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夏の夕暮れ
それは謎でもなんでもなくて(修正)
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「あ」
気まずく言い淀む一哉はゆっくりと郁人を地面におろした。
「どうだい?」
「はい……これがひつぎだと言う事以外は」
そして笑顔で促す隆文にやや自嘲気味に一哉は笑みを返した。そのまま、そういえば、と口を開く。
「この場所の持ち主ですが」
そもそも記憶によると、彼ー初代ーがこの土地に降りたのは気まぐれだった。
魔法使いは長命種だ。
長い時を生き、移り変わる世界を、情勢を、人を傍観して過ごす。気の向くまま世界を流浪する。
そんな中、たまたま寄ったこの地で足を留めるに値する理由を見つけてしまった。出会ってしまったのだ。そして彼はその人と同じ時間を過ごすことを決めた。いつか果てるのならばその人のそばでと望んでしまった。そしてそれは今まで生きてきた中でも濃密に、それこそ永遠にも思える時間となった。
けれど一哉はこの地が自分の物ではない事は解っていた。ならば持ち主は……。
「会えますか?」
はやる心を抑えられない一哉の腕を郁人は軽く掴んだ。それは一哉がまた消えてしまうのではないかと言う不安があったからだが、止められるはずもない。
そんな郁人に気づき、
「大丈夫だ」と一哉は笑みを浮かべた。消える必要はないし、消えない術も知っているのだ。
「う~ん、会えるとは思うけれど、すぐには無理かもしれないね」
「え?」
少し考えこむようにして隆文は口を開いた。
「ここはね、郁人の母親が祖母から譲り受けたところでね。その祖母も知人から譲り受けたと言っていたかな」
「————?………え?」
「————?……は?」
「——ん?……あれ?」
隆文との間に落ちる沈黙は、意味を捉えきれないと言ったものだったが、
「……え、なん?……母?え、はあぁ!?」
最初に叫んだのは郁人だった。
そして一哉もまた、
「郁人の……母親…」と復唱してしまう。
郁人と隆文。
この2人が2人でいることがあまりに自然で、それに一哉自身家族という概念がないため全く気に留めていない存在だったのだ。
「や、母親やって」
郁人はさすがに動揺していた。
幼い頃から隆文と2人で国内を飛び回っていた郁人だ。母親がいないのはこの父親についていけなくなった、もしくはこの世にいないの2択。周囲も母について話す者はなく、後者だと思っていた郁人だった。それなのに今隆文は母親に会えると言った。
「あ、れ…?」
そんな子供たちの反応に軽く首を傾げる隆文は、
「………郁人を生んで出て行ったと……話してなかった、かい?」
「は?」
やや焦ったようにそう告げる。
「出てった、て………死んどるわけやない?」
「え? 死ぬ?いやいや。東南アジアの…いや。今は南米?…何しろ秘境のさらに奥地を回って——————
いや……すまない」
郁人に話していないという事実を今更ながら知った隆文は、ただ申し訳なく頭を下げた。
その突然の告白についていけるはずもなく、郁人は一哉を掴んでいた手を離し、自分の頭をわしゃわしゃと掻いてから、は、はははと乾いた笑い声を上げてしまう。
「——————や、まぁ…そら……しゃーないわ………オレも聞かんかったし」
母親が、いる。
……生きている
それも、幼い自分を置いて出て行き、音信不通————。
「—————せや…そろそろ…そろそろや。晩飯の支度せんと」
やることは変わらない。
母親が居ようといまいとやることは変わらないのだ。せやせや、気にする必要はないと口先で言う郁人は、グッと腕を掴まれ、掴んでいる一哉を見た。
「郁人。聞きたいことがあるなら」
「や、別に… —————なんも……」
言い掛けて、ふと思う。
「親父は……親父は連絡しとんのか?」
「お前の母さんとか?」
「他に誰がおんねん」
「あ、ああそうだね。特にしてないけれど、この場所のことで6年前に連絡がきたよ」
「……はあ」
尋ねてみたが軽い頷きしか返せなかった。6年間言葉一つ交わさずにいられる関係も不思議だったが、それは郁人自身にも言えるかも知れなかった。動揺はあるがそれだけと言われればそれだけなのだ。会いたいという思いは特に湧かない。けれど、と郁人は一哉を見た。
一哉はきっと会いたいはずだ。この場所の事を聞きたいだろうと考える。
