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第一章「未知なる異世界」~八人の転移者~

第九話 「村での生活」/キョウ(伊集院京介)

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 それから一週間ほど、俺たちは村の畑仕事や川での漁などを手伝った。

「へー、竹林が近くにあるんだ……」
「どうした?」

 森の中でマキ拾いをしている最中に竹が生い茂っている場所を見つけた。

「色々と使える。魚をとる取る罠とか建材や、籠なんかもできるよ」
「作り方は知ってるのか?」
「うん、任せて。この村に竹の加工品は籠と水筒ぐらいだ」

 コブリンの村ではここの竹を使って籠などを作っている。キヨ壬生の物作りの知識で他の製品も作れるとのことだ。

「村では家の建材としても使用されているし、他に、ホウキ、コップ、竹串、物干し竿なんかも作れる。燃料にもなるし助かるよ」
「今の時期ならタケノコも採れるのかな?」
「そうだね、食料源の確保に成功だ」


 許可を得て北側にある空き家のそばに放置されていた畑を、道具を借りて耕す。
 長老に相談すると、残っていた野菜の種を少し分けてくれた。

「農業は専門分野だ。任せて欲しい」

 タカ高丘は自身ありげにそう言う。

 趣味はキャンプ、登山だが、実家の企業が農業ベンチャーに進出していて、自身は農業大学を目指していた。


 ゴブリンたちの漁場は川の上流だったので、俺たちは下流で原始的漁もどきで魚を取る。

 籠と竹筒の仕掛けを、キヨ壬生がタカから話を聞きながら制作した。ヒーローオタクであり、物作りが趣味のこの男は竹細工の基本も知っていた。

 そしてなんと竹筒の仕掛けでは、けっこうな数のウナギが掛かった。

 時々俺たちの様子を見に来ている、ドーゴックがウナギを見て気味悪そうに言う。

「お前たち、それをどうするんだ?」
「えっ、食べますが……」
「ヘビを食うのか? そんなに飢えていたのか?」
「いえいえ。これが旨いんですよ」
「……」

 どうやらゴブリンたちは気味悪がってウナギは食べていないらしい。

「その籠が仕掛けになっているのか……、なるほど」
「普通の魚も捕れます。キヨ壬生が作ったんですが、籠を編めるなら簡単にできるそうです。お教えしましょうか?」
「それは助かる」

 ゴブリンは銛を使い大きな魚を突いていたので、ミリタリーオタクのトモ久世は竹槍を作った。ある程度の太さの竹を選び、円形に沿ってナイフでいくつも突起を削り出す。

「腕がないぶんは道具でカバーするよ。これなら素人でもなんとかなるかも……」

 実際に大きな魚が何匹も突けた。ミリタリーオタクは、武器のアイデアを色々と考えるのも趣味なのだ。


「凄い。天然物のウナギがこんなに沢山! それに魚も」

 リオン今出川が歓喜の声を上げる。

「ただ調理道具と調味料がないから蒲焼きは無理ね。東南アジアでやっているブツ切りの煮込み料理にしましょう」

 山菜など春の森の恵みは豊富で、当面の生活は何とかなりそうな気がした。


 料理の準備をしている女子たちを小屋に残し、俺たち男子は外に出て村を眺める。

「サムライと名乗る転移者がこの村を開いたのか……」
「確かに言われてみれば、この場所は集落を開くのに最適だね。農業なんかの知識を持った人間が計画的に作った気がする」

 水場に近い高台で畑を興す土地もある。そして街への道も開ける場所だ。

タカ高丘、ここの農業ってどう思う?」
「農作業しているゴブリンに聞いてみたけど原始農法に近いね。うねもないし、転作、輪作の概念もないみたいだ」

 畝は畑で直線に土を盛り、そこに作物を植える。俺にもそれぐらいは分かった。ゴブリンの畑には確かにないようだ。

「収穫は上げられるかな?」
「もちろんさ」
「森のでの狩りも改善できるよ」

キヨ壬生が言う。

「具体的にはどんな?」
「罠の概念がないんだ。集団の狩に依存している」
「色々な仕掛けを作ればいいわけだ……」
「ただ材料がね、金属ワイヤーなんかがあれば良いんだけど。つるを編んだロープで代用もできるけどちょっと弱いね」
「それはこの世界でじゃ、手に入らないか……」
「街に行けばあるかも。でも先立つものがない……」
「金かあ……」

 この世界も結局は貨幣が流通する資本主義経済だった。

「そう、お金だね」
「街に行って金を稼ぐか。それしか現金収入の道はないだろう」
「ちょっといいかな?」

 ミッツ飛鳥が手を上げる。

「正直、僕はこの村づくりに生かせる知識は、たいして持ち合わせていない」
「ははは、俺だってそうさ」

 俺は自分もそうだと思って笑う。

「長老が街で仕事ができるって言っていた。やってみようかって思っていたんだ」
「そうだな、当面それぐらいしか現金収入の道はないか……」
「それに街で得られる情報は必要だよ。戦いの成否を決めるのは情報の量と分析だし」

 トモ久世が力説する。ミリタリーオタクらしい発想だった。


 食事が終わり、俺は街へ行く話を提案した。

「最初は全員一緒に行動しようかと思っていたけど、この世界は意外にも平和だ。必要に応じてグループを分けてもいいかと思うんだ」

 特に不満や不安の声は上がらない。皆も色々な思いがあるようだ。

「だからそれぞれ、これからどうしたいか考えて欲しい。明日もう一度、話し合いをしようか」


 太陽が沈み始め、オレンジ色に染まる河原の砂地でミッツ飛鳥コトネ風早が相変わらず格闘の模擬戦をやっている。打撃はなく関節技と返し技の応酬だった。

「あの二人は好きだなあ……」

 トモ久世が呆れたように言う。

「格闘オタクだしな。実際にここでは戦う技術も必要だろう」
「うん、ゴブリンたちは剣を持っている。武装が必要ってことだよ」
「確かに。一見平和な世界だけど戦う相手がいるってことだな。この世界は……」
「戦いにも備えなくちゃ」
「ああ、そうだな……」

 ここはサムライが作った村だ。

 俺たちがゴブリンとして、この村の近くに転移したのは必然のような気がした。
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