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後編
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時間に余裕があるのをいいことに、学園のあちこちを見ては懐かしさに耽った。
俺はそんなに思い出はないけれど、ジェイスの思い出話は語り足りないほどあるらしい。楽し気に話す思い出は聞いていても面白くて、もっと早く前世の記憶が戻っていればよかったなぁと少し悔しく思った。
「二年前にアカデミーから王立学園に名称を変えて寮も建て直したと聞いてはいたが、更に立派になってないか?」
「入口に専用のカードを翳さないと入れないようになっているらしい。寮室も食堂も他の部屋も、学生が持つカードが必要なんだと」
「かなり厳重だな……。やっぱりあれか。王族のためか」
「だろうな。二年前から準備して万全の状態にしていたんじゃないか?」
今年、カーディアスとユリウスと一緒にこの国の第一王子が入学した。彼もまた、同じく入学した主人公の攻略キャラクターだ。そして、王族の護衛という名誉ある職務に就くはずだったのが……
「ん? どうした?」
「いや……本当にもったいないことをしたよなと思って」
「なにが?」
「ほら、王子の護衛任務の話があっただろ。せっかくの名誉ある話だったのに断ったって聞いて驚いたんだからな」
そう。ジェイスはゲームとは違って王子の護衛にならなかった。騎士団長になったことはゲームの通り。けれど護衛任務についてはローレン家からも王家からも騎士団の仲間からも散々説得されてもジェイスは首を縦には振らなかった。結局全員諦めて、ジェイスの兄弟が任務に就いたと聞いている。
「王子の護衛になったらレイラと一緒にいられないだろうが。カーディアスとユリウスが寮に入って敵がデリスだけになるこのチャンスは逃せないからな」
「それでカーディアスとユリウスが不自然なほどお前に任務を受けるように勧めていたのか……」
「そうそ。それでなくても、王族の任務は気が張るんだ。そのうえ日常に張り付く護衛だなんて、王子にも煙たがられそうだし。あ、レイラの護衛なら喜んで引き受けるぞ」
「栄えある騎士団長を護衛にするだなんて一介の侯爵には身に余る光栄だ。謹んでお断りする」
「ツレないなぁ」
「ツレなくて結構」
そんな言葉のキャッチボールを楽しみながら寮の入口にやってくると、見覚えのある騎士団服を着た騎士がいた。あの団服は王宮に所属している王国騎士団のものだ。
「あれ、お前の部下じゃないか?」
「ん? そうそう。部下でアカデミーの時の後輩。さっき捕まったのはアイツだよ」
あいつ、寮の警護担当だったのかよ……と、ジェイスにしては珍しくげんなりとした表情をしている。そんなに面倒な相手なのか。
しかし、今日は特別に騎士による確認を受ければ保護者は寮に入れると聞いていたが、まさかわざわざ王国騎士団の騎士が来るとは思わなかったな。これも王子の影響か。
入口に立って書類を見ていた騎士は、近づいてくる俺たちに気が付いたのか顔をあげると満面の笑みを浮かべた。もちろんジェイスに対してだ。
「あ、団長! またお会いしましたね!」
「お会いしましたね! じゃないだろ。お前、さっきは門のところにいただろうが。なんでここにいるんだ」
「ここの担当だった奴が、自分は平民だから貴族の相手なんて無理って言って交代を頼まれまして……」
「王宮で勤めているくせに貴族の相手ができないわけないだろうが。お前もいいように使われてるぞ」
「こんど奢ってもらう約束したんで大丈夫ですよ。それに、また団長に会えたので俺としてはラッキーです!」
「相変わらずお気楽な奴だな、お前……」
上司と部下にしては気安い会話。本当に仲が良いというか懐かれているんだなと、思わずしげしげと見てしまった。
そんな俺の視線に気が付いたのか、それともようやく俺もいることに気が付いたのか、その騎士はようやく俺に目を向けた。
「この方が、団長が仰っていた方ですか?」
「ああ。レイラ、こいつはミエル・シュライン。北部の子爵家の嫡男だ。アカデミーの時は俺たちの二つ下の後輩だった。魔法の才能があって、在学中は魔法研究会に入会していたくらいだ」
「あの魔法研究会に? あそこって幹部の会員に認められないと入会できないところじゃないか?」
魔法研究会。それは学園がアカデミーだったときに存在していた、魔法を得意とする者の中でも選ばれた者しか入ることが許されない団体だ。魔法研究会の会員だったと言えば、就職先に困らないどころか引く手数多なほど知名度も実力もあった一大サークル。
そしてアカデミーから学園になった際に合わせて魔法研究会も改革が行われ、ゲーム内では名前を変えて存在している秘密サークルになっていた。
ゲームのユリウスは魔法研究会の後身に所属していて、ルートによっては主人公も入会していた。
「レイラでも流石に魔法研究会は知ってたか。ミエルは当時の会長直々に入会を認められた逸材なんだ。なのに、王宮魔法士じゃなくて騎士団に来た変わり者さ」
「変わり者って……酷いじゃないですか、団長~」
「本当のことだろうが」
「団長は俺の憧れなんです……! なら騎士団に行くのが普通じゃないですか!」
キラキラとした目は、言葉通り憧れという感情を分かりやすくジェイスに訴えていた。その熱視線から逃れるように、ジェイスは俺に顔を向けて両肩を軽く上下した。
なるほど。あまり熱く推されても困るってことか。
「えっと、ミエルくん? 寮の食堂に行きたいんだけど、どうやって中に入ればいいのかな?」
「あ、はい! えっと……こちらにどうぞ!」
ミエルは手に持ったままだった書類をバサバサと開きながら、入口のドアへと小走りで戻っていった。
