上 下
52 / 70
【水狼編】

幼なじみと恋模様②

しおりを挟む
 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった鳴麗ミンリィに追いついた水狼スイラァンは、彼女の腰を軽々と抱き上げた。
 黒龍ヘイロン族の雌にしては小柄な鳴麗は、成長した彼にとっては幼獣こどもと変わらない扱いである。
 ジタバタする鳴麗を落ち着かせるように、水狼は彼女を抱きしめた。
 行き交う霊獣たちは、番同士の痴話喧嘩ちわげんかだろうか、とやじ馬のように見ては通り過ぎて行くので、なおさら水狼は焦るばかりだった。

「鳴麗! ちょっといったん落ち着いてくれ。あいつは俺の恋人でも番でもない。彼氏と別れて住む場所がないって、急に転がりこんできたんだよ! 恋人同士じゃないって」
「な、なんで水狼のところに転がりこんでくるの? あんなゆるゆるな格好してっ!」

 バチバチと地面を尻尾で叩きながら、頬を膨らませ涙を零す鳴麗を抱き上げた。
 水狼は人目がつかないように、路地裏の方まで彼女を連れて入っていく。
 ポロポロと涙を流す幼なじみを見ると、水狼は罪悪感に苛まれた。
 それと同時に、鳴麗が他の雌といる自分に対して嫉妬していることに、喜びを感じていた。

「なぁ、鳴麗。そんなに怒ってるってことは鳴麗が俺のこと、雄として見てるって思っていい?」
「そ、そ、それはっ……!! つ、つ、付き合っても良いかなって思ってたのにっっ。他の雌が水狼の家から出てきたら怒るよ! 私のことを好きって言ったくせにー!!」

 鳴麗の肩を抱いて、覗き込んでくる水狼はいつもの幼なじみの顔ではなく、見知らぬ雄の表情だった。
 彼の恋愛話を一度も聞いたことがなかったが、人気者の彼が雌とお付き合いしていても何もおかしくはない。
 彼は自分だけの存在ではない、そう思いながらもモヤモヤする。
 恋愛を経験してきた雄の、手慣れたような質問に、鳴麗は複雑な思いで鼓動が早くなるのを感じた。

「あいつの名前は、璃茉リームォって言うんだ。いろんな金持ちの雄と付き合っては別れたりを繰り返してるみたいで……。住む所がないからって聞いたから家にあげたけど、軽率だった……ごめん。ちゃんとあいつの口から聞いたほうがいいよな?」
璃茉リームォさん……。水狼の友だちなの? それなら、ちゃんと事情を聞きたいかな……。私のこと知ってるみたいだったし」

 水狼は、友だちという言葉に苦笑いをした。
 まだ機嫌が悪そうに尻尾を振る、鳴麗の涙を指で拭き取る。
 まさか、水狼が鳴麗に告白して口付けた所を、璃茉に見られていたとは夢にも思っていないだろう。

「俺は……鳴麗が好きだ。嘘じゃない、本当に好きなんだ」

 ぽふっ、と水狼に抱き寄せられると鳴麗は頬を膨らませたまま、まんざらでもないような表情をして抱きついた。

✤✤✤

 なんとか鳴麗を説得した水狼は、彼女を連れて家へと戻ってきた。
 寝ぼけていた璃茉も、さすがに服を着て、椅子に座り気怠そうに煙管キセルを吸っている。
 水狼の背中から、警戒心で毛を逆立てている子猫のように、ひょっこり顔を出している鳴麗を見ると、思わず彼女は吹き出した。

「お前な、何度も言うけど部屋で煙管を吸うなよ。もういい加減、別の友人の家にいけ」
「なんとか彼女のこと説得できたの? いやぁ……ごめんごめん。私、てっきりこいつが彼女に振られたのかと思って、転がり込んじゃったの。実は鹿ルー族の彼氏に追い出されちゃってねー」
「そ、それじゃあ……本当に彼女さんじゃないの?」

 鳴麗は耳をピクピク動かしながら、璃茉に問い掛ける。

「あ、違う違う。成獣おとなになって水狼が発情期を迎えた時に、お酒の勢いで一、二回やったくらいだし。あの当時はこいつも、雌と遊んでたしね。狼族は雄も雌も発情期に入る年齢が早いし、どっちも性欲が強いから仕方ないのよ。だから狼族は早く結婚して、兄弟が多かったりするでしょ?」
「おいっ……!」
「あ、遊んでた……」
黒龍ヘイロン族は『月の印』が出るまでは、幼獣こどもでしょ。見た目は成獣おとなでも、準備ができずに体を傷付けてしまうから。水狼はかなり我慢してたみたいよ。ずーっと好きだったけど告れなくて、ちゃんと成獣おとなになるまで待ってたみたい。大切な子だって言ってたよ」

