『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!

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第二百四十三話

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「――何もないなら仕方ないわ」

 何もない。
 そう、この家には何もない。

 ママの話に出ていた、庭の机や椅子も、きっとこの広い家に置かれていたであろう調度品も、何もかもが売り払われてしまっている。
 家そのものだって確かに思い出の場所ではあるが、やはりそこに様々な私物があるからこその思い出。
 そのほとんどが売り払われてしまった今、この家は思い出のほとんどを失った空虚な箱だ。

 帰ろう。
 そう思っていた。

「あるぞ」
『えっ?』

 お菓子を貪っていたカナリアが手を止め、私たちへ話すまでは。



 ピアノのある部屋に通してくれ。

 カナリアの言葉に頷いた剣崎さんが私たちを導いたのは、一つの広い部屋であった。
 真正面には大きな窓がはめ込まれていて、そこから見える荒れ果てた庭が何とも物悲しい雰囲気を醸し出している。
 そして部屋の端、窓から離れた場所へぽつねんと置かれた大きなピアノは、カバーにも随分と埃が積もっており、相当の期間放置されているのが分かった。

「おお……」

 うーん、よく分かんないけどすごい。
 高そう。

 グランドピアノという奴なのだろう。
 幾ばくかの年月を放置され、埃に塗れようとも失わぬ重厚な輝きに皆息を呑む。

 無意識のうちにカバーを外し蓋を押し上げる。
 奥に仕舞い込まれていた白と黒の鍵盤は埃一つない綺麗なものだ。
 不思議と、どこかから湧き出すもの懐かしさに突き動かされて鍵盤を押し込んでみれば勝手に、指先がまるで覚えていたかのように動き回る。

「ふむ、貴様ピアノ弾けたのか」
「いや……なんかこれだけ覚えてる」

 カナリアが感心したように頷くも、生憎とそういうわけではないので首を振る。

 他に何か弾けるのかと言われば、即座に無理だと答えるだろう。
 いわばお箸を使ったり、自転車を漕いだりする様なものだ。
 体が勝手に覚えてそれをしているだけで、どうやっているのかなどの原理は分からない。

 そもそもこれ何の曲なんだ。

「金平糖の精の踊り、ですか」

 曲に思い当たるところがあったのだろう、剣崎さんが呟いた言葉にママが頷く。

「ええ。奏さんが使ってた携帯の着信音がこれだったの、それでフォリアちゃんも影響されてよく弾いていたわ」

 なんと。

 顔すら知らぬ、いや、顔だけは知ったばかりなパパとの話をまた一つ知ってしまった。
 金平糖の精の踊りか。
 中々美味しそうな名前じゃないか。

「でもなんか音変だね」

 ポロンポロンと叩かれた鍵盤から溢れるメロディだが、妙に引っかかる。
 微かな記憶にぴったりと合う音もあれば、どこか高い、あるいは微妙に低い音が流れて、脱力や肩透かし感を受けてしまう時もあった。

 要するになんか思ってたのと違う。
 合っているようで合っていない、歯がゆくも気持ち悪くもある感覚に戸惑う。

「六年間埃をかぶってたみたいだから、調律しないとだめねぇ。オーバーホールも必要かもしれないわ」
「そっか……楽器って整備も大変だね」

 何とも言えない気持ちになりながら蓋を閉じる。

 ふと弾いてしまったが、今の目的はこのピアノではない。

「それで、この部屋になにがあるの? 確かにピアノはあるけど……」
「うむ。そのピアノの下だ」

 ピアノの下を指差した彼女に従い、真っ先にしゃがんだ剣崎さんへ続いて、私たちも床に目を凝らす。
 しばらく皆で床をなぞったり、目を凝らしたりとしていた所、真っ先に調べ始めた剣崎さんが、少しトーンの上がった声で私たちへ振り向いた。

「ああ、本当だ。アリアさん、ここ確かにフローリングが少しずれてますよ」
「まあ本当だわ……なんでこんな場所に……?」

 親指の爪ほどしかない小さなくぼみ。
 そしてそこから始まっている細い線は、人一人が余裕で入れる程度の四角い枠となっていた。

「私がやる」

 かりかりと何度か指を往復させ、爪がようやく引っかかる。
 見た目と違って結構な抵抗感と重み、一般人ならこれを開ける前に爪が剥がれてしまうかもしれないほどのそれを、ぐいっと引き上げた。

 同時にむわっと広がる土の臭い。
 外気より冷たいんじゃないかと思うほどの冷気が溢れ出し、つい顔を背けてしまう。

「地下室だよ。奏は男のロマンだと言っていた」

 いきなり現れた黒々とした地下へと続く階段に、驚愕から目を白黒させる私たち。

「驚いたわ……まさかこんなのがあるとは……」

 そしてこの地下室についてはママすら知らなかったようで、六年越しの驚きに口を覆っていた。

 ん……? なんでここをカナリアが知ってるんだ……?
 パパとずっと一緒に居たはずのママですら知らないこの地下室の存在を、カナリアはどうやって知ったんだ……?

 『次元の狭間』から飛び出し、同時にパパが狭間へと取りこまれてしまったとするのなら、パパと話す時間なんてなかったはずだ。
 ママですら知らない地下室だぞ。そんなのを、ごくわずかの、それこそすれ違う程度の彼女に教えるわけがない。
 そんな秘密を教えるのは、よほど仲が良くなった相手だろう。

 一体、カナリアは何処でこの地下室の存在を知ったんだ……!?

 それにこれだけじゃない。
 カナリアは琉希に、『アリアとは長い付き合いの友人だった』と語っていたらしい。
 その時はそんなものかと流した、だがそんなのあり得ない。

 だって、カナリアは六年前に漸く次元の狭間から飛び出して来たのだ。
 本人がそう語っているのだからこれは間違いがない。それまで彼女はダンジョンシステムの構築、修正、そして次元の狭間から抜け出すための魔術を汲み上げていたらしい。

 やはり、六年前から以前にカナリアは、パパとママに知り合うことなんて出来るわけがない。

 矛盾している。
 カナリアは多分、凄い頭のいい人間……もといエルフだ。
 そんな、私ですら違和感を抱くような矛盾、つまり嘘を堂々と言うだろうか。

 笑ってしまうほど嘘を吐くのが下手くそなこのエルフが……

「ちょっとどけ。あとそこの窓開けてこい」
「あ、うん」

 脳裏を過ぎった疑問を打ち消す彼女の声。

 カナリアが手を軽く振ると、埃やチリが風に舞って地下室から溢れ出し、私が押し開けた窓から外へと流れていく。

 魔法。
 スキルとは似ているようで、随分と自由度が高い彼女の魔法は、その一つ一つの動作すらをも好きに操ることが出来る。
 凄く便利だ。

「ほら、さっさと行くぞ」

 黒々とした地下室へ飲み込まれていく三人を見ながら、私は……
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