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第一章「未知なる異世界」~八人の転移者~

第八話 「ゴブリンの村 その二」/キョウ(伊集院京介)

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 俺たち十人は長老が住んでいる、村で一番大きな家に通された。

 昨日と同じように長老を中心に三人のゴブリンが座り、俺たちも対面するように座る。

 まずは長老が口を開く。

「儂の名はコーフオン。この村で相談役などをやらせてもらっておる」
「私はドーゴックだ」
「俺はルークイン」

 長老と補佐しているだろう壮年のゴブリンが名乗る。同年代の若いゴブリンも続いた。

 こちらも俺に続いて全員がさっき決めた名を名乗った。

 終わるやいなや、俺は昨夜から頭を離れなかった疑問を口にする。

「この世界では転移はよくあることなのですか?」
「よくはない、儂も始めて転移者を初めて見た。ただ時々ある現象だと知っている」
「そうですか……」
「数百年前にやって来た転移者のゴブリンが、この村を作ったと言い伝えられているのだ」
「転移者のゴブリンが村を作った? ですか……」
「その者が来るまで、我々は家族単位で森の中を移動して狩をして生きてきたのだ」

 つまりその転移者は村の創設者とも言える。転移者と聞いて、俺たちが村に通された訳が分かった。

「今は大勢で集落を作り、畑を耕し、魚を取って狩もする」
「その人の名前は何と言うのですか?」

 どのような名前かでどの国の出身者かと分かるかと思った。日本的な名前なら……。

「サムライと名乗っていたそうだ」

 俺と長老の会話を皆が固唾を飲んで聞いている。

「サムライ……。それは名前じゃなくて職業、地位ですね。自分の名前として使ったのか……」
「妻と息子、娘を元の世界に残してきたと言っていたそうだ」
「なぜこんなことが、転移など起こるのでしょうか?」
「分からんよ。ただ人が忽然と消える。おまえたちの世界では時々あることだと、サムライは言っていたそうだ」

 確かに前の世界では古来より神隠しなどの伝説があった。


 長老が大きな動物の革に描かれた村周辺の地図を床に広げる。指示棒で指しながら説明を始めた。

「山側が北でこの村はここだ。君たちがやって来た川がこれだな……」

 海が南側で右が東で左が西だと分かる。

 街と街道を見ながら、自分たちが出現した場所と、この村の位置からだいたいの距離を確認する。

「街へ続く道がこれだ。この辺りまで人間の集落があり街の規模は人口が二万人程度だ」
「海に面した街ですか……」
「港がある。我々人外にも解放されている街だよ。仕事をすることもできる」

 前にいた世界では市の定義が人口三万から五万人以上で、それ以下なら町と村だ。

 この地図の広さで人口二万なら、活気がある街を想像できた。

「そしてこれが、この村の周辺だ」

 続いて長老は小さめの紙の地図を出す。

 川の東側が平らな土地になっていて集落と畑が描かれている。

「北の山へと続く森の奥は危ないので行ってはいけない。魔獣が出る」
「魔獣?」
「うむ、魔力を持つ獣で人を襲う。武装していても相手によっては危険だ」

 続けて長老は色々な街や村、ゴブリンの事情を説明してくれた。

「話はこんなところだな。ルークイン。彼らに村を案内してやってくれ」
「はい! 長老」

 若いゴブリンは元気よく返事をして立ち上がった。

     ◆

「ここは村の南寄りだね。奥を見に行こうか」

 ルークインを先頭に、俺たちは村の道をゾロゾロと歩く。

「しかし驚いたなあ。伝説の転移者に会えるなんて」
「俺たちの他にも転移者は多いのか?」
「分からないよ。彼らは自分からそう名乗ったりしないしね」

 ならば俺たちも、うかつに素性を明かさないようにしなければ、と思った。この世界で特殊な存在であることは間違いない。

 
「ここが北の端だ。狩りに行く時はあの道から森の奥へ行く」
「狩りか……」
「鹿や猪を集団で狩るんだ。参加してみる?」
「もちろん! ここの生活に早く慣れたいし何でもやるよ」
「そう、肉は狩りで手に入れ川で魚を取る。山で木の実、果実、山菜。畑で野菜を育てているんだ」
「ほとんど自給自足でやっているのか……」
「ただ小麦粉は採れないだ。最近は主食になってしまったから街で買わなくちゃならない」
「現金が必要って訳だ……」
「そう、見て。空き家が十軒あるけど最近は街に定着するゴブリンもいて、村の人外は減ってきている」

 現実世界の話みたいだが、この村も街に若者が出て行き、過疎化が進んでいるようだ。

「北側の十家族ばかりが街に移住したのか?」
「いや、南に空き家ができたらそちらに移ったんだ。北側は魔獣が怖いからね」
「そう……」

 長老は北の空き家を貸してくれると言っていた……。

「まあ、最近はそんなこともない。安心してよ」

 俺は苦笑いするしかなかった。家を無料ただで貸してくれるのだ、文句も言えない。

「魔獣はそれほど危険なのか?」
「うん、色々だね。強いのもいるし、弱い魔獣もいるしね」


 一通り村の様子を見て俺たちは長老の家に戻る。

「こっちに来て」

 ルークインについて家の裏手に回り、彼は倉庫の扉を開けた。

「とりあえずの生活に必要な物資だよ。余り物だけど使って」

 中にはいくつかの麻袋と鍋や木の食器があった。袋の中には乾燥した野菜や大豆が入っている。籠には使い古したタオルや雑巾などが載っている。

「助かるけどいいのか?」
「うん、昨年は豊作で今年も順調だ。保存食が余ったんだよ。森も獣の餌が豊富のようで狩りの調子もいいんだ」
「ありがたい……」

     ◆

 皆で物資を運び、小屋に戻って食事の支度をする。指揮をとるのはリオン今出川だ。

「これは何なんだ?」

 俺は袋に入っている骨を取り出す。

「肉を取った後の生ハムの骨よ。これでスープをとるわ」
「自家製でハムを作っているのか……」
「保存食ね。古代ローマ時代にも原始的なハムがあったし」

 それと大きな干魚の半身がいくつかある。

「驚いた。これは鮭よ。この川には鮭が遡上するのね」
「それは凄い。秋にはイクラが食えるのか!」


 俺はアヤノ西園寺と川に行き乾燥野菜を洗ってから水に浸ける。

 タカ高丘は火をおこし、ミッツ飛鳥コトネ風早は食器類を洗う。

 リオン今出川が小麦粉をこね、キヨ壬生ヒヨリ花園が骨を洗い残っていた肉を削いでいくつかに折った。

 骨で出汁を取って野菜と薄く伸ばした小麦の団子を入れる。

 メニューは水団スイトンだ。味付けは塩しかないが、なかなか美味だった。
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