【R18】桃源郷で聖獣と霊獣に溺愛されています

蒼琉璃

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月の印②

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 鳴麗の話を要約すると、幼馴染と喧嘩をしたようでその勢いのまま、治安の悪い場所まで迷い込んでしまったようだった。
 危ない場所には近づくなと龍月に言われていたようだが、危険な場所がどういうところなのか理解していなかった鳴麗にとって、衝撃的な光景であるようだった。
 カルマによると、最近では職に困った他種族の者達もこの区域に流れ込んでいるという。

「どこから流れて来てるのか、辺境に魔物が出るようになって俺たちの仲間も困っているんだ。玄天上帝の願いも末端の役人には伝わらないみたいでね。
 貧民に現れた村外れの魔物なんか真剣に討伐してくれない。ま、俺はお得意様が何人かいるから食いっぱぐれないけど」
「そうなの……? どうして魔物が、そんなに現れるようになったのかな。私も早く一人前になったら大きな龍になって魔物を追い払えるのに」

 優しく気弱な彼女が、大きな龍になって大暴れする姿は想像はできないが、彼女が義兄に追い付こうとして焦っている事だけは分かった。『月の印』は繁殖期を迎えた証で同時に成熟した龍の象徴でもある。
 成獣になる事を焦っても、良い結果にはならないだろう。
 
「鳴麗さん、そんなに焦る事ないんじゃない? 頑張って宮使いできるようになったんだから。俺はなんか……そのままでいて欲しい気がするな」

 真っ直ぐな鳴麗に、そのままでいて欲しいと願うのは、過酷な生業で生きているせいだろう。貧民街を抜けて、再び香西の賑やかな活気のある場所までくると鳴麗は体が微妙に熱くなっている事に気付いた。

「……うん。とりあえず、雑用係からもう少し上にいけるように頑張りたい……な」
「鳴麗さん、大丈夫? なんだか気分悪そうだけど」
「うん、ちょっと疲れちゃったのかも。お家に帰ったら早めに寝ようかな」

 自宅に着く頃には、夕方になっている頃だろう。今日もまた、義兄に料理当番を変わって貰わなければならないかも知れないと思うと、申し訳無い気持ちになる。
 明日は武陵桃源の誓いがあって四神の聖獣達や同族の霊獣達、そして彼らに仕える同級生とも会えるので早めに体を休めて明日の楽しみに備えておきたい。
 家の前まで、カルマに送って貰うと自宅へと帰った。
 まだ義兄は帰ってきていない様子なので、少し仮眠をとって体を休めようと考えた。
 たしか熱冷ましの常備薬が置いてあった事を思い出した鳴麗は、それを飲むと自室の寝具に横になった。

✤✤✤

 くにで定められた休暇など、龍月には関係なく仕事を終えた彼は巻物を片手に、自宅へと戻ってきた。
 いつもならば提灯に灯りがともり、夕餉ゆうげの良い香りがしてきそうなものだが、玄関先も部屋も灯りが着いていない。まだ、水狼の家から帰ってきていないのだろうかと思ったが、部屋の古灯に火を付けるとわずかに義妹の香りが漂っている事に気付いた。

「鳴麗……? 帰ってるのか?」

 返事はなく、龍月は義妹の自室に籠もっているのだろうかと思って階段を登った。こんな早くから就寝しているのだとすれば、体の具合が悪いのかも知れないと心配し、赤い格子窓の扉を軽く叩いた。

「鳴麗、具合でも悪いのか。必要ならば医者を呼ぶが……返事をしなさい」
「龍月……兄さん……助けて……」
「鳴麗……? 開けるぞ」

 掠れた鳴麗の声に、高熱でも出してしまったのだろうかと、焦ったように部屋の扉を開けた義兄は、寝具の上で布団を被って丸くなっている鳴麗に歩み寄っていった。
 丸型にくり抜かれた赤い天蓋てんがいの寝具に座り、布団を捲ると、呼吸を乱し褐色の肌に汗をにじませた潤んだ瞳の鳴麗がこちらを見ていた。
 鎖骨の下あたりに、三日月の印が薄っすらと浮き上がってきている事に気が付く。

「……っ、鳴麗」
「はぁ……はぁっ……龍月兄さん、体が熱くて……病気みたい。流行り病かも……死んじゃうの?」
「違う、『月の印』が現れたのだ。死ぬわけではないが……自分で鎮める方法を知らぬと厄介な事になる」

 服を掴む、義妹の指先を握ると龍月は自分の欲情を抑えるかのように言った。共に育った血の繋がらない妹の事を愛しているが、彼女を傷付けるつもりは無かった。
 その時が来れば教えてやるとは言ったものの、龍月には心の準備が出来ていなかった。
 しかし、なんの知識もなく発情期を迎え他の雄と接触するのはあまりにも危険すぎる。

(いや、もとより他の雄に触れさせるつもりなど――――)

「兄さん、はぁ……どうしたらいいの、怖いよ。なんだか、体がおかしい……の、はぁ」
「私が教えるしか……あるまいな」

 龍月は、そう言って困ったように月色の目を伏せると細い指先で義妹の額に張り付く髪を上げた。幼獣こどもの時のように額に優しく口付けてやる。
 悪夢を見た夜はこうすると、鳴麗は安心して大人しく再び眠りに落ちるのだ。

「教えて……龍月……兄さん。こんなんじゃ、明日……いけないよ……はぁ」
「最後まで、するつもりはないので安心するといい。と言ってもお前には分からぬか……。あくまで私が教える事は応急処置だ。それで落ち着くだろう」
「……?」

 龍月は、まるで自分に言い聞かせるようにして呟くと、鳴麗の唇に唇を重ねた。昼間の水狼との口付けを思い出して、赤面する鳴麗の隙間から舌先が挿入される。
 初めて感じる柔らかな異性の舌の感触が、しっとりと口腔内を駆け巡ると、自然と甘い声が漏れた。ふわふわと雲の上を歩いているような心地良さで、鳴麗の耳がしなり始める。
 ぞくぞくと背中から這い上がってくるような感じたことの無い感触だ。水音が響いて、名残惜しむように、舌が離れるとうっとりとした表情で龍月を見る。

「んっ……んぅ、はぁ……はぁ、……龍月兄さん、これはなに? はぁ……お父さんとお母さんもこうして、口を吸っていたけれど。夫婦や恋人同士がしてるの……なんなの?」
「……口付けだ。愛情表現のようなものだな」

 そうなると、水狼が自分にしてきたのも成獣おとなの愛情表現なのだろうかと思うと頬が熱くなった。
 口を合わせるなんて本当におかしな行為だが、気持ちよくてぞくぞくとする。
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