21 / 46
前編
20
しおりを挟む
「あの、レイラ・パトリー様……」
やたら上機嫌なデリスを放って、ウェイターに頼んだ水を飲みまくる。さすが公爵家。ただの水なのにお高い味がする。
内心、これだから金持ちはと言いながらも四杯目に突入したとき、とうとう御令嬢から声をかけられた。嫌だなー。面倒くさいなー。
「はい。なんでしょうか?」
悲しきかな……貴族の男は御令嬢を無碍にはできないのだ。
「あ、あの!よろしければ私と少しお話をしていただけませんか?」
頬を仄かに赤く染めた少女が、俺を見つめてお伺いをしてくる。お願いという形をしているが、ここで断ることはほぼ不可能だ。こういった貴族社会の面倒な社交辞令が嫌いで、これまでできるだけバックレてきたというのに。
「ええ。私などがお相手でよろしければ、喜んで」
あぁ、帰りたい……。
☆☆☆☆
「まぁ!ではまだ王都に戻られないのですか?」
「ビレッド地区って、あの何もないところでしょう?」
「でも、あそこには綺麗な湖があると聞きましたわよ」
「えぇ。精霊の湖というとても美しい湖があります。一度、行かれるとよいでしょう。ですがやはり少し遠いですので、機会があれば、ですが」
話しかけてきた度胸ある少女を皮切りに、周りを高い声で話し続ける御令嬢たちに囲まれて、俺は身動きが取れなくなってしまった。俺自身はあまり会話をしているわけではないのだが、女性が三人集まれば姦しいとはいえ、流石にこれは騒がしいというくらい勝手に盛り上がっている。
デリスは何やら令息たちに捕まっているし、誰かに呼ばれないことには俺は御令嬢たちの囲みから逃げられなさそうだ。望みはフィリア姉上だが、俺が結婚することを望んでいる彼女は助けてはくれないだろう。
「ねぇ、レイラ様はどう思いますか?」
「え?」
するっと左腕に絡みつく細い腕。むぎゅっと不躾に押しつけられた柔らかいそれ。周りの御令嬢方が殺気立つのが分かった。これだから、恋愛事が絡んだ女性は苦手なんだ。全員が全員こういうわけじゃないとは分かっているが、こういう女性は本当に苦手。前世を思い出して、よりそういう思いが強くなった気がする。
「あの」
「レイラ様、私のお父様が近々王都郊外の領地に別荘を建てようと思っておりますの。王都とは色々と違うことがありますでしょうから、お父様にアドバイスをしていただけませんか?」
俺や周りの様子など気にも留めず、よりその豊満な胸を押し当て、笑顔で父親を引き合いに出してくるこの御令嬢は、確か父上と仲の良い侯爵の一人娘だった気がする。アカデミーでは後輩だったために関わり合うこともなかったけど、一度縁談相手として写真(この世界のカメラみたいな魔法具で撮られたもの)が送られてきたことがあったから覚えている。結果は、この子自身が断固拒否したために無くなったんだけどね。それが、俺が痩せたら綺麗な手のひら返しだ。怖い怖い。
「それはあまりに不躾では?パトリー侯爵様が困っていらっしゃいますわよ!」
「私のお父様とレイラ様のお父様は、とても仲が良いのです」
それがどうしたと言いたいが、貴族社会において、親同士の交友関係は子どもにとって重要なステータスだ。俺と彼女の親の仲が良いというだけで、彼女はこの中で優位に立っている。しかし、それで諦めるようなお淑やかな女性は社交界でやっていけない。笑顔で嫌味の応戦が始まってしまった。品が失われていないのは流石だが、俺はもうここにいたくない。
デリス……は、今度は父上に捕まっていた。デリスの父親も一緒にいる。デリスでも、父上には逆らえないだろう。さっきは俺のものだとは言ったけど、身分差というものはどうしようもできない。これでデリスを責めることはお門違いだ。
それはそれとして、俺は今別の意味でもこの場を離れたいのだが。できれば早急に。
簡単に言うと、水を飲み過ぎた。多分、頑張って張り付けている笑顔も若干強張っていると思う。この状況にストレスを感じてしまっているからだろうか。急激にきてしまった。正直に言えば、限界が近い。
