チューベローズ

まさみ

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一週間ぶりだね、記者さん。もうこないんじゃないかと思ってたよ。俺の話は冗長でツマらないだろ?いいんだ、気を遣わなくても。俺には語る才能も書く才能もない、三十路近い年になりゃいい加減わかるさ。
仕切り直して続けようか。どこまでいったっけ……子どもの頃の話か。
ここで一人登場人物を増やす。記者さんもよく知ってる人だよ。ある意味この物語のキーパーソンといえる。
名前は片桐靖奈かたぎりやすな
父の妹、即ち叔母にあたる。
靖奈は二十代で資産家と結婚したものの、早々に夫に先立たれ未亡人になった。莫大な遺産を全部受け継いで。
叔母と旦那の間には子どもがいなかった。否、正確にはできなかった。俺も詳しくは知らないが、どうやら不妊に悩んでいたらしい。だからだろうか、俺の家に頻繁に遊びに来ていた。目的は亮だ。前に言ったよな、亮は子どもの頃からとても顔立ちが整ってたんだ。叔母は亮を溺愛し、可愛がり、遊園地だの水族館だのあちこち連れ回した。それだけじゃない、亮が欲しがればどんな高額なゲーム機やおもちゃも惜しみなく買い与えた。
俺の事は……さあね、どうでもよかったんじゃないか。興味もなさそうな素振りだったよ。俺はあの人の前じゃ透明人間だった。実の両親だって似たようなものだけど。
正直な所、叔母は苦手だった。
厚化粧で若作り、派手でうるさい。賞味期限切れのバタークリームみたいにねっとり甘い声で話す。
まだ小学生の亮に媚びる姿を見ていると、いやがおうにも生理的嫌悪が募った。
叔母にかけられた言葉で印象に残っているのは、これだ。
「コンタクトにしないの?」
まるで「そうすれば少しはマシになるのに」とでも言いたげに。
小4の甥の見てくれを気にしてコンタクトを勧める叔母に違和感を覚えた。俺が一度も眼鏡を外さないできたのは、コンタクトが体質に合わない以上に叔母への反発が原因かもしれない。
叔母の名誉の為に断りを入れておくと、最初の頃は亮とでかける際に義理で誘ってくれていたのだ。しかし目を見れば、それが単なる建前でしかないのがわかる。
叔母が欲しいのは可愛く賢い亮だけ。
ひねくれ者の兄貴はお呼びじゃない。
亮が「お兄ちゃんも一緒がいい」とごねたから、大人の礼儀として仕方なく声をかけただけだ。
「景文くんは?」
「宿題があるんで家にいます。弟のこと、よろしくお願いします」
同情されても惨めになるだけだから、丁重に辞退した。亮だけが寂しがってた。叔母は露骨にホッとしてたよ、せっかく亮とふたりきりになれるのに邪魔されたくなかったんだろうな。
亮はいい奴だった。兄貴を純粋に慕ってくれていた。
家族の中でアイツだけが俺を見てくれていた。
玄関ドアが開く。「ただいま」が聞こえる。亮が軽快に階段を駆け上がり、ノックもせずドアを開け放ち、学習机に向かって宿題を片してる俺に言った。
「お兄ちゃん、おみやげ!」
「ありがとな」
亮がニコニコ笑ってさしだす紙袋を仏頂面で受け取る。水族館に行った日はペンギンのシャープペンシル、動物園に行った日はパンダのぬいぐるみ。俺の部屋には亮からもらったみやげだけが増えて行った。途中から封も開けず捨てるようになった。理由は……察してくれ。
両親や叔母が亮を贔屓するのは癪だったが、それを除けば特に不自由のない暮らしをしていた。
風向きが変わったのは小4の冬。俺が10、亮が7歳の時。
車で外出中の両親が事故に遭った。二人とも即死だ。病院と警察、双方から報せを受けたのは亮と留守番をしていた俺で、受話器を取った瞬間から記憶が一部抜け落ちている。相当なショックをうけたらしい。
叔母が喪主を務めた葬式は滞りなく済んだ。叔母は大袈裟に泣きながら弔辞を読み上げ、参列者も貰い泣きをしていた。俺は泣けなかった。目は乾いていた。両親がもういないなんて信じられなくて、棺の中の遺体を確認した今もなお現実感が乏しい。
覚えているのは亮の手をずっと握り締めていたこと。
子ども特有の高い体温とふっくらした手の感触だけが、放心状態の俺を現実に繋ぎ止めてくれていた。
少なくとも俺にとっては、良い両親とはいえなかった。だからって死んでほしかったわけじゃない。
俺は亮が嫌いだった。
両親を独り占めする弟を疎んじていた。
でもあの時だけは、俺の手に必死に縋り付いてくる小さな弟を愛しく思った。がらにもなく「守らなきゃ」って思ったよ。