【R18】桃源郷で聖獣と霊獣に溺愛されています

蒼琉璃

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【龍月編】

誘拐②

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 鳴麗ミンリィの問いかけに、カルマは溜息をつくと、肩を竦めた。まるで、お前には分からないだろうと言わんばかりの態度だ。

「鳴麗さん、君は黒龍族の中でも比較的ひかくてき裕福な家に生まれたでしょ。だからこんな世界があるなんて、思いもしなかったはずだよ。ここで生まれたり、追いやられた俺たちは、毎日生きていくのもやっとなんだ」

 カルマの言うとおり、鳴麗の実家は比較的裕福な家庭だ。龍月ロンユエと住んでいる屋敷も両親が用意してくれたし、貧民窟の存在は話には聞いていても、鳴麗が立ち入るような場所ではなかった。
 鳴麗の耳が見る見るうちにへたり込んでいく。自分を誘拐したのも、貧困から抜け出すための手段だったのだろうか。

「ねぇ、私を誘拐したのは、龍月兄さんからお金を取るため……? 困っていたなら相談して欲しかった。私も友達として力になりたいよ、カルマ」
「俺の客にでもなる? 鳴麗さんはそんなことできないでしょ。今の玄天上帝が北の國を統治していては、いつまでたってもこの場所は貧しいままだ。だから俺は龍月に近付いて、密偵をしてたってわけ」

 カルマがそう言うと、ふとその場が張り詰めるような空気が流れた。彼らは左右に分かれ、階段から降りてきた一人の雄に視線を集中させると頭を垂れる。
 年配のジーアオ族の雄で、貧民窟で生活をしているわりには、高級な生地を使った服を身に着けている。
 蛟族とほとんど接点のない鳴麗だったが、それでも目の前の男が、どことなくうさん臭い感じがして、睨みつけると尻尾をばたつかせる。

「ふむ。カルマの言うとおり。あの玄武帝が北の國にいる限り、ちっとも裕福にはならん。あの聖獣を引きずり下ろして、かつて西の國を統治していた白龍帝を四聖獣の頭にお招きすれば、このような貧富の差は無くなるだろう!」
「え……白龍帝って……」
「ともかく、私は革命家なのだ。お前の兄は玄天上帝が一番信頼する雄のようだな。忌々しいくらい抜け目がなく優秀じゃないか、。……あいつがいる限り私たちの革命は果たされないのだ!」

 陳は、鳴麗の言葉を遮るようにしてふんぞり返ると強い口調で言った。
 たしか、白龍帝とは、白虎帝様が西の聖獣になる前に天帝より命を受け、西の國を守護していた聖獣である。彼が統治していたのは、鳴麗が生まれる何百年も前の話だ。
 白龍帝は聖獣でありながら心を病み、悪心を起こして天帝の意思に歯向かい、玄天上帝に敵対した。しかし結局それもうまく行かず、失脚して行方知れずとなっていると、学生の頃に習った。噂によると、地の果てで白龍帝は命を落としたという話もある。
 鳴麗はとうてい、陳の言う事が本当とは思えなかった。
 だが、貧民窟にいる霊獣たちが鳴麗と同じように学問を学べる環境にあるはずも無く、口の達者な彼に、霊獣たちは言いくるめられてしまったのだろう。
 悪知恵が働く陳に、カルマもまた騙されてしまったんだと鳴麗は思った。

「ねぇ、カルマ! 皆も、その雄は本当に信頼できる霊獣なの?」
「鳴麗さん、陳さんには幼獣こどもの頃からよくしてもらってるんだ。もう黙って。これ以上、他の奴らを抑えきれなくなる」
「天帝様の意思に歯向かって、失脚した白龍帝が四聖獣を束ねるなんて無理だよ……! それにもう、白龍帝は亡くなったって……きゃっ!」

 先ほど鳴麗に凄んでいた、強面大柄の蛟の雌が机を叩き割らんばかりに、拳を振り下ろす。
 物凄い大きな音が鳴り響き、鳴麗は真っ青になって震え上がってしまった。暴力に触れたことの無い鳴麗は、大きな瞳からポロポロと涙を流して、義兄が助けに来てくれる事を祈るしかない。

「陳さん、こいつの尻尾をちょん切って龍月に送りつけたら、あたしらが本気だって分かるんじゃないですか」
「う、うむ……。そうだな。やむを得ない」
「いや、それはやめてくれ! そんな事をしなくたって龍月は……」

 ――――ドオォン!

 地響きのような音がして、アジトが揺れる。その場にいた霊獣たちの体が揺れ、一体何事かとどよめいた。
 どうやら上で何かが起こっているようで、怒号と騒音が響いていた。
 陳の手下である、蛟族と狗族の霊獣たちがそれぞれ刀や爪、棒や槍などの武器を構えると、まずは彼らの親玉である、陳を避難させるべく、非常用の秘密通路の方へと向かう。
 人質である、縄で縛られた鳴麗が軽々と抱え上げられた瞬間、思わず悲鳴が上がった。
 鳴麗はぶんぶん尻尾を振り回して雄の背中を攻撃し、足をばたつかせた。

「は、離せーー! この!! ばかちん!! このっっ! このっっ!! 龍月お兄ちゃん助けて!!」

 鳴麗が叫ぶと同時に、秘密通路の扉が勢いよく蹴破られ、鬼神のような表情をした龍月が構えていた。驚いた霊獣たちは手持ちの武器に力を込め姿勢を低くする。
 抱えられていた鳴麗が、邪魔だと言わんばかりに放り投げられ、くるくると空中を舞うと、カルマが慌てて、彼女を抱きとめた。

「ひぁ、ありがとうカルマ。ろ、龍月お兄ちゃん、来てくれたんだね!」
「龍月……」
「もう、ここは玄武軍に包囲されている。大人しく観念しろ、國賊め。私の義妹を誘拐するとは許されざる蛮行だ」

 目を輝かせる鳴麗をよそに、険しい顔になった龍月が低い声で唸る。その殺気は、鳴麗もカルマも見たことが無いほど、恐ろしいものだった。
 たとえ多勢に無勢であっても、龍月が雌のように華奢で美しく、学問を好むような容姿であっても、いざとなれば玄天上帝の盾になれるほどの武術を極めていることは、鳴麗がよく知っていた。

「う、うるさい……! お前たち、こいつを倒してとりあえずここを引き払うぞ」

 龍月は愚かな、と呟くと襲いかかってくる敵の攻撃を交わし、まるで踊るように回し蹴りを入れた。
 武器を持った相手に、丸腰でありながら拳術でそれを交わし、敵から軽々と刀を奪って戦う様子は、さながら古劇のようで、鳴麗が目で追うのも大変なくらいの俊敏しゅんびんさである。
 
「ふぁ……あぁ、龍月お兄ちゃん、めちゃくちゃ、めちゃくちゃ格好いい……わぁぁ」

 自分の置かれた状況も忘れてしまうほど魅せられ、縛られたまま鳴麗は頬を染めると、目をキラキラと輝かせていた。そんな彼女に呆れつつ、カルマは鳴麗の手枷を飛刀で切った。
 その瞬間、大柄の蛟族の雌雄が大きな音を立てて倒れ込み気絶すると、黒龍族で構成された玄武軍の兵士たちが雪崩込んでくる。
 次々とお縄になっていく陳一味の様子を確認することも無く、龍月は両手を祈るようにして目を輝かせている義妹の元まで行くと、強く抱きしめた。

「鳴麗――――! 心配した……怪我は、怪我は無いのか?」
「うんっ……龍月お兄ちゃんが助けに来てくれたから大丈夫だよ! お兄ちゃんめちゃくちゃ格好良かった!!」

 義兄の心配をよそに鳴麗は、背中に腕を回して胸板に擦り寄る。そしてふと、カルマに鋭い視線を向けているのに気付き、慌てた様子で言う。

「さすがだな、龍月。鳴麗さんを巻き込むつもりは」
「あっ、あの、龍月兄さん! カルマも一緒にあの悪い霊獣たちに捕まったんだよ。たまたま早朝にカルマと出会って、それでっ……私が誘拐されるついでに、巻き込まれちゃったの!」

 自分の言葉を遮るようにして、鳴麗が龍月に訴えかけると、驚いたようにカルマは目を見開いて鳴麗を凝視する。
 
「――――巻き込まれた? あの玄天上帝が貧民窟のために用意した物資を横領し、私腹を肥やすために革命を起こすなどという、ホラ吹きの詐欺師とはお前は無関係なのか? カルマ」
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