「あの」
「ではレイラ様!お父様のところに行きましょう?」
俺が必死に尿意と戦っている間に、決着がついたらしい。勝ったのは侯爵令嬢のようだ。色んな意味で絶望的だ……。せめて先にトイレに行かせて……。
脂汗をかきながら、侯爵令嬢にドナドナされる子牛の気分で引っ張られる俺を流石に神も哀れに思ったのだろうか。でも、神様。ちょっと人選ミスです……。
「おぉ!レイラじゃないか!久しぶりだな!」
「え……?」
「アカデミー以来じゃないか?積もる話もあることだし、あっちの静かな方で二人きりで話そうぜ!」
「え?あっ……⁉」
「ちょ、ちょっと!レイラ様⁉」
半ば引きずられるように、突然現れた男に会場の外に連れ出される。男が無理やり引きはがした侯爵令嬢が何やら騒いでいたが、男は気にすることはなかった。
俺は、会場の外に出たところで振り向いた男の顔を改めて見て、神を恨んだ。
「……ジェイス・ローレン」
「久しぶりだな。レイラ」
はにかむように笑う目の前のイケメンは、未来の騎士団長様だ。ジェイス・ローレンは、ローレン家という武芸に優れた家の嫡男で剣の天才。ローレン家の証である赤髪は燃えるように色づいて、金色の眼は戦場で鋭く敵を睨み、鷹の眼などと言われることもある、ゲームの攻略対象。なぜお前がここにいるんだ?
「強引に連れ出して悪かった。でも、レイラの体調が悪そうでつい……」
「ほら、顔も赤いし汗もかいてる」と、額の汗をハンカチで拭われて、俺は一時的に存在を忘れていた尿意を思い出してしまった。
「ちょ、ちょっとここで待ってて!」
「は?部屋に戻るなら付き添うぞ」
「ち、違う!トイレ!」
「へ……?」
ジェイスが豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をしている。しかし俺はもうダメだ。走りたいところを刺激を抑えるためにゆっくりと歩いてトイレに向かう。が、俺は大事なことを失念していた。
「あ」
「……どうした?」
「トイレの場所、分からない……」
ここは本邸だ。俺が長年引きこもってたのは別邸。トイレの場所を俺は知らない……。
「ううっ……もう限界なのにぃ」
「はぁ……ほんと、お前は昔から抜けてんな。トイレはこっちだ」
焦りから若干泣きそうな俺の手を引いて、ジェイスは俺をトイレまで連れていってくれた。誰にも見られなかったのは奇跡だよほんと。いい年して恥ずかしい……。
無事にトイレにたどり着いて色んなことから解放された俺は、恥ずかしすぎて結局少し泣いた。
※尿意を我慢してるときってエロイよねっていう性癖()
やたら上機嫌なデリスを放って、ウェイターに頼んだ水を飲みまくる。さすが公爵家。ただの水なのにお高い味がする。
内心、これだから金持ちはと言いながらも四杯目に突入したとき、とうとう御令嬢から声をかけられた。嫌だなー。面倒くさいなー。
「はい。なんでしょうか?」
悲しきかな……貴族の男は御令嬢を無碍にはできないのだ。
「あ、あの!よろしければ私と少しお話をしていただけませんか?」
頬を仄かに赤く染めた少女が、俺を見つめてお伺いをしてくる。お願いという形をしているが、ここで断ることはほぼ不可能だ。こういった貴族社会の面倒な社交辞令が嫌いで、これまでできるだけバックレてきたというのに。
「ええ。私などがお相手でよろしければ、喜んで」
あぁ、帰りたい……。
☆☆☆☆
「まぁ!ではまだ王都に戻られないのですか?」
「ビレッド地区って、あの何もないところでしょう?」
「でも、あそこには綺麗な湖があると聞きましたわよ」
「えぇ。精霊の湖というとても美しい湖があります。一度、行かれるとよいでしょう。ですがやはり少し遠いですので、機会があれば、ですが」
話しかけてきた度胸ある少女を皮切りに、周りを高い声で話し続ける御令嬢たちに囲まれて、俺は身動きが取れなくなってしまった。俺自身はあまり会話をしているわけではないのだが、女性が三人集まれば姦しいとはいえ、流石にこれは騒がしいというくらい勝手に盛り上がっている。