郁人は、小さく息を吐いた。
「……どないな人…?」
「うん。そうだね—————その土地の宗教や文化、人々の歴史に興味を持っていてね、調べていたよ。気さくで豪快で、だけど優しい。可愛い人だ。そして…うん。そう。子供を欲しがっていたよ」
「え………」
思い出すように少し上を見ながら口を開く隆文は、いつものように穏やかな口調で告げる。その言葉に今度は2人、言葉に詰まった。
「実はね、父親にならないかと口説き落とされたんだよ」
そして隆文は今度は正確に、2人が固まっている理由に気付き、少し照れたように告げながら、
「これこそ息子にする話じゃないな」
ははは、と笑う。
いや、そこは笑えないだろ…と2人は思った。
子どもが欲しいのに、置いて出て行く。そんな女性に口説き落とされる隆文……。
「……産んで、押し付けられるんは」
そして思わず口を開く郁人を、
「え?いやいや。彼女が東南アジアに行きたいと言ってね、私は一緒に行けないから私が育てることにしただけだよ」
隆文はあくまでも笑顔のままで、それが当たり前のように諭した。
「せやかて、親父も国内回って…」
「郁人、日本国内と東南アジア、幼い子供を連れて歩くには、やはり慣れている日本の方がいいだろう?」
「おじさん…郁人が言いたいことはそこじゃないです…」
埒があかないと一哉が口を挟んだ。この親子の会話は微妙にすれ違う。それが楽しい時もあるが今ではなかった。
「連絡はとれますか?」
「うん多分…。ここを郁人に譲ると言った後、連絡ないけど。…さすがに死んではいないはず」
「「人間なん(ですか)⁉︎」」
何度目の驚きか、郁人と一哉は同時に叫んだ。その後にコホン、と咳払いをしたのは一哉だ。
「はは、もちろんだよ……いや、多分」
軽く答える隆文は2人の視線にやや自信がなくなったようだ。
「……ん?ちょっと待って下さい。ここを郁人が引き継ぐ?」
「正式には20歳になってからだよ。諸手続きは済んでいるがまだ未成年。なので今はまだ郁人の母親のものだね」
「—————さすがにオレは叫んでも許されるんやないかと思っとる。死んどる思た母親が生きとって、好きな奴が魔法使いで、子供が欲しいからて簡単にほだされる父親が……」
「郁人、お前は何か勘違いをしているよ」
「勘違い?」
「そう。私はちゃんとお前の母親を好きだと言うこと。彼女も私を好きだと言うこと。そして2人とも郁人が大好きだということ。そこはきちんと受け止めておいてほしい」
「一哉ぁ。オレはこの親父に何を言えばいいんや」
半分脱力して一哉を見る郁人だが、当の一哉も何を言えばよいのかわからずにさすがに少し戸惑ってしまう。しかし、
「けれど…親子だな、とは思うよ」
「さようけ」
物怖じしない所、そしていまの気持ちに素直なところなどそっくりだと一哉は思う。その言葉を受けた郁人は軽く肩をすくめた。
「悪かったね、郁人。お前が母親のことを何も言わないからうっかりしていたよ。会いたいなら、確か…。寝る前に冷えた水をコップ半分飲んで、枕を3回叩きながら相手を想う。そして残りを飲み干す。繋がりのある人がそれをキャッチして、会いに来るそうだ」
「—————親父……」
「—————おじさん……」
よくここまで騙されずにきたものだと2人は思う。いや、そもそも騙されてここまで来たと言う方が正しいのか。
「いやいや。これは郁人の母親から伝え聞いたものだよ」
「その母親が今やいっちゃん怪しいねん。携帯持てや!てか母ってほんま、何もんなん?」
やばいんちゃうか?と言う郁人の横で一哉は考えていた。
もしも自分の関係者だとして、本当にその枕云々が伝え聞いたものだとするのなら………。
それも一種の魔法だろう。
いや、どこの子供のまじないだと一哉は思った。伝えるならばもう少しマシな魔法にするべきだと考えため息が出そうになるが、それは自分ではなく郁人の方だろうと振り返った。
すると、同じタイミングで一哉を捉えた郁人は、呆れたような表情をそのまま笑顔にして、
「探さなあかんな」と肩をすくめた。
「…ああ」
それは一哉の得意分野だった。記憶の戻った今なら人探しなど簡単だった。けれど、郁人が自分のために言ってくれたのだと一哉は気づいている。死んでいると思っていた母親と会う覚悟が郁人には必要なはずだ。
「どないな経緯で譲り受けたんか気になるな」
郁人がどこか他人事のようにつぶやいた。
