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夏の夕暮れ

繋がっているということ(修正)

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「ああ、そう言えば。もし気になるならでいいのだけれどね。もう一つ。郁人が相続する所があるんだよ。相続の時でいいと思っていたけど伝えておくよ」
「………はぁ!?」
「郁人の母親が相続したのは二つの場所でね。それぞれ家が建っていたからそれも含むのかな。ただもう1軒は郁人が嫌がって入らないという経緯もあって、今は人に貸している。気になるなら行ってくるといい」

 隆文のこのマイペースさと謎だらけの母親の存在に、郁人はもはや何を言えばいいかもわからなかった。さらに一哉は不可思議を信じない郁人が嫌がった家……と考え込む。

「実はお前こそ、人間じゃないんじゃないか?」

 そして一哉の疑問は郁人に向かい、

「オレもようわからんようになってきた」

 郁人もどこか困ったようななんとも言い難い笑みを浮かべる。
 否定するだろうと思っていた一哉は少し驚いたように目を開いた。が、どこか愁傷に頷く郁人がふわりとその肩に額を寄せたことにさらに驚く。

「郁人……?」
「なんやちょっとだけ」

 呼び掛ける一哉の声に郁人は小さく答えた。

 人間ではなく魔法使いだと言った一哉。その起源を司るというひつぎの前で突然姿を消した。
 目の前が真っ暗になり、途方に暮れてしまった。ただこのままでは嫌だと、失くしたくないと、絶対取り戻すと決めた。一哉がそう在りたいと願っていても隣にいて欲しかった。
 そして……一哉は戻って来た。それだけでも嬉しかったのにそばにいてくれるという。同じ想いを返してくれるという。
 そこに死んだと思っていた母親の存在。さらには相続問題。

 この2日間の目まぐるしい出来事に郁人はついていくのが精一杯だった。思考放棄は正当防衛だとさえ思う。

 暖かい体温が郁人の額に心音を伝える。心地良い音だった。
 その音を聴きながらゆっくりと呼吸を整える。そして、大丈夫だと自分に言い聞かせた。
 一哉の隣なら自分は自分でいられる。そんな自信が郁人の中に生まれてくる。
 感慨深く改めて自覚すると奇妙な熱が体内で目覚め……。
 
「なぐさめたって?………あ、昨夜の続きでええ」

 ボソリとつぶやいた。
 甘えたいようなわりと本気でそう在りたいと願うような熱だった。

「………昨夜…」

 それを受ける一哉だったが、

「————続きなんてあるか」

 そう一蹴した。

「冷たいなぁ。結構、衝撃的な現実を突きつけられてんぞ」
「そうだけど、…へこんでるわけじゃないだろ?」
「わかるんか?」
「まあ少しは」
「愛やな」
「—————否定はしない。けど、それがなくてもお前はわかりやすい。ただ…」

 揶揄うように告げる郁人に一哉が珍しく肯定した。そのまま柔らかく促され、郁人は思わずしてやられたとでも言う表情で額は肩に乗せたまま、やや拗ねた視線を向ける。

「……さっきはわからん言うたくせに」
「揚げ足をとるな」

「えっと、郁人?」

 2人の様子に隆文が問いかける。

「親父が色々出し惜しみしとるから!もうあかん。まずは食事や。そんで洗いざらい吐いてもらおやないか」

 身を起こして、くわっ!と食い付かんばかりに郁人は叫んだ。

「出し惜しみじゃないんだけどね。ちょっとうっかりしていただけで…ね。けれど食事は賛成だよ」
「そないなとこや!」

 隆文の少しずれたところは知っていたが、さすがに不憫だと思う一哉だった。もちろん、自分も隠し事をしていた手前、責はあると認識している。だからこそ。

「先に上がります」

 一哉は、隆文に向かってにっこりと微笑んだ。

「え?」と声を上げたのは郁人だ。

「お前、夕飯作るんだろ?」
「おう、やけど………これ」

 問いかける郁人の目に映るのは、左手の平を差し出している一哉の姿だった。

 甦ったのは、お嬢さんお手をどうぞ状態を見せたあの公園での記憶だ。その手を掴んだ時、郁人の体は宙に浮いた。そうなのか?と問いかけるように見つめていると一哉が視線で促す。少し躊躇する郁人だったが今度は素直に手を乗せた。と一哉がその手に軽く口を寄せ、

