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第一章「未知なる異世界」~八人の転移者~

第十五話「冒険者志願 その二」/キョウ(伊集院京介)

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 冒険者ギルドは街の中心部の東寄りにある。俺はまだ文字がまったく読めないので、アヤノ先生が頼りだ。

 彼女はさっそく手に入れた紙と筆記具を使い、片っ端からこちらの文字を書き写して、俺たちの言葉のふりがなを記入していた。

 さすがは文学少女で、メモを見ながらだが多少の単語は分かるようだ。俺はまだ数字さえも理解できない。

 冒険者になり簡単に稼げるとは思ってはいないが、俺はゴブリンの戦闘力で現代の知識や作戦を使い、集団で戦えばそれなりに成功するのでは? とも考えていた。

「危険なんでしょ?」
「そりゃあ魔獣なんかと戦うんだし危険だろうさ」
「ライトノベルの世界じゃないの。チートなんてないのよ」
「あれは空想世界の話さ」
「今だって空想みたいなものよね」
「ああ、夢なら覚めて欲しいね」

 二人で歩きながら、そんな話をしているとギルドの前に到着した。

 街の規模に見合ったなかなか立派な建物だ。この街の主要な建物と同じ石造りの三階建てだった。

「ここね」
「うん、入ろう」

 昼過ぎなので中は閑散としている。俺たちはクエスト、依頼が貼られていると思われる掲示板の前に立つ。

「俺には文字はさっぱりだなあ。分かる?」
「ちょっと待ってね」

 アヤノは自作した辞書の紙束をめくる。依頼書には植物や怪物の絵が描かれている。

「これは植物の採取ね、金額は……」

 俺は頭の中で計算する。港湾で担ぎ屋をやるより稼げるかは、要は効率よく採取できるかの問題だ。

「薬草かなんかなの?」
「これはお茶、嗜好品ね。こっちは薬草みたい」

 アヤノは別の依頼書を指さす。

 そう言えばゴブリン村で植物が天日干しされているのを思い出した。山の奥なら沢山取れるのが普通だ。

 群生地を見つけるとか、栽培して街に持ち込んで売れば定収入になる。

「魔獣退治はどうだ?」
「それは色々ね、安いのもあれば高額もある。名前はよく分からない、読めないわ」
「そうかあ……」

 アヤノは報酬の数字を読み上げる。おどろおどろしい怪物のイラストが描かれているが脅威の度合いはよく分からない。

 金額は小遣い、日当程度から月収以上まであり、説明文らしき記号――文字が書いてある。

 当面は金額から強さを計るしかない。俺も数字と魔獣の名前くらいから、この世界の文字を覚えなければと思った。

「この安い奴のトコにはなんて書いてあるの?」
「え~と……、農作物を荒らす、毛皮を求む。ぐらいね」

 イラストの感じは犬とか狼の類で現実ならライフルか罠で狙う獲物だ。この世界では剣ではなく弓矢で狩るのかな、とも思った。

「こればっかりは、やってみて覚えなけりゃあ分からないなあ……」
「本当に冒険者になるの?」
「選択肢の一つさ」

「これ、従軍の荷運びって書いてある」
「このあいだ見た冒険者たちはこの仕事をやっていたのか。傭兵ってのはあるか?」
「傭兵? 難しい字はまだ……、これかな? 兵を雇うって書いてある。警備、荷運びで日当報酬、期間は一年」
「う~ん、長期契約は無理だなあ……。けっこう文字は分かるんだ。さすがはアヤノ先生」
「実は受付のシェミアルさんに、ギルトの依頼にありそうな文字を書いてもらってふりがなを振っていたのよ」

 そう言ってアヤノは舌を出す。こんな表情もできるのかと少しドキッとした。初めて見る仕草だったからだ。

「……さすがだよ。予習はばっちりだった訳だ」
「ちょっと待っててね。書き写すから」
「頼む」

 俺は依頼書をじっくりと見る。イラストの魔獣はどこか現実の世界でも見る動物に似通っている。

 続いてギルドの中を改めて見直した。一階は広い冒険者用の待合と、受付のカウンターが並ぶ。

 受付に行って武器屋や防具などを置いてある店の場所を聞いてみる。最初の投資額がどれくらいになるか確認の為だ。

 ギルドの裏手に、そのような店が集まっている通りがあるとのことだった。客の集まる場所に店も集まるのはどこの世界も同じだった。


 次にその武器屋通り移に動し店先の品物を物色する。

「やっぱ剣は高いなあ……」
「それに防具もね。そろえるだけでもけっこうお金が必要よ」
「怪物退治の報酬が高い訳だ」

 しかし、ここはそれなりの店構えで新品を扱っている。現実的に最初は中古品の掘り出し物を探すことになるだろう。次の店に移動する。

「ここは中古も扱っているのか……」
「お古でもけっこうな値段ね」
「うん、ここは良い品の中古屋だな。俺たちが欲しいのはもっとボロボロのでも、とりあえずは十分なんだけどね。この通りでは手に入らないか……」

 自分よりもまずは村に残っている連中に剣の一本も届けたいと思っていたが、服や靴の方が先に必要だろう。

     ◆

 近くのマーケットや街をぶらついてから、夕方にもう一度ギルドに行くと、仕事を終えた冒険者たちが続々と戻って来ていた。

 人間が多いが人外の姿も多い。剣を下げ革の鎧を付け、倒した魔獣の角などの一部を持っている者もいる。

 彼らは建物横の通路から裏手に入って行く。魔獣の死骸を数頭積んだ馬車が横付けされ、同行している冒険者が獲物を下ろす。

「ふーん、なかなか活況だね。けっこう仕事をやってる人がいるんだな」
「ほんとね」
「奥に行ってみよう」

 建物の裏手は獲物の引き取り場になっていた。

 乾燥させた薬草らしき束を持ち込んでいる女性もいた。秤に乗せて重さを量っている。

「あれなら私にもできそう」

 草木の採取品は乾燥させてから持ち込むようだ。

 冒険者たちは紙片を受け取って建物の受付に行き、現金に交換している。見ているとだいたいギルドのシステムが理解できた。


 もう一度ゴブリン街のマーケットに戻って買い物をする。

 とりあえず必要なのは服だ。値段を聞いて値切り交渉をし、それほど高くはないので全員の分、九着を購入する。

 それと下着だ。これはなかなか微妙な話で、女子はセクシー系とでも表現すればいいのか……。他の店で帯状の紐製ベルトも九本買った。

「女子は服が新しくなって大喜びだろ」
「ええ、男子も早くおもちゃの剣を手に入れてね」

 アヤノは冗談っぽく言って笑う。
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