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第九十八話

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「んん……まあ、助かったんだから良いんじゃない?」

 引っかからないところがないとは言えないけれど、一切を許せないと怒り狂うほどでもない。
 慣れてるし。

「それがどうしたの?」
「いや、いいなら良いんだ。今回の仕事が終わったら飯奢ってやるよ、何が食いたい?」

 私の疑問を覆うように伝えられた言葉。
 別に深掘りするほど気になることでもなく、少し悪くなった空気に気付いていたので敢えて乗る。

 そうだな、食べてみたいけど一人では入りにくかったものと言えば……

「……ん、焼肉食べてみたい」
「おお、焼肉な。行きつけのがあるから行こうじゃねえか。そうと決まればさっさと終わらせよう、人仕事終わらせた後の食事程旨いものもない」

 普段の仏頂面がかすかに緩む、よっぽどなのだろう。
 そこそこ地位が高いであろう筋肉がおすすめするのだ、間違いない来るべき未来に私も心が躍ってきた。

 俄然地を踏む足に力が籠る。
 よし、頑張ろう。



 無数の人だかり、昼下がりの田舎町だというのに喧騒がとどまることを知らない。
 ぴょいと跳びあがれば遠くに見える警官の顔、コーンと貼られた立ち入り禁止のテープはまるで一大事件でも起こったかのよう。
 いや、ダンジョンの崩壊が起こるかもしれないという状況なのだから一大事件というのも間違いではないのだろう、

「立ち入らないで―! そこ、入らない!」

 大変そうだなぁ。

 探索者の扱いはあまりよろしいものではないが、好奇心は抑えられないようで、どうにか中に入って間近で観察したいと思う民衆が押し寄せては、それを警官たちが必死に抑えている形。
 崩壊を事前に察知できただけはあり、状況はあまり逼迫していなさそうだが、それでも危険は危険、警官たちの顔も随分と苛立っている様子。

「行くぞお嬢ちゃん」

 筋肉に呼ばれ後ろへ付いていく。

 一般人と比べて一回り大きな身長と、その引くくらいムキムキな肉体で押しのけられてしまえば、たとえ好奇心の高まった人であろうと道を開けざるを得ない。
 むしろ関心は一気に彼の方へ向かう。
 慣れているのだろう、気にした素振りもなくずかずか警官の下へ向かえば、彼らの顔へ一抹の緊張が走った。

 いくつか言葉を交わした後テープが持ち上げられ、彼らに催促されるがまま奥へ進む。
 むき出しの地面、どうやら突貫で整備されたようで所々に狩り残しが蔓延っていて、端に積まれた雑草から青臭さがツンと鼻を突く。

「植物系のモンスターとは戦った事あるか?」
「ない」
「そうか、じゃあ毒に気を付けろ。体調が少しでもおかしいと思ったら直ぐに言え」

 毒、毒か。
 おなかが空いて雑草をかじった時は暫く腹を下していたけれど、きっとそれとは比にならないのだろうな。

「毒と言っても種類は多岐にわたる、体に悪いものを大雑把に毒と纏めてるだけだからな。だが植物の毒は遅効性……利きが遅いものが多い。漫然として気が付いたときには手遅れになりやすいわけだ」
「ふむ……」
「だから小さな症状も見逃すな。特にお嬢ちゃんは体が小さい、毒の許容量も必然少なくなる上体に回るのも速いからな」
「おす!」
「押忍はやめろ、付いたぞ」

 いまいちよく分からなかったけど要するに体調が悪くなったら伝えろってことだろう、多分。

 たどり着いたダンジョンの入り口はツタで編まれた門、周囲には私の腰ほどまで伸びた木が何本買生えていて、地面もさほど踏み固められている様子がない。
 見たところこれは普段探索者があまり、いや、それどころか全く踏み入っていない。

 なるほど、ちょっと納得がいった。

 町の人々の様子、探索者を全く見慣れていなかったのはそういうことなのだろう。
 そもそもこの町には探索者が全くいない。元々はいたけれどいなくなった、最初からいなくなったのどちらかは分からないが。
 私の町では探索者がそこそこ定着している、筋肉の存在が大きいのかもしれない、おかげでそこまで偏見が強くない。

 これがここの空気ということだ、吸ってもあんまりおいしくないけど。

「準備はいいか?」

 気が付けば彼が扉に手をかけ、じっとこちらへ視線を注いでいた。
 慌てて『アイテムボックス』へ手を突っ込み、相棒カリバーをずるりと引っこ抜く。
 手に馴染む慣れた重さ、磨き抜かれた……磨いてもあんまり変わらないけど……つややかな表面が細長く私の顔を映す。

 相変わらず仏頂面だな、私。

「あい」
「よし、じゃあ行くぞ」

 軋んだ音を立てゆっくりと開かれる門。
 はたしてその奥にあったのは……
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