「うわ、な、なんやねん……わ、わ」

 一瞬慌てた郁人が赤面するのも束の間、体がふわりと浮き、公園での上昇よりも早いスピードでグンと宙を行く。飛ぶ、と言った方が感覚は近かった。

「う、おぉぉぉぉ!」
「相変わらず、うるさい」
「やて、めっちゃおもろい。なんや前に行った遊園地を思い出すなぁ」

 2人だけで出掛けた遊園地。朝一番から日が暮れるまで遊んだ懐かしい記憶だった。けれど、それも言い終わるか終わらないうちに狭い縦穴を抜けてふわりと実験室に着地する。薄闇から煌々と灯る室内に出て、郁人は小さく息を吐いた。

「やけど、まあ頭ええ、顔もええ。性格もなんや可愛ええし。そんで魔法使いて、ほんまどーないするんや」

 一哉の指先を握ったまま郁人が上機嫌で告げる。そんな郁人に軽く首を傾げながら一哉は、
「何が嫌だった?」と問いかけた。

 途端、ん?と聞き返すのは郁人で、

「いや?」

 一哉の言葉を反芻する。

「気に入らないからそんなこと言うんだろ?」
「なんでや、好きなやつを褒めるんが変か?」

 郁人がそんなことを言うのは変ではないが、

「強いて言うなら言葉が上っ面?」

 一哉の言葉に笑顔を見せていた郁人は黙り込んだ。
 嫌なのは一哉が消えたことくらいだ。けれどそれはもう片がついた。
 そのはずだ。ただ…と郁人はゆっくりと思い返す。

 幼い頃から父親と2人であちらこちらを回っていた。定住しようと言われてここに来た。寂しいことはひとつもなかった。母親がいなくて困ったことも特になかった。誰もそれに触れなかったので、多分死んでいるのだと勝手に思っていた。
 
「………母親がおるっちゅうんに、なんや実感がわかん」
「それは、まあ…そうだろうな」

 今まで居なくて当たり前だったのだからそう思っても仕方のないことだ。一哉の頷きに郁人はやや自虐的な笑みを浮かべた。そして言葉を絞り出す。

「嫌なんやなくて、どないすりゃいいんかわからん。会いたいゆう気持ちがないことに驚いてん」

 言葉にも力がなく、そんな郁人はあまり見られないものだった。

「そうか。気乗りしないなら無理に会いに行く必要はないな」
「やかて……一哉はなんや聞きたいことがあるんやろ」
「郁人が母親と会いたいならまだしも別に必要ないならお前の気持ちを大切にしたい」

 真っ直ぐに見つめて告げる一哉がふわりと年相応の笑みを浮かべる。
 郁人の大好きな声の響きだった。そして促すようなその笑み。誘う黒髪……。
 郁人は自然と、一哉の、その大好きな黒髪に口を寄せていた。柔らかな質感だった。そして慣れ親しんだ一哉の匂いごとギュッと抱きしめる。
 嬉しいのは背中に一哉の腕が回っていることだった。抱きしめている郁人を一哉がきちんと抱きしめ返してくれている。

「やっばい、めちゃ好きや」
「……知ってる」
「キスしてええか?」
「聞かれたら、駄目だと答える」
「なんでや!」
「ははっ」

 少しだけ、不機嫌になる郁人だったが、それでも抱きしめる自分の腕の中に一哉がいてくれている事を嬉しく思い、さらに腕に力を込めるのだった。

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