さわりと後方の木々の葉が風に揺れる。
一哉は掴んだ郁人の腕にぎゅっと力を込めた。
気まずく言い淀む一哉はゆっくりと郁人を地面におろした。
「どうだい?」
「はい……これがひつぎだと言う事以外は」
そして笑顔で促す隆文にやや自嘲気味に一哉は笑みを返した。そのまま、そういえば、と口を開く。
「この場所の持ち主ですが」
そもそも記憶によると、彼ー初代ーがこの土地に降りたのは気まぐれだった。
魔法使いは長命種だ。
長い時を生き、移り変わる世界を、情勢を、人を傍観して過ごす。気の向くまま世界を流浪する。
そんな中、たまたま寄ったこの地で足を留めるに値する理由を見つけてしまった。出会ってしまったのだ。そして彼はその人と同じ時間を過ごすことを決めた。いつか果てるのならばその人のそばでと望んでしまった。そしてそれは今まで生きてきた中でも濃密に、それこそ永遠にも思える時間となった。
けれど一哉はこの地が自分の物ではない事は解っていた。ならば持ち主は……。
「会えますか?」
はやる心を抑えられない一哉の腕を郁人は軽く掴んだ。それは一哉がまた消えてしまうのではないかと言う不安があったからだが、止められるはずもない。
そんな郁人に気づき、
「大丈夫だ」と一哉は笑みを浮かべた。消える必要はないし、消えない術も知っているのだ。
「う~ん、会えるとは思うけれど、すぐには無理かもしれないね」
「え?」
少し考えこむようにして隆文は口を開いた。
「ここはね、郁人の母親が祖母から譲り受けたところでね。その祖母も知人から譲り受けたと言っていたかな」
「————?………え?」
「————?……は?」
「——ん?……あれ?」
隆文との間に落ちる沈黙は、意味を捉えきれないと言ったものだったが、
「……え、なん?……母?え、はあぁ!?」
最初に叫んだのは郁人だった。
そして一哉もまた、
「郁人の……母親…」と復唱してしまう。
郁人と隆文。
この2人が2人でいることがあまりに自然で、それに一哉自身家族という概念がないため全く気に留めていない存在だったのだ。
「や、母親やって」
郁人はさすがに動揺していた。
幼い頃から隆文と2人で国内を飛び回っていた郁人だ。母親がいないのはこの父親についていけなくなった、もしくはこの世にいないの2択。周囲も母について話す者はなく、後者だと思っていた郁人だった。それなのに今隆文は母親に会えると言った。
「あ、れ…?」
そんな子供たちの反応に軽く首を傾げる隆文は、
「………郁人を生んで出て行ったと……話してなかった、かい?」
「は?」
やや焦ったようにそう告げる。
「出てった、て………死んどるわけやない?」
「え? 死ぬ?いやいや。東南アジアの…いや。今は南米?…何しろ秘境のさらに奥地を回って——————
いや……すまない」
郁人に話していないという事実を今更ながら知った隆文は、ただ申し訳なく頭を下げた。
その突然の告白についていけるはずもなく、郁人は一哉を掴んでいた手を離し、自分の頭をわしゃわしゃと掻いてから、は、はははと乾いた笑い声を上げてしまう。
「——————や、まぁ…そら……しゃーないわ………オレも聞かんかったし」
母親が、いる。
……生きている
それも、幼い自分を置いて出て行き、音信不通————。
「—————せや…そろそろ…そろそろや。晩飯の支度せんと」
やることは変わらない。
母親が居ようといまいとやることは変わらないのだ。せやせや、気にする必要はないと口先で言う郁人は、グッと腕を掴まれ、掴んでいる一哉を見た。
「郁人。聞きたいことがあるなら」
「や、別に… —————なんも……」
言い掛けて、ふと思う。
「親父は……親父は連絡しとんのか?」
「お前の母さんとか?」
「他に誰がおんねん」
「あ、ああそうだね。特にしてないけれど、この場所のことで6年前に連絡がきたよ」
「……はあ」
尋ねてみたが軽い頷きしか返せなかった。6年間言葉一つ交わさずにいられる関係も不思議だったが、それは郁人自身にも言えるかも知れなかった。動揺はあるがそれだけと言われればそれだけなのだ。会いたいという思いは特に湧かない。けれど、と郁人は一哉を見た。
一哉はきっと会いたいはずだ。この場所の事を聞きたいだろうと考える。
郁人は、小さく息を吐いた。
「……どないな人…?」
「うん。そうだね—————その土地の宗教や文化、人々の歴史に興味を持っていてね、調べていたよ。気さくで豪快で、だけど優しい。可愛い人だ。そして…うん。そう。子供を欲しがっていたよ」
