義兄のものをなんでも欲しがる義弟に転生したので清く正しく媚びていくことにしようと思う

縫(ぬい)

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二章

尾行も板についてきた

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 さて、一件落着したかのように見えた今回の件。

(いーや、俺にはまだやることがある!)

 俺はあれから数日間しばらく大人しくしてから、父と母が家にいないタイミングを見計らってそーっと外へ抜け出した。
 目的は単純。マリアベルとの接触だ。

 彼女が言っていたゲームが気になるのは勿論、もしかしたら世界でたった二人かもしれない転生者同士である程度認識の擦り合わせをしたかった。
 さすがに俺だって簡単に話が進むとは思ってないけど。何と言ったって恋のライバルである。でも、話さないわけにもいかない。

(今日中等部は午前授業だけだったけど、高等部はちゃんと午後まであったはず。となるとこの時間くらいに……、あ!)

 いた!
 特徴的な柔らかい桜色の髪の少女をしっかり見つけた。
 数日前に見た時よりちょっと全体的に小さくなってる気がする。なんというか、オーラ的な意味で。

 えーと、どうやって話しかけよう。抜け出すのに必死で正直ここを考えていなかった。
 路地裏に誘い出す……のは論外だし、どこなら落ち着いて話せるかな。

 うんうん唸っている間にどんどん彼女の背が遠くなっていってしまうのでもう自然な出会いの演出を考えてる余裕もなく、とにかく直球で呼び止めることに決めた。

「失礼、そこのご令嬢!」

「はい? ……ん? あれ?」

 きょろきょろと辺りを見渡すマリアベル。
 あ、気配消してる時って声かけても場所バレないのか?
 俺もきょろきょろと辺りを見てから徐々に闇魔法を和らげて、こほんと咳払いをする。

「ここです。どうかされました?」

「え? いつのまに……いえ。なんでもありません。ええと、ん? あれ、……や、でも小さい……」

 今悪口言われたか?
 十三何だからこんなもんだろう! 俺だって将来的にはぐんと背が伸びるはずだ!
 ちょっとむっとしてしまうけど、すぐ表情を引っ込めてにこーっと無邪気な笑みを浮かべてみせた。

「この後お時間はありますか? 貴女と少しお話をさせていただきたいのですが」

「時間は、ありますが……。貴方と私、以前どこかでお会いしましたか?」

「ええ、僕の一方的な認知ですが。しかし貴女も僕のことは分かるはずですよ。僕の名前は、シャノン・ガルシアです。……義兄の物をなんでも欲しがる、といえば伝わりますか?」

 そう言って軽く礼をとる。

 ……決まった!! 今の俺、ちょっとかっこよくないか!? 強キャラ感ない!?

 脳内が大盛り上がりの俺に対し、マリアベルはみるみるうちに目を大きく見開き驚きを顔全体に浮かべながら、ひとつゆっくりと瞬きをした。



 彼女は探る目で俺を見ながらも「では私の家の応接間に案内します。貴方の家にもそう連絡してください」と大人が子どもを嗜めるような口調で告げる。
 イキり闇魔法で外に出た俺のメンタルが羞恥心でバキバキになりそうだったが大人しく従い、急用がありマリアベルに会いに行っていることをテディ経由でリアムに伝えてもらうことにした。

「どうぞ。高い物でなく申し訳ありませんが」

「アッイエ、お構いなく……」

 目の前に温かそうな紅茶がそっと置かれた。
 あまりの飄々とした雰囲気に、先ほどまでの俺の強キャラ具合はあっさりナーフされてしまう。なんか帰りたくなってきたな。
 でも俺だってやる時はやる男だ。バレないように小さく震える息を吐いてから、ちらりとマリアベルを見る。

「……単刀直入に聞きます。僕はここが漫画の世界だということを知っている。それは貴女もですよね」

「漫画? ああ、まあ、漫画と言われれば漫画ね。……はあ、私が嘘をつくのもフェアじゃないから言うけど、そうよ。私も貴方も転生したってことね」

 同郷者に取り繕うことはしないと判断したのかため息に近い声を漏らしあっさりと肯定した。これは話が早く進みそうだ。

「貴女の話を周囲から聞いて、転生者だと判断してこうしてお話しに来ました。改めて自己紹介をします。僕はシャノン、ガルシア伯爵家に引き取られた元孤児。歳は十三……」

「え!? 待って、十三!?!」

「え? あ、はい。十三です。貴女のプロフィールもお聞きしたいんですが」

「いやいやいや、設定と早速違うじゃないの。どうしてそんなしれっとしてるのよ。シャノンは十六のはずだわ!」

 がたんと席を立って困惑した声を上げるマリアベルに俺が困惑する。まずい、そういう細かい設定なんてほんとに覚えていないんだ。俺、十六だったらしい。

「どうりで全然雰囲気が違うと思った! シャノンはすらっとしたお耽美細身美少年だったもの。間違ってもショタなんかじゃなかったわ……。ていうか十三なんて精通してるかも怪しいわよ、こんな子に寝取りなんてできるわけない!」

