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私なりの妥協点
しおりを挟む――私たちの家に帰ろう。
カイナル様に求婚された時に言われた台詞。だけど実際に今きているのは、カイナル様の実家。
つまり、ゴルディー公爵家。
そして私がいるのは、カイナル様の執務室。客間が執務室に変わっただけ。
でも、過ごしやすさはだんとつ執務室の方がよかった。自由があるから。カイナル様が引っ付いてこないからね。っていうかできない。執事という見張りが目を光らせているからね。見張りがいなければ、普通に、仕事中でも私を膝の上に乗せて仕事しようとしていたよ。仕事の邪魔なのにね。
亜人族の中でも、竜人と獣人は番に対して重きをおいているのは有名な話だ。カイナル様もそう。常に私を目の届く場所に置いておきたいみたい。私が少しでも動くと必ず私を目で追っている。特にカイナル様は、その傾向が強いって執事さんがソッと教えてくれた。納得したよ。
私もそこまで無責任じゃないから、あれから亜人族について勉強してみたんだ。といっても、深くはないけど。知らないより知っていた方がマシ。カイナル様と私のためにも。
今日も用意されたお菓子に舌鼓したあと、読書を楽しんでいた。本が好きだって話してもいないのに、当たり前のように本が用意されている。名前のことといい……私のプライバシー筒抜けだよね。ゴルディー公爵家の力を使えば、苦もなく簡単に知ることができる。
でも、私はカイナル様のことを全然知らない。そう……カイナル様の家族のこととか。
本宅なのに、誰一人会わないことっておかしくない? 来た当初は、めちゃくちゃ緊張してたよ。カイナル様の家族に会う可能性が大だからね。なのに一度も会わない。数日はそんなこともあるのかって、特に気にもとめてなかったんだけど、一か月以上も会わなかったら、さすがに疑問に思うよね。なので、休憩時間に素直に訊いてみた。
ちなみに、カイナル様は私を膝の上に乗せている。これを拒否したら、カイナル様が仕事をボイコットするので、致し方なくね。私はカイナル様が仕事をしようがしまいが関係ないけど、周囲はそうはいかない。大の大人が子供に泣き付くなんて、早々にないわよ。ちょっとした修羅場だったわ。
「ゴルディー様、この屋敷は離れですか?」
見上げながら尋ねた。途端に、ピシッと固まるゴルディー様。少し不機嫌そう。訊いたら駄目だった? いまいち、どこにトラップが仕掛けられてるかわかんないんだよね。一応、カイナル様以外には訊かなかったんだけど。
「……違う。ここは本宅だ」
だよね。この広さの邸宅で離れはないわ。
「ゴルディー様のご家族の方、皆さん忙しいんですね」
この反応、意図的に会わさないようにしてそうな気がする。
「会いたいのか?」
「……別に会いたいわけではありませんが」
私がそう答えると、カイナル様は明らかにホッと胸を撫で下ろしている。
家族でさえ、排除の対象か……亜人族って、ほんと人族とは違うのね。カイナル様だからかもしれないけど。
「…………会わせたくない。ユリシアは俺だけのものだ」
口にする言葉が重いよ。それに、いつ私が、カイナル様のものになったの? その記憶ないけど。
「私は私だけのものです」
否定できる時に否定しないとね。
私がそう答えると、カイナル様は私の身体をギュッと抱き締める。
「ユリシア……悪かった。数日でも、親元から引き離してしまって。ユリシアはこんなに小さいのにな……」
震える声に絆されたわけじゃないよ。許すつもりはないけど、謝ってくれた気持ちは受け取るべきでしょ。
「……二度とあんな想いは味わいたくありません。できれば、行動に移すまでに言葉にしてください。それでなくても、種族が違うんですから」
まだ、カイナル様の白百合を受け取ってはいない。でも……そんなの関係ないと思う。だって、カイナル様、私を逃がす気ないから。奇跡的に逃げられても、絶対探し出して捕まえる。恋愛事にまるっきり興味もない私でもわかるよ。
会ったばかりの私なら、まだなんとかなるって思ってたけど、この一か月で考えは変わった。変わらずにはいられなかった。諦めたよ。それでも、すべてをカイナル様に合わせる気はない。
番なのは受け入れる。
だけど、私は私の人生をあげたりはしない。
これが、私なりの妥協点――
「わかった……これからは、ユリシアに言ってから行動に移す」
「できれば、行動に移してほしくはありませんが、爆発する前に声に出してくださいね、カイナル様」
私がカイナル様の名前を呼んだ時、抱き締めていた腕が一瞬緩んで、また抱き締められた。その時、とても小さな声で「ありがとう」って呟く声が聞こえたの。私はポンポンとカイナル様の腕を軽く叩いた。
素直じゃない私のできる最大の意思表示。ちゃんと受け取ってくださいね、カイナル様。
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