デリスは何やら令息たちに捕まっているし、誰かに呼ばれないことには俺は御令嬢たちの囲みから逃げられなさそうだ。望みはフィリア姉上だが、俺が結婚することを望んでいる彼女は助けてはくれないだろう。
「ねぇ、レイラ様はどう思いますか?」
「え?」
するっと左腕に絡みつく細い腕。むぎゅっと不躾に押しつけられた柔らかいそれ。周りの御令嬢方が殺気立つのが分かった。これだから、恋愛事が絡んだ女性は苦手なんだ。全員が全員こういうわけじゃないとは分かっているが、こういう女性は本当に苦手。前世を思い出して、よりそういう思いが強くなった気がする。
「あの」
「レイラ様、私のお父様が近々王都郊外の領地に別荘を建てようと思っておりますの。王都とは色々と違うことがありますでしょうから、お父様にアドバイスをしていただけませんか?」
俺や周りの様子など気にも留めず、よりその豊満な胸を押し当て、笑顔で父親を引き合いに出してくるこの御令嬢は、確か父上と仲の良い侯爵の一人娘だった気がする。アカデミーでは後輩だったために関わり合うこともなかったけど、一度縁談相手として写真(この世界のカメラみたいな魔法具で撮られたもの)が送られてきたことがあったから覚えている。結果は、この子自身が断固拒否したために無くなったんだけどね。それが、俺が痩せたら綺麗な手のひら返しだ。怖い怖い。
「それはあまりに不躾では?パトリー侯爵様が困っていらっしゃいますわよ!」
「私のお父様とレイラ様のお父様は、とても仲が良いのです」
それがどうしたと言いたいが、貴族社会において、親同士の交友関係は子どもにとって重要なステータスだ。俺と彼女の親の仲が良いというだけで、彼女はこの中で優位に立っている。しかし、それで諦めるようなお淑やかな女性は社交界でやっていけない。笑顔で嫌味の応戦が始まってしまった。品が失われていないのは流石だが、俺はもうここにいたくない。
デリス……は、今度は父上に捕まっていた。デリスの父親も一緒にいる。デリスでも、父上には逆らえないだろう。さっきは俺のものだとは言ったけど、身分差というものはどうしようもできない。これでデリスを責めることはお門違いだ。
それはそれとして、俺は今別の意味でもこの場を離れたいのだが。できれば早急に。
簡単に言うと、水を飲み過ぎた。多分、頑張って張り付けている笑顔も若干強張っていると思う。この状況にストレスを感じてしまっているからだろうか。急激にきてしまった。正直に言えば、限界が近い。
「あの」
「ではレイラ様!お父様のところに行きましょう?」
俺が必死に尿意と戦っている間に、決着がついたらしい。勝ったのは侯爵令嬢のようだ。色んな意味で絶望的だ……。せめて先にトイレに行かせて……。
脂汗をかきながら、侯爵令嬢にドナドナされる子牛の気分で引っ張られる俺を流石に神も哀れに思ったのだろうか。でも、神様。ちょっと人選ミスです……。
「おぉ!レイラじゃないか!久しぶりだな!」
「え……?」
「アカデミー以来じゃないか?積もる話もあることだし、あっちの静かな方で二人きりで話そうぜ!」
「え?あっ……⁉」
「ちょ、ちょっと!レイラ様⁉」
半ば引きずられるように、突然現れた男に会場の外に連れ出される。男が無理やり引きはがした侯爵令嬢が何やら騒いでいたが、男は気にすることはなかった。
俺は、会場の外に出たところで振り向いた男の顔を改めて見て、神を恨んだ。
「……ジェイス・ローレン」
「久しぶりだな。レイラ」
はにかむように笑う目の前のイケメンは、未来の騎士団長様だ。ジェイス・ローレンは、ローレン家という武芸に優れた家の嫡男で剣の天才。ローレン家の証である赤髪は燃えるように色づいて、金色の眼は戦場で鋭く敵を睨み、鷹の眼などと言われることもある、ゲームの攻略対象。なぜお前がここにいるんだ?
