、おやすみアンリ」

「ああ、おやすみシトラス」


 アンリの体温と匂いに包まれながら、私は自分の心を見つめていた。

 お母さんは、相手の子供を産む気になったなら、それは愛だと言った。

 ならこの気持ちは愛なのだろうか。

 アンリの事を思うと、胸がポカポカとあたたかくなる。

 こうしてくっついているだけで、とっても気分がよくなっていく。

 自然と微笑みがこぼれて、アンリのためならなんでもしてあげたいと思う自分に気が付く。

「ねぇアンリ。今なら手を出してもいいよ?」

 私の投げかけた言葉に返事はない。

 見上げると、アンリは幸せそうに寝息を立てていた。

 私は微笑みながらその唇を奪った後、再びアンリの胸に頬をうずめて目を閉じた。




 朝になり、アンリに手伝ってもらいながらドレスを着ていく。

 質素な朝食を済ますと、アンリはテントを畳んで馬に乗せた。

「もう大丈夫か?」

「うん、たっぷりアンリの愛を受け取ったからね!」

 もう私の心はぽかぽかだ。冷たい心は、どこかにいってしまった。

 私たちは微笑みあい、馬に乗ると公爵邸に戻っていった。
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