「せっ、ねっ、ねね寝、せ、そんな単語を女の子がそう易々と口に……」

 まだ若い、しかも可愛い女の子がお耽美だの寝取りだの精通だの言っている様子に耐えきれず俺が真っ赤になってしまう。完全に貰い事故である。やめてくれ。

「はあ……私のプロフィールね。マリアベル、歳は十七、庶子。ゲーム通り光魔法が使えるって思ってたのに実の所水魔法だった上に殿下に脅された可哀想な令嬢! これでいいかしら」

 いいとか悪いとか分からないけど、やけくそ気味のマリアベルに威圧され反射的にこくこくと頷いた。また俺の強キャラロールが消えていく。

「僕ら認識の擦り合わせをした方がいいと思って……。僕はリア……義兄に嫌がらせなんてしたこと、一度もありません」

「……ああ、そう。そういうことだったの。じゃあ全部全部私の勘違いで独りよがり、可哀想なリアム様なんていなかったってことね。貴方が……、いえ、何でもない。貴方は悪くないわよ」

 手で顔を覆って俯いてしまった彼女にかける言葉が見当たらない。だって俺の目にはどうしてもこの人がただの少女にしか見えない。俺のことを知らなかったから思い込みが固定されて、多分そこからリアムを助け出そうとしたかっただけの、向こう見ずなところがあっただけの……。

「あの、あとはその、原作についても。僕はここが漫画の世界ということしか知りません。……貴女の言うゲームとは何のことですか?」

「……どうしてそんなこと知ってるの? あ、いいわ。多分聞いても仕方ないだろうし。貴方、元の年齢すら知らないなら漫画のことも別に詳しくないんでしょう。この際全部教えるわ」

 はい、すみません……。

 しんとした空気を変えようと俺が問いかけた言葉に返ってきた台詞はまったくもってその通りだったため、背が縮こまる。

 マリアベルは元は乙女ゲームが発祥なこと、そのゲームのヒロインが自分なこと、俺が知ってる漫画はそこから派生されてできた物だったこと、前世体リアム推しだったこと、原作シャノンの非道な行い等々……色々と教えてくれた。
 ぼんやりとシャノンがリアムを迫害してたことしか知らなかった俺は、シャノンがリアムの命に関わるようなことを原作ではしていたと聞いて背筋が凍った。俺が転生しなければ彼は随分苦しむ羽目になっていたんだ。その筋書きを捻じ曲げようとしたマリアベルの気持ちが痛いほど分かる。

「そう、だったんですね。……マリアベル嬢が義兄を助けようとしていたこと、間違っていない気持ちだと思います。僕が貴女の立場でも、きっと似たような行動を取る」

「…………はあ~~~!!! 年下に慰められるなんて!! しかも中学一年くらいの子に! 確かに助けようとしたけど、それに加えて不相応にもリアム様に恋したから事が大きくなっちゃったのよ。結局は私のせいだわ」

 俺もバリバリがっつりリアムに恋してる身として、マリアベルの言葉に気まずさが天井まで突き上がる。リアムの婚約者のことを伝えるべきかどうか判断がつかない。

「ああー、もういいっ。シャノンは結局優しい子で、私が馬鹿だったってことよ。実際こうしてわざわざ私に会いに……、はい? なあに」

 突如、応接間のドアがノックされた。
 マリアベルは俺に一言断ってから扉に向かう。

「シャノン、時間切れよ。リアム様が迎えに来たらしいわ」

「えっ」

 リアムが直々に!? ここに!?
 いや、当たり前か。マリアベルと会いたいって言った時あんなに猛反対してたもんな……。
 自分でやったことだけど、今度こそリアムにしっかりめに怒られるかもしれないと思いちょっとしょげた。

「……ねえ、行く前にひとつ教えて。リアム様の婚約者って誰? 原作通りの……貴方は覚えてないんでしたっけ。じゃあ、リアム様のことちゃんと好きな人?」

 扉の先に足を踏み出そうとした瞬間マリアベルに呼び止められる。
 さっき散々言うべきか迷ったこと。この人を傷つけてしまうかもしれないと思って告げなかったけど、俺自身言うのが怖かったのも事実だ。でもここで言わないなんて、それこそフェアじゃない。
 視線を彷徨わせ小さく息を吸ってから、マリアベルの目を見つめる。

「リアムの婚約者は……僕だ。彼のこと、愛してしまったのは僕も同じです」

 彼女の思いを経た上で言うセリフとして、声は震えなかっただろうか。
 マリアベルはしばし口を閉ざして、それから目一杯に涙を溜めか細い声で呟く。

「そう……。先に謝る、ごめんなさい。今から言うのはただの八つ当たり」

 そう言って、キッと俺を睨みつけた。

「ズルいわ。だって私は前世からリアム様のことが好きだったのに。ずーっとずーっと大事な推しだったのに。……私が貴方より先にリアム様に出会えてたら、私にもチャンスがあった?」

 その言葉に、背後から頭を殴られたような錯覚を覚える。

 この人が俺より先にリアムと出会っていたら?

 リアムの横に、花が綻ぶように笑うマリアベルが立っている光景が脳裏に浮かぶ。
 分かってる、俺より先にマリアベルがリアムに会うことなんてほぼ無い。今さら過去は変えられない。彼女の言う通りこれは彼女の気持ちのための、八つ当たりだ。

 でもマリアベルの言葉はどこか的を得ているような気がして、脳が揺らいだ。
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