「強引に連れ出して悪かった。でも、レイラの体調が悪そうでつい……」
「ほら、顔も赤いし汗もかいてる」と、額の汗をハンカチで拭われて、俺は一時的に存在を忘れていた尿意を思い出してしまった。
「ちょ、ちょっとここで待ってて!」
「は?部屋に戻るなら付き添うぞ」
「ち、違う!トイレ!」
「へ……?」
ジェイスが豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をしている。しかし俺はもうダメだ。走りたいところを刺激を抑えるためにゆっくりと歩いてトイレに向かう。が、俺は大事なことを失念していた。
「あ」
「……どうした?」
「トイレの場所、分からない……」
ここは本邸だ。俺が長年引きこもってたのは別邸。トイレの場所を俺は知らない……。
「ううっ……もう限界なのにぃ」
「はぁ……ほんと、お前は昔から抜けてんな。トイレはこっちだ」
焦りから若干泣きそうな俺の手を引いて、ジェイスは俺をトイレまで連れていってくれた。誰にも見られなかったのは奇跡だよほんと。いい年して恥ずかしい……。
無事にトイレにたどり着いて色んなことから解放された俺は、恥ずかしすぎて結局少し泣いた。
※尿意を我慢してるときってエロイよねっていう性癖()
279
お気に入りに追加
3,760
あなたにおすすめの小説
悪役の弟に転生した僕はフラグをへし折る為に頑張ったけど監禁エンドにたどり着いた
霧乃ふー 短編
BL
「シーア兄さまぁ♡だいすきぃ♡ぎゅってして♡♡」
絶賛誘拐され、目隠しされながら無理矢理に誘拐犯にヤられている真っ最中の僕。
僕を唯一家族として扱ってくれる大好きなシーア兄様も助けに来てはくれないらしい。
だから、僕は思ったのだ。
僕を犯している誘拐犯をシーア兄様だと思いこめばいいと。
義兄弟に襲われてます!
もふもふ
BL
母さんが再婚した..........それからはイケメンの父と母そして兄弟と一緒に幸せな家庭を築けると思っていた..........
あれ?なんか兄弟達に襲われてね?
あれれ??なんでこうなった?
R18要素が含まれる時は※付けときます!!
【注】不定期更新です!
EDEN ―孕ませ―
豆たん
BL
目覚めた所は、地獄(エデン)だった―――。
平凡な大学生だった主人公が、拉致監禁され、不特定多数の男にひたすら孕ませられるお話です。
【ご注意】
※この物語の世界には、「男子」と呼ばれる妊娠可能な少数の男性が存在しますが、オメガバースのような発情期・フェロモンなどはありません。女性の妊娠・出産とは全く異なるサイクル・仕組みになっており、作者の都合のいいように作られた独自の世界観による、倫理観ゼロのフィクションです。その点ご了承の上お読み下さい。
※近親・出産シーンあり。女性蔑視のような発言が出る箇所があります。気になる方はお読みにならないことをお勧め致します。
※前半はほとんどがエロシーンです。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
執着系義兄の溺愛セックスで魔力を補給される話
Laxia
BL
元々魔力が少ない体質の弟──ルークは、誰かに魔力を補給してもらわなければ生きていけなかった。だから今日も、他の男と魔力供給という名の気持ちいいセックスをしていたその時──。
「何をしてる?お前は俺のものだ」
2023.11.20. 内容が一部抜けており、11.09更新分の文章を修正しました。
R18、最初から終わってるオレとヤンデレ兄弟
あおい夜
BL
注意!
エロです!
男同士のエロです!
主人公は『一応』転生者ですが、ヤバい時に記憶を思い出します。
容赦なく、エロです。
何故か完結してからもお気に入り登録してくれてる人が沢山いたので番外編も作りました。
良かったら読んで下さい。
僕のお兄様がヤンデレなんて聞いてない
ふわりんしず。
BL
『僕…攻略対象者の弟だ』
気付いた時には犯されていました。
あなたはこの世界を攻略
▷する
しない
hotランキング
8/17→63位!!!から48位獲得!!
8/18→41位!!→33位から28位!
8/19→26位
人気ランキング
8/17→157位!!!から141位獲得しました!
8/18→127位!!!から117位獲得
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる