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閑話〈大学生編〉
時間はゆっくりある(1)
しおりを挟む((…………何の音だ……?))
すぐ側で、シャリ、シャリと何かを研ぐような音がする。
靄が掛かり、ぼんやりとしていた村山と松井の意識が、音の方に向いた時だった。
「……そろそろ、起きて。二人とも」
タイミングよく掛かる声。楽しそうな、ウキウキとした声と揺り動かされる腕の感触に、村山と松井は自然と目を覚ます。
「やっと起きたね」
中川が側に立っていた。
一気に意識が覚醒する。
殴ってやろうと、反射的に村山と松井は起き上がろうとした。
だが、出来なかった。
縛られて固定されているのか、四肢の自由が全く利かない。唯一動くのは首から上だけだ。無理に動かそうとしたせいか、固定具が四肢に食い込んで鋭い痛みが走った。
「痛っ!! ここは何処だ!?」
「俺たちをどうするつもりだ!? 中川!!!!」
唯一自由になる声で中川を怒鳴り付ける、村山と松井。
以前の中川なら、ちょっと声を荒げただけでビクッと身を竦ませ逃げ出した。謝ってきた。なのに、なのにだ。ここにいる中川は身を竦ませることなく、反対に嬉しそうに村山と松井を見下ろしている。
まるで別人の様な変わり様に、松井と村井は困惑する。不信感を露にした。中川は特に気にしている様子は見せない。
「ここ? ここは拷問部屋だよ。解体部屋と言った方がいいかな。君たちはゲームに負けたから、連れて来たんだよ」
にっこりと微笑みながら中川は答える。まるで、天気の話をするような気楽さだ。
「「解体部屋……?」」
あり得ない単語が出てきたことに、村山と松井は息を飲む。
訝しげな声の裏に僅かな絶望と恐怖が含まれているのを感じとった中川は、満足そうに微笑む。
その笑みに、松井と村山は恐怖を感じた。
そして更に追い討ちを掛けるように、中川は天井のある部分を指差した。吸い寄せられるように、松井と村山は指差す方に視線を向ける。
視線の先には天井に固定された鉄の棒。その先はS字フックが付いていた。
そしてS字フックの先には……。
明かに人の一部だった筈の物が八つ、切口を逆さにしてぶら下がっていた。ポタポタと赤い滴が落ちる。
掛かっていたのは、陽に焼けていない細くて白い手足。
一瞬にして、それが誰のものか村山と松井は理解した。同時に、嘔吐感が込み上げてくる。吐き出されるのは、胃液だけだった。
その独特の酸っぱい臭いを近くで嗅いでも、中川は顔を歪めない。反対にとても嬉しそうだ。
その異様な姿を間近で見て、村山と松井はゾッとした。そんな二人をよそに、中川は恍惚とした表情で告げる。
「血抜きをしてるんだよ。そうしないと、臭くて食べれないからね」
((食べる……? 本気で言ってるのか!?))
冗談だと思いたい。俺たちを脅すためにわざと言っているのだと……思いたかった。しかし、その恍惚とした表情が否だと告げている。
((人間を喰うのか……。それはもはや、人じゃないだろ))
「…………狂ってる……」
切れ切れな息の中で、村山が小さな声で吐き捨てる。
「そうだよ。僕は狂ってる。何、今更当たり前のことを言ってるの、村山君。……僕はね、君たち四人に復讐するために、人であることを捨てたんだよ。山岸さんや斉藤さんは女性だったから、直ぐに殺してあげたけど、君たちは直ぐには楽にしてあげない。これから、意識を保ったまま解体されていくんだよ。解体は特別に僕がしてあげる。友達だからね。でも、人形たちのようにプロじゃないから、とても痛いと思う。時間も掛かると思うんだ。時間はゆっくりあるから大丈夫なんだけど。痛いのはね……。だから、先に謝っておくね。……じゃあ、始めようか。まずは、足の指からいこうかな? それとも、手の方がいいかな? 耳もすてがたいよね。折角だから選ばせてあげるよ。村山君、松井君、どこにする?」
ワクワクした楽しそうな声で、恍惚と話す中川。胃液に顔を汚す村山と松井に選ばせようとする。
半ば意識を失いながら、村山と松井は呆然と聞いているしかなかった。
自分はそんなに酷いことをしたのか……。
ここまできても、悲しいことに村山と松井は気付かない。ただ……それでも気付いたことが一つある。
それは……。
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中川がそもそも、そういった要因を心に秘めた危ない奴だったのかは知らない。
知らないが、その化け物を生んだのは、間違いなく俺たち四人なのだ。俺たち四人がこの世界に化け物を放った。
「早く決めてよ!! どこにするの? 決めないのなら、僕が決めていい?」
肉切り包丁片手に、中川は返事をしない村山と松井を急かしてきた。
俺たちはどんな返事をしたらいいんだ……頼む、誰か教えてくれ…………。
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