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思いがけない告白

想定外な接触

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 そんな賑やかな朝はあっという間に過ぎ、この後は午後1の体育。

 体育の授業は1組と2組が合同でやることになっていて、いつもより倍人が多い。

 ……だから紗代ちゃんに向けられる視線も、自然と増えるわけで。

「やっぱ紗代ちゃんと湖宮って合わねぇよな……マジでミスマッチっていうか。」

「だよな。湖宮地味だし、その気持ち分かるわ。」

「正直言って釣り合ってないよな、あれ。」

 そして、私に対する嫌味も聞こえてしまう。

 うっ……肩身が狭い……。

 紗代ちゃんと私が釣り合ってないのなんて、自分が一番分かっている。

 そもそも紗代ちゃんは、私よりももっとキラキラした可愛い子たちと一緒にいるほうがお似合いだと思う。

 でも前にぞのことを伝えてみたら、すっごく怒られてしまった。

『何言ってんの結衣! あたしは結衣といるのが一番楽しいから一緒にいるの! 癒されるっていうか落ち着くっていうか……だからだよ!!』

『け、けど私なんかよりも、もっと可愛い子たちといるべきなんじゃないかなって、思うんだけど……』

『いやいや、イケメンとかに見境なくキャーキャー言う人たちと一緒にしてもらったら困るんだけど。どっちかっていうとあたしは落ち着いた雰囲気のほうが好きだし……だから結衣はなーんにも気にしなくていいの!』

 はっきりと言ってくれた紗代ちゃんは、すっごくかっこよくてやっぱり優しい。

 今だって、私の為を思って怒ってくれている。

「あんたら、あとで覚えときなさいよっ! 結衣のことバカにしたツケはきーっちり取るから! それが嫌なら、早くどっか行ってくれないっ?」

「っ、行こうぜ。」

「お、おぉ……。」

「紗代ちゃんこえぇ……。」

 紗代ちゃんの気迫に押されてか、こちらをチラチラ見ていた男の子たちがささっと逃げていく。

 お、怒ってくれるのは嬉しい……けど、なんだか申し訳ないな。紗代ちゃんにも、あの男の子たちにも。

「さ、紗代ちゃん――」

「ん? 結衣安心して、あの男子たちはあとでちゃーんとぼこぼこにしてくるからっ!」

「いや……そこまでは、大丈夫……だよ? ありがとう、怒ってくれて。」

 ちょっぴり怖いけど、でもやっぱり優しい紗代ちゃんに頬が緩む。

 本当に、紗代ちゃんがいてくれてよかったっ。

 もし紗代ちゃんがいなかったら、今頃私はひとりぼっち。言われる陰口にも、一人で耐えなきゃいけなかった。

 感謝してもしきれないよ。

「ありがとう、紗代ちゃんっ。」

 体育の授業が始まる前、私はもう一度笑顔でお礼を伝えた。



 ふぅ、疲れたぁ……。

 んーっと体を伸ばしながら、私は紗代ちゃんと更衣室へと向かっていた。

「今日めっちゃハードだったんだけど……次国語でしょ、絶対寝る。」

「あはは、確かにいつもよりたくさん走ったもんね……。」

「寝たら起こして~。」

「ね、寝ないようには頑張ってね?」

 ふわぁとあくびを零した紗代ちゃんに苦笑いしながら、なんとなく深呼吸する。

 その時、てんてんっとボールが近くまで転がってきた。

 あれ、片付け忘れかな……?

 首を傾げながらもそのボールを拾い上げて、紗代ちゃんに声をかける。

「このボール片付けてくるから、紗代ちゃん先に帰ってていいよっ。」

「え、あたし待ってるよ?」

「ううん、大丈夫! 授業に遅れちゃダメだし、すぐ追いかけるからっ!」

「……分かった。でもできるだけ早く戻ってね?」

「うん!」

 心配そうな影を浮かべている紗代ちゃんに大きく頷いてから、急いで用具倉庫に向かう。

 紗代ちゃんを不安にさせたくないし、私も授業には遅れたくない。

 うぅっ、もう秋なのにまだ暑いなぁ……。

 倉庫近くは木陰が多いと言えど、全然日除けにはならない。

 そう感じながら倉庫内に足を踏み入れると、そこには見覚えのある人影があった。

 ひょ、氷堂君……?