 あの爽やかで雌の気配がなかった彼が、遊んでいた経験があることにショックを受けた。
 たしかに、彼女が言うとおり狼族は結婚が早く子宝に恵まれている霊獣が多い。
 異性同性関係なく、番や恋人を作るのが早かったとはそういう事情もあったのだろう。
 水狼は深い溜息をついて、自分の額を抑えた。

「水狼、ほ、本当に? 知らないところでそんなにモテ雄だったの?? 人気者だったけど雌の匂いなんて微塵みじんも感じさせなかったのに!?」
「俺のことをずっと幼獣こどもだと思ってただろ。俺は……ずっと鳴麗のことを幼なじみだけじゃなくて、雌として好きだったし、結婚したいと思ってた。だけど、鳴麗は昔の俺のままでいて欲しかっただろ? それにまだ幼獣こどもだったから。だから我慢して……欲求不満で遊んでた。だけど……あの日、我慢できなくなって鳴麗に口付けたんだ」

 たしかに、水狼の一番の親友でいたかった。
 なんでも相談できる、昔と変わらない気の良い純粋な幼なじみ。
 鳴麗は、それが壊れてしまうのが怖かったのかもしれない。
 彼はとっくの昔に成獣おとなになっていて、雄として色々と経験し成熟していた。
 だから、鳴麗に合わせて幼獣こどもっぽく振る舞っていたのだろう。

「童貞じゃなくてごめん。だけど璃茉の言う通り俺たちの間には、なんにもないし、もう誰とも遊んでない」
「昔、この人と交尾してたのは複雑だし腹立つけど……。水狼に口付けられて『月の印』が出てきたの。それってつまり……私たちって、う、運命? って思うし……ごにょごにょ」
「ええ!! 鳴麗、それ本当か! 俺が口付けて!!?!」

 不機嫌そうにしながら頬を染める鳴麗と、尻尾を振って喜ぶ水狼。そんな二人を見ていると、璃茉は笑いながら肩をすくめた。

「あー、後はもう二人でやって。私、これから昨日知り合った雄の家に行くから。今までありがとうね」
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】魔法使いの弟子が師匠に魔法のオナホで疑似挿入されちゃう話

紅茶丸
恋愛
魔法のオナホは、リンクさせた女性に快感だけを伝えます♡ 超高価な素材を使った魔法薬作りに失敗してしまったお弟子さん。強面で大柄な師匠に怒られ、罰としてオナホを使った実験に付き合わされることに───。というコメディ系の短編です。 ※エロシーンでは「♡」、濁音喘ぎを使用しています。処女のまま快楽を教え込まれるというシチュエーションです。挿入はありませんがエロはおそらく濃いめです。 キャラクター名がないタイプの小説です。人物描写もあえて少なくしているので、好きな姿で想像してみてください。Ci-enにて先行公開したものを修正して投稿しています。(Ci-enでは縦書きで公開しています。) ムーンライトノベルズ・pixivでも掲載しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】軍人彼氏の秘密〜可愛い大型犬だと思っていた恋人は、獰猛な獣でした〜

レイラ
恋愛
王城で事務員として働くユフェは、軍部の精鋭、フレッドに大変懐かれている。今日も今日とて寝癖を直してやったり、ほつれた制服を修繕してやったり。こんなにも尻尾を振って追いかけてくるなんて、絶対私の事好きだよね?絆されるようにして付き合って知る、彼の本性とは… ◆ムーンライトノベルズにも投稿しています。

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

大事な姫様の性教育のために、姫様の御前で殿方と実演することになってしまいました。

水鏡あかり
恋愛
 姫様に「あの人との初夜で粗相をしてしまうのが不安だから、貴女のを見せて」とお願いされた、姫様至上主義の侍女・真砂《まさご》。自分の拙い閨の経験では参考にならないと思いつつ、大事な姫様に懇願されて、引き受けることに。  真砂には気になる相手・檜佐木《ひさぎ》がいたものの、過去に一度、檜佐木の誘いを断ってしまっていたため、いまさら言えず、姫様の提案で、相手役は姫の夫である若様に選んでいただくことになる。  しかし、実演の当夜に閨に現れたのは、檜佐木で。どうも怒っているようなのだがーー。 主君至上主義な従者同士の恋愛が大好きなので書いてみました! ちょっと言葉責めもあるかも。

【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話

象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。 ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。 ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

黒豹の騎士団長様に美味しく食べられました

Adria
恋愛
子供の時に傷を負った獣人であるリグニスを助けてから、彼は事あるごとにクリスティアーナに会いにきた。だが、人の姿の時は会ってくれない。 そのことに不満を感じ、ついにクリスティアーナは別れを切り出した。すると、豹のままの彼に押し倒されて―― イラスト:日室千種様(@ChiguHimu)

処理中です...