「ミエルくんって、なんか、可愛いよな」
「え、ああいうタイプが好きなのか!?」
「可愛い後輩ってことだよ、バカ」
俺はそんなに思い出はないけれど、ジェイスの思い出話は語り足りないほどあるらしい。楽し気に話す思い出は聞いていても面白くて、もっと早く前世の記憶が戻っていればよかったなぁと少し悔しく思った。
「二年前にアカデミーから王立学園に名称を変えて寮も建て直したと聞いてはいたが、更に立派になってないか?」
「入口に専用のカードを翳さないと入れないようになっているらしい。寮室も食堂も他の部屋も、学生が持つカードが必要なんだと」
「かなり厳重だな……。やっぱりあれか。王族のためか」
「だろうな。二年前から準備して万全の状態にしていたんじゃないか?」
今年、カーディアスとユリウスと一緒にこの国の第一王子が入学した。彼もまた、同じく入学した主人公の攻略キャラクターだ。そして、王族の護衛という名誉ある職務に就くはずだったのが……
「ん? どうした?」
「いや……本当にもったいないことをしたよなと思って」
「なにが?」
「ほら、王子の護衛任務の話があっただろ。せっかくの名誉ある話だったのに断ったって聞いて驚いたんだからな」
そう。ジェイスはゲームとは違って王子の護衛にならなかった。騎士団長になったことはゲームの通り。けれど護衛任務についてはローレン家からも王家からも騎士団の仲間からも散々説得されてもジェイスは首を縦には振らなかった。結局全員諦めて、ジェイスの兄弟が任務に就いたと聞いている。
「王子の護衛になったらレイラと一緒にいられないだろうが。カーディアスとユリウスが寮に入って敵がデリスだけになるこのチャンスは逃せないからな」
「それでカーディアスとユリウスが不自然なほどお前に任務を受けるように勧めていたのか……」
「そうそ。それでなくても、王族の任務は気が張るんだ。そのうえ日常に張り付く護衛だなんて、王子にも煙たがられそうだし。あ、レイラの護衛なら喜んで引き受けるぞ」
「栄えある騎士団長を護衛にするだなんて一介の侯爵には身に余る光栄だ。謹んでお断りする」
「ツレないなぁ」
「ツレなくて結構」
そんな言葉のキャッチボールを楽しみながら寮の入口にやってくると、見覚えのある騎士団服を着た騎士がいた。あの団服は王宮に所属している王国騎士団のものだ。
「あれ、お前の部下じゃないか?」
「ん? そうそう。部下でアカデミーの時の後輩。さっき捕まったのはアイツだよ」
あいつ、寮の警護担当だったのかよ……と、ジェイスにしては珍しくげんなりとした表情をしている。そんなに面倒な相手なのか。
しかし、今日は特別に騎士による確認を受ければ保護者は寮に入れると聞いていたが、まさかわざわざ王国騎士団の騎士が来るとは思わなかったな。これも王子の影響か。
入口に立って書類を見ていた騎士は、近づいてくる俺たちに気が付いたのか顔をあげると満面の笑みを浮かべた。もちろんジェイスに対してだ。
「あ、団長! またお会いしましたね!」
「お会いしましたね! じゃないだろ。お前、さっきは門のところにいただろうが。なんでここにいるんだ」
「ここの担当だった奴が、自分は平民だから貴族の相手なんて無理って言って交代を頼まれまして……」
「王宮で勤めているくせに貴族の相手ができないわけないだろうが。お前もいいように使われてるぞ」
「こんど奢ってもらう約束したんで大丈夫ですよ。それに、また団長に会えたので俺としてはラッキーです!」
「相変わらずお気楽な奴だな、お前……」
上司と部下にしては気安い会話。本当に仲が良いというか懐かれているんだなと、思わずしげしげと見てしまった。
そんな俺の視線に気が付いたのか、それともようやく俺もいることに気が付いたのか、その騎士はようやく俺に目を向けた。
「この方が、団長が仰っていた方ですか?」
「ああ。レイラ、こいつはミエル・シュライン。北部の子爵家の嫡男だ。アカデミーの時は俺たちの二つ下の後輩だった。魔法の才能があって、在学中は魔法研究会に入会していたくらいだ」
「あの魔法研究会に? あそこって幹部の会員に認められないと入会できないところじゃないか?」
魔法研究会。それは学園がアカデミーだったときに存在していた、魔法を得意とする者の中でも選ばれた者しか入ることが許されない団体だ。魔法研究会の会員だったと言えば、就職先に困らないどころか引く手数多なほど知名度も実力もあった一大サークル。
そしてアカデミーから学園になった際に合わせて魔法研究会も改革が行われ、ゲーム内では名前を変えて存在している秘密サークルになっていた。
ゲームのユリウスは魔法研究会の後身に所属していて、ルートによっては主人公も入会していた。
「レイラでも流石に魔法研究会は知ってたか。ミエルは当時の会長直々に入会を認められた逸材なんだ。なのに、王宮魔法士じゃなくて騎士団に来た変わり者さ」
「変わり者って……酷いじゃないですか、団長~」
「本当のことだろうが」
「団長は俺の憧れなんです……! なら騎士団に行くのが普通じゃないですか!」
キラキラとした目は、言葉通り憧れという感情を分かりやすくジェイスに訴えていた。その熱視線から逃れるように、ジェイスは俺に顔を向けて両肩を軽く上下した。
なるほど。あまり熱く推されても困るってことか。
「えっと、ミエルくん? 寮の食堂に行きたいんだけど、どうやって中に入ればいいのかな?」
「あ、はい! えっと……こちらにどうぞ!」
ミエルは手に持ったままだった書類をバサバサと開きながら、入口のドアへと小走りで戻っていった。
「ミエルくんって、なんか、可愛いよな」
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