 まさか彼がいるとは思わなくて、無意識に歩みが止まる。

 氷堂君はいくつかのカラーコーンを一人で片付けていて、時折大きなため息を吐いていた。

 体育委員じゃないのに、すごいなぁ……。

 完璧な人格な上にボランティア精神まであるなんて、やっぱり尊敬する。

「あれ、湖宮さん? どうしたの?」

 ほうっと呆気にとられていると、こちらに気付いた氷堂君に名前を呼ばれてしまい、肩を揺らして驚いてしまう。

 けどすぐに目的を思い出して、手に持っていたボールに視線を落とした。

「……え、えっと、このボール片付けに来たの。片付け忘れたらしくて……。」

「そっか、ありがとう。」

 ……びっくりだ、氷堂君が私の名前を知っていただなんて。

 氷堂君とは違って、私は目立たない地味な生徒。氷堂君と面識なんてないに等しいから、ますます驚いてしまった。

 でもそんなことを思っているなんて知られるにはいかず、愛想笑いを作ってボールを戻す。

「それじゃ鍵、閉めるよ。」

「う、うん。」

 背後からの氷堂君の声に気付いて、くるっと振り返った……瞬間だった。

「っ、わっ……!?」

「湖宮さん!!」

 暑さからかぼんやりとしてしまっていたらしく、小さな段差につまづいて体が前のめりに倒れる。

 スローモーションのように感じて、反射的に目をつむってしまった。

 このままじゃこけちゃう……っ。

「……? あ、れ……?」

 けど、いつまで経ったって想像していた痛みはやってこない。

 代わりにふんわりとシトラスのいい香りがして、大きな手が私の腰に回ってて……。

 ……って、ちょっと待って!! この状態って……!?

 恐る恐る目を開けた私に飛び込んできた光景は、さすがに心臓が大きく揺れ動いた。

「あっ、わっ……ひょ、氷堂君っ……!?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、一人で情けなく慌てる。

 だって、それもそのはず。私は今……あの“学園の王子様”である、氷堂君に抱き留められているから。

 包み込むようにしっかりと抱きしめられていて、そう簡単に身動きができない。

 どうしてこんなことにっ……って、私のこと助けてくれたから、だよね?

 けどまさか、ここまで密着するなんて思ってない。

 綺麗な顔がすごく近くて、ドキドキしてしまう。

 それがなんだかいたたまれなくて、私は急いで氷堂君に訴えた。

「あ、あの、氷堂君……そ、そろそろ離してもらえると、助かります……。」

「……ご、ごめんね湖宮さんっ。と、とっさに抱き留めちゃって。」

 私以上に慌てて距離を取った氷堂君は、いつもの落ち着いた氷堂君とは違って見えた。

 まだ、ドキドキしてる……。

 自分が思っていた以上に心臓は高鳴っていて、言葉が拙くなってしまう。

「えっと、あ、ありがとう……氷堂君のおかげで助か――……って、足怪我してる!」

「足? ……あぁ本当だ、全然気が付かなかった。」

 だけど、そのドキドキは思いの外すぐに吹っ飛んで行ってしまい。

 頭を下げた拍子に見えた、血が滲んだ氷堂君の足。

 それに、どうやら本人は隠してるみたいだけど……ほんのちょっとだけ、表情が『痛い』って言ってるみたい。

 怪我の具合的に、さっきの体育の時間でできたもののよう。

 深くはないけど酷くなったらそれこそ大変だし、今すぐ処置しなきゃ!

「氷堂君、足洗って消毒しようっ? そのままじゃその怪我、治らなくなっちゃう……!!」

「大丈夫だよ、そんなに慌てないで。これくらいどうってことないから。」

 あはは、と乾いた笑みを見せた氷堂君。

 ……でもそれが嘘だって気付くには、時間はいらなかった。

「わ、私が大丈夫じゃないのっ!」

 気付けば、強引に氷堂君の腕を引っ張っていた。

 そして近くの水場で血を流してもらって、様子を確認してから近くに置いていた小さなポーチを手に取った。

 いつも体育の時間に持っていくようにしているこのポーチには、応急処置用のものが入っている。

 その中から綺麗なハンドタオルを取り出し乾かしてから、絆創膏を貼った。

「よし、これでとりあえずは大丈……――って、か、勝手なことしてごめんなさい! 余計なお世話、だったよね……?」

 一通り処置を済ませた後だった、自分がしてしまった失態に気付いたのは。

 私はなんてことを……! 今の、絶対お節介だったよねっ!?

 紗代ちゃんから『優しくするのはいいけど、誰彼構わず優しくするのも考えものね……。』と言われてたのに。

 お、怒られちゃうかな……。

 何を言われるかが怖くて、ふいっと目を逸らしてしまう。

 だけど……返ってきたのは、予想していなかった柔らかい言葉だった。

「謝らないでよ。俺のためを思ってしてくれたんでしょ、すごく嬉しいよ。」

「へっ? お、怒ってない、の……?」

「怒る? ……そんなわけないよ。湖宮さんの優しさだって分かってるから、そもそも怒る理由がないし。むしろ、もっとお礼言わせてほしいくらい。」

「こ、こんなことでお礼なんて……私が勝手にやったことだし。」

 思わず手を出さずにはいられなかっただけ。私の完全な独断だ。

 ……それでも、こうやって感謝されるのは純粋に嬉しい。

「えへへ、こっちこそありがとうっ。」

 頬が緩みきったまま私もお礼の言葉を返した途端、授業終わりのチャイムが遠くから聞こえた。

 そ、そろそろ着替えなきゃ次の授業に遅れちゃうっ……!

 紗代ちゃんにも心配かけちゃいそうで、氷堂君にくるっと背を向けた。

 それに、このくらいでお暇しないと氷堂君ファンに怒られそうだし。

「私、先戻るね! 氷堂君も、遅れないように気を付けてね!!」

 いろんな理由が重なってなんとなく名残惜しいよな気持ちを抱きながらも、それだけ言い放って校舎へと走った。
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