上 下
8 / 56
2021

李仁の秘密

しおりを挟む
 その頃李仁は大雨の中、書店回りをしていて雨が弱くなった頃に本部に戻った。

「課長、お疲れ様です。タオルどうぞ」
「ありがとう……雨降るならグレースーツ着るんじゃなかった」
 李仁のところに部下の恵山早苗がタオルを持ってきてそのタオルで濡れたスーツを拭く。
 グレーのスーツは所々濡れてシミになっている。

「課長、岐阜店の様子は……」
 李仁は東海地区を中心に展開しているエメラルド書店の本社で働いている。
 最初はアルバイトであったが本の配置やレイアウトや発注などとても優秀であったため、当時バーテンダーとしても働いていたが本部に異動になまたことでバーテンダーはやめて今では課長職についているが書店にいた経験と人脈と人懐っこさで書店周りもいまだにしている。
「そうだね……もうあの建物自体古いから解体の方向に向かっているらしい。あの跡地に再び商業施設建つかは未定」
「だとしたら岐阜店のテナントを探さなくてはいけません」

 エメラルド書店の岐阜店は李仁がアルバイトをしていたところである。
 駅前のモール内に入っていたが建物の老朽化で解体の噂が流れ、それを調査しに行ったところ噂は本当であったようだ。
「同じ市内でもモールと同じ規模のところは無いし、隣市だともう他の書店がそれぞれ入っている……独立店舗も建てるにはリスクがかかる」
「ですよね……ただでさえネットで本が簡単に買える時代だから」
「それなのよねぇ……」
 仕事中はおねえ言葉を封印している李仁だがつい口から漏らしてしまうほど考え込む。

 李仁は自分が働いていた店だからこそ愛着があるが完全撤退も考えなくてはいけないのである。
「早い時期から岐阜店の店員には異動や転職を促しておいたけど引っ越しのできない主婦や駅近ということで働いてた学生バイトさんはエメラルド書店の後が、なかなか見つからないと言ってた……」
 頭を抱えて悩む彼のもとに新人社員の麻衣がコーヒーを持ってきた。

「課長、おつかれさまです」
「ありがとう、麻衣ちゃん……温かいコーヒー嬉しいわ」
「いえ……」
 麻衣は頭を下げて給湯室に戻る。その彼女を追って恵山も入る。

「麻衣さん、私知ってるんだから」
 恵山が給湯室の扉を閉めて唐突に麻衣に話しかける。お局的な恵山の威圧に新人社員である麻衣はたじろぐ。
「あなたが課長……李仁さんに恋心抱いてるの」
「そ、そんなっ!!」
「図星だー」
 麻衣は顔を真っ赤にする。恵山はさらに問い詰める。

「見ててもわかるわよ……視線は李仁さん。態度も丸わかり……まー本人は気付いているのか無いのか」
「……そんなことはないです」
「言っとくけど、李仁さんとは私長年店舗でバイト一緒にしててね、彼が入ってきた時から知ってるの。ゲイで既婚者だから……」
「えっ」
 麻衣は知らなかったようだ。李仁は指輪をしておらず、特に今は飲み会がないため、プライベートに関しては話していない。

「ゲイ……はともかく、既婚者……」
「そうよ。相手は男。同性婚ー。まぁ昔から彼はそういう子だって知ってたから……」
「……」
「失恋ね、残念……まぁ他の女子社員も狙ってるようだしー、既婚者と知ってても」
 恵山は笑う。

「じゃあチーフは……」
 と言う麻衣に
「ば、バカ言うんじゃないよ。昔から知ってる仲だけどそんなんじゃないわよ」
 と恵山は少し焦ったように言う。彼女は李仁より少し年上で、バツイチの子持ち。結婚出産もあったため数年のブランクがあり、いつのまにか後輩だった李仁にキャリアを追い越されてしまった。

「まぁともかく、新人中はうつつぬかさずにね。李仁さんはいいけども変な男に捕まらないように」
「は、はぁ……」
 恵山が給湯室から出て行った。麻衣は一人になり、とあることを思い返した。

 先日一人で行った近くのバー。初めての給料でぜひとも言ってみたいと思って行った彼女。

 その時、奥のカウンターに李仁がいたのだ。麻衣がいたことも気づいてないようだ。
『声、掛けようかな……でもプライベートだし』
 と思ったら、李仁の様子がおかしかったのだ。

 一人泣いている、お酒を飲みながら。

 麻衣はハッとして見ないフリをした。だが目が合ってしまったのだ。いつも職場で見る顔ではない。李仁は目を逸らした。

 麻衣も目を逸らした。

 その日の次の日、職場で声をかけた麻衣だが李仁に
「昨晩のことは内緒で」
 と微笑まれたのちに仕事を頼まれてしっかり話すことはできなかったと思い出したのだ。

「李仁さん、なんで泣いてたんだろう……」

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...