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第一章 踏み荒らされ花

俺も同じ道を選ぶだろう

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「そうか……分かった。遅くなるかもしれないから、アイリスの所で待ってろ。今から周囲を見回って来るから」

 ライドは俺たちの頭を撫でると、剣を持って家を出て行った。

 俺たちはライドの言う通り教会に向かった。

 一時間、二時間経っても、ライドは戻って来ない。陽が暮れても。皆、家族が心配するからって帰って行った。朝一に来るって約束をして。

「大丈夫よ、アーク。ライドが強いのはアークが一番知ってるでしょ」

「…………うん……」

 温かいココアを飲みながら答える。甘くて美味しい。だけど、ホッと出来ない。そんな俺の様子を優しい目で見ながら、アイリスは言った。

「しょうがないわね。明日休みだから、ライドが帰って来るまで起きてていいですよ。二人で待っていましょう」

「うん!! ありがとう、アイリスさん」

 そして、俺はアイリスさんと一緒に夜遅くまで色んな話をした。でも、眠気には勝てなくて、日付けが変わる頃には舟を漕ぎだす。それでも意地で起きていたかった。そんな俺を苦笑しながらも、アイリスは温かい目で見守っていた。まるで、ライドの代わりのように。

 何度か舟を漕いだ時だった。

 ガタッという音がした。

 慌てて飛び起きる。玄関の方からだ。俺は走って行く。後ろをアイリスが追い掛ける。

「ライド!!」

 体を屈めて埃を払っているライドの首に飛び付く。ライドはそのまま俺を抱き上げる。

「起きてたのか!?」

「貴方を心配して眠れなかったのよ」

 代わりに、アイリスが答えてくれた。

「そうか……遅くなって悪かったな、アーク」

「いい。ライドが無事ならいい。で、ゼルおじさん見付かったの?」

「いや、村の周囲を探したけど、どこにもいなかったよ。明日、町まで足を伸ばしてみるよ」

 俺はこの時、気付いていなかった。アイリスさんの目が、厳しいものに変わっていたことに。

「ライド、今日はもう遅いから泊まっていきなさい。アークもほぼ寝落ちしているし」

「いや……さすがに、それは駄目だろ」

 断るライドに、アイリスは微笑みながら答えた。

「構いませんわ」

「いや、構うだろ。一応、未婚の女性宅に泊まる訳にはいかねーだろ」

「構いませんわ」

 にこにこと笑いながら、有無を言わせないアイリス。こうなったアイリスに何を言っても無駄だと、長年来の付き合いがあるライドは嫌な程分かっていた。

 それで、結局、押し切られるまま泊まる羽目になった。今晩は簡単に寝かしてもらえないだろう。但し、色事で寝かしてもらえない、なんてことは絶対にない。

 アークをベッドに寝かし付けたライドは、予想通り、コーヒーを淹れて待っていたアイリスの尋問を受けることとなった。

「で、ゼルが捕まった痕跡はあったの?」

 直球で来たか。

「言葉を飾る必要はないでしょ」

「人の考えを読むなよ。痕跡はなかった。だけど、少し離れた場所にゼル以外の魔力のカスが残っていた」

 ライドの答えに考え込むアイリス。

「そう……ゼル以外の魔力の痕跡がね……だとしたら、ゼルは自ら身を隠した可能性があるわね」

「だろうな。その可能性が高い」

 敵に自分の存在を知られた可能性があるなら、ゼルは自ら身を隠すだろう。意地でも、村には戻って来ない。

 アークの事もあるが、もし自分が捕まれば、娘であるマリアも無事では済まない。それを理解しているからこそ、ゼルは離れることを選んだ。ゼルって奴はそういう奴だ。俺がゼルの立場なら同じ道を選ぶ。だからこそ、仲間として信頼出来る。

「何か、引っ掛かることでも?」

 ほんと、こいつに嘘は通用しねーな。

「ああ。魔力のカスがな、エルヴァン聖王国で感じたことがないものだった。あれはおそらく、聖教国の者だ」

 アイリスが聖女だった時に、何度か聖教国に行ったことがある。その時感じた魔力の質によく似ていた。

「そう……聖教国ね」

 アイリスの声が一段と低くなる。

 もろに地雷踏んだと思ったが仕方ない。関わっている以上、名前が出すのは当然だ。

「前に、ゼルの報告で、アークをおとしいれた大司祭が、帰らないで残ってるって言ってたな」

 ライドは不意に思い出したことを口にする。

「大司祭? 名前は分かる?」

「ああ。確か、エモンズ大司祭と言っていたな」

「エモンズ大司祭!!」

 アイリスの声が一段と大きくなった。

「知ってるのか?」

 そう尋ねると、更にアイリスの声が低くなった。

「知ってるわ。よくね……そう、アイツが関わってるのね。あの【毒蛇】が」

 物騒な単語が出てきたな。

「毒蛇?」

「アイツの渾名よ。とにかく、蛇のように気持ち悪い奴よ。特に目がね。相手を平気で利用し、使えなくなったら容赦なく殺す。そうやって、大司祭まで登り上がった男よ。まさに、毒蛇のような奴」

 アイリスがそこまで言うんだ。相当ヤバい奴だよな。そんな奴がアークの捜索に関わっているのなら……

「……ゼルは大丈夫なのか?」

「ゼルのことも心配だけど、それよりも、アークのことの方が心配よ。ライド。アークを別の場所に避難させることを考えてもいいんじゃないかしら。例えば、おじさんの所とか」

「出来る訳ないだろ!!」

 反射的にライドは怒鳴り付けてしまった。

「気持ちは分かるけど、アークの身を考えると、あそこほど安全な場所はないわよ」

「…………」

 そんなことは、言われなくても分かっている。アイツの支配下が一番安全だってことは。それでも、アイツに助けは求めたくはない。絶対に。

 頑なな俺を見て、アイリスは苦笑する。

「話を元に戻すけど、毒蛇が関わっているのなら、ゼルの捜索からは手を引いた方がいいわ」

「…………それは……」

 簡単に「そうだな」とは言えない。ゼルは大事な仲間なのだから。

「非情なことを言ってるのは十分に理解しているわ。でも、探して無事エモンズより早く見付けられればいいけど、逆にさとられたら厄介よ。リスクが高過ぎる」

 アイリスがそこまで言うんだ。かなり狡猾で頭がキレる奴なんだろう。

「……アークのことは、この件が済んでから、よく考えることね。それと、【勇者の証】についても、ちゃんと話した方がいいわ。そろそろ、顕れ始める頃じゃない」

 アイリスの言葉が深くライドの中に残り突き刺さった。

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