「え………」
思い出すように少し上を見ながら口を開く隆文は、いつものように穏やかな口調で告げる。その言葉に今度は2人、言葉に詰まった。
「実はね、父親にならないかと口説き落とされたんだよ」
そして隆文は今度は正確に、2人が固まっている理由に気付き、少し照れたように告げながら、
「これこそ息子にする話じゃないな」
ははは、と笑う。
いや、そこは笑えないだろ…と2人は思った。
子どもが欲しいのに、置いて出て行く。そんな女性に口説き落とされる隆文……。
「……産んで、押し付けられるんは」
そして思わず口を開く郁人を、
「え?いやいや。彼女が東南アジアに行きたいと言ってね、私は一緒に行けないから私が育てることにしただけだよ」
隆文はあくまでも笑顔のままで、それが当たり前のように諭した。
「せやかて、親父も国内回って…」
「郁人、日本国内と東南アジア、幼い子供を連れて歩くには、やはり慣れている日本の方がいいだろう?」
「おじさん…郁人が言いたいことはそこじゃないです…」
埒があかないと一哉が口を挟んだ。この親子の会話は微妙にすれ違う。それが楽しい時もあるが今ではなかった。
「連絡はとれますか?」
「うん多分…。ここを郁人に譲ると言った後、連絡ないけど。…さすがに死んではいないはず」
「「人間なん(ですか)⁉︎」」
何度目の驚きか、郁人と一哉は同時に叫んだ。その後にコホン、と咳払いをしたのは一哉だ。
「はは、もちろんだよ……いや、多分」
軽く答える隆文は2人の視線にやや自信がなくなったようだ。
「……ん?ちょっと待って下さい。ここを郁人が引き継ぐ?」
「正式には20歳になってからだよ。諸手続きは済んでいるがまだ未成年。なので今はまだ郁人の母親のものだね」
「—————さすがにオレは叫んでも許されるんやないかと思っとる。死んどる思た母親が生きとって、好きな奴が魔法使いで、子供が欲しいからて簡単にほだされる父親が……」
「郁人、お前は何か勘違いをしているよ」
「勘違い?」
「そう。私はちゃんとお前の母親を好きだと言うこと。彼女も私を好きだと言うこと。そして2人とも郁人が大好きだということ。そこはきちんと受け止めておいてほしい」
「一哉ぁ。オレはこの親父に何を言えばいいんや」
半分脱力して一哉を見る郁人だが、当の一哉も何を言えばよいのかわからずにさすがに少し戸惑ってしまう。しかし、
「けれど…親子だな、とは思うよ」
「さようけ」
物怖じしない所、そしていまの気持ちに素直なところなどそっくりだと一哉は思う。その言葉を受けた郁人は軽く肩をすくめた。
「悪かったね、郁人。お前が母親のことを何も言わないからうっかりしていたよ。会いたいなら、確か…。寝る前に冷えた水をコップ半分飲んで、枕を3回叩きながら相手を想う。そして残りを飲み干す。繋がりのある人がそれをキャッチして、会いに来るそうだ」
「—————親父……」
「—————おじさん……」
よくここまで騙されずにきたものだと2人は思う。いや、そもそも騙されてここまで来たと言う方が正しいのか。
「いやいや。これは郁人の母親から伝え聞いたものだよ」
「その母親が今やいっちゃん怪しいねん。携帯持てや!てか母ってほんま、何もんなん?」
やばいんちゃうか?と言う郁人の横で一哉は考えていた。
もしも自分の関係者だとして、本当にその枕云々が伝え聞いたものだとするのなら………。
それも一種の魔法だろう。
いや、どこの子供のまじないだと一哉は思った。伝えるならばもう少しマシな魔法にするべきだと考えため息が出そうになるが、それは自分ではなく郁人の方だろうと振り返った。
すると、同じタイミングで一哉を捉えた郁人は、呆れたような表情をそのまま笑顔にして、
「探さなあかんな」と肩をすくめた。
「…ああ」
それは一哉の得意分野だった。記憶の戻った今なら人探しなど簡単だった。けれど、郁人が自分のために言ってくれたのだと一哉は気づいている。死んでいると思っていた母親と会う覚悟が郁人には必要なはずだ。
「どないな経緯で譲り受けたんか気になるな」
郁人がどこか他人事のようにつぶやいた。
さわりと後方の木々の葉が風に揺れる。
一哉は掴んだ郁人の腕にぎゅっと力を込めた。
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