36 / 73
お花畑のお花は全部枯れたのよ
しおりを挟む「そんなに焦らなくても大丈夫だよ、シア」
私が叫んだと同時に、温かいマントが肩にかけられ優しい声が頭上からした。
「…………カイナル様」
言葉が出なかった。大切な人の名前以外は――
「ラメール侯爵は無事だよ。大量の出血があるが、命に別状はない。今は医療院で治療を受けている」
この人は……本当に凄い。決死の想いで聞き出したことを、当事者の私より先に把握している。もちろん、私が叫んだ理由もわかっていた。
「よかった……本当に、無事でよかった……」
このまま死んだら、あまりにもラメール侯爵様が可哀想すぎる。いや……貴族社会では死んだことになるかもしれないけど。それは、普通の死よりも辛いことだと思う。
だけど、生きていたら幸せなことが後にあるかもしれない。死んだら――その幸せを味わうことは、絶対できないんだよ。
「しょせん魔族の手先、しぶといですわね!!」
お花畑一号の興奮したヒステリックな声が響く。
「本当に。でも、必要な血は十分採取できているのだから、よろしいではありませんか?」
反対にお花畑二号は、別の意味で興奮しているようだった。彼女の目はカイナル様だけしか見ていない。
――気持ち悪い!!
この時、私はこのお花畑の目を潰してやりたいと思った。でもできないなら、私はカイナル様の前に立つ。そして、自分でも驚くような、とてもとても低い声で恫喝した。
「見るな」
「……なっ、凄んでも怖くないのよ!! 私には貴女の侍女が、えっ!?」
命じなくても、リアは自分の首筋にナイフを当てていたゴロツキを一瞬で制圧していた。
「少し考えたらわかりそうなのに、私がなんの策も練らずにここにきたと思ったの? 浅はかね。幼稚すぎるわ」
心底怒った時って、冷静な口調になるみたい。
「「な、なんですって!!」」
ほんと、仲良し親子。
私は水魔法で床の血を流す。魔法陣は消え、床はキレイになった。
固まるお花畑一号、二号。それでも逃げ出そうとする素振りを見せる彼女たちに、私は一歩一歩近付く。
「もう、とうに詰んでるの気付かないの? 私を誘拐した時点で、貴女たちは詰んでるのよ。理解できない? お花畑は脳みそがフワフワだからしかたないか。でもね――もうお花畑のお花は全部枯れたの。これから、貴女たちはそれを身に沁みて知ることになる。いくら王族の血を引いていてもね。ねぇ……私、さっき言ったよね、私の大事な人を見ないでって」
私はお花畑二号の前に立つと、膝から崩れ落ちている彼女の下顎を、私の方にクイッと持ち上げた。
「それ以上見るなら、その両目潰すわよ」
「ヒッ!!」
お花畑二号は小さな悲鳴を上げ、ガクガクと小刻みに震えている。やっとこっちを見てくれた。構わずに、私は続けた。
「貴女は大きな間違いをしたの。私の悪口なら、いくら言っても構わなかった。事実、平民だからね。でもね、貴女は私を貶すと同時に、カイナル様を貶したの。私を選んだカイナル様をね。そして、私が選んだカイナル様をね」
「……人族のくせに」
震える声で、お花畑二号は最後の悪態を吐く。
「そうね、私の行動って人族らしくないわね。でも、自分の番を馬鹿にされたら怒るわよ。貴女の誤算は、私がその怒りを吐き出せる環境にいたってことよ。コンディー公爵家を敵に回したのが、運の尽きよ」
そう言い捨てると、私はお花畑二号から手をのけた。冷たい目で一瞥すると踵を返す。私はそのままカイナル様の元に戻り、呆けている彼に苦笑しながら話しかけた。
「そろそろ、帰りませんか? 私たちの家に」
弾かれたように、カイナル様は私を抱き締めると、誰の目にも私の肌が見えないようにマントでくるみ、横抱きにした。
緩みきった幸せそうな顔で。
「ああ、帰ろう」
「はい!!」
私は安心して、その温かい胸に身を任せた。
105
お気に入りに追加
452
あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました
21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。
理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。
(……ええ、そうでしょうね。私もそう思います)
王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。
当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。
「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」
貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。
だけど――
「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」
突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!?
彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。
そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。
「……あの、何かご用でしょうか?」
「決まっている。お前を迎えに来た」
――え? どういうこと?
「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」
「……?」
「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」
(いや、意味がわかりません!!)
婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、
なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?

【完結】無能に何か用ですか?
凛 伊緒
恋愛
「お前との婚約を破棄するッ!我が国の未来に、無能な王妃は不要だ!」
とある日のパーティーにて……
セイラン王国王太子ヴィアルス・ディア・セイランは、婚約者のレイシア・ユシェナート侯爵令嬢に向かってそう言い放った。
隣にはレイシアの妹ミフェラが、哀れみの目を向けている。
だがレイシアはヴィアルスには見えない角度にて笑みを浮かべていた。
ヴィアルスとミフェラの行動は、全てレイシアの思惑通りの行動に過ぎなかったのだ……
主人公レイシアが、自身を貶めてきた人々にざまぁする物語──
※ご感想・ご意見につきましては、近況ボードをご覧いただければ幸いです。
《皆様のご愛読、誠に感謝致しますm(*_ _)m》

【完結】え、別れましょう?
須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」
「は?え?別れましょう?」
何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。
ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?
だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。
※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。
ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。

見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです
珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。
その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。
それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。

契約婚なのだから契約を守るべきでしたわ、旦那様。
よもぎ
恋愛
白い結婚を三年間。その他いくつかの決まり事。アンネリーナはその条件を呑み、三年を過ごした。そうして結婚が終わるその日になって三年振りに会った戸籍上の夫に離縁を切り出されたアンネリーナは言う。追加の慰謝料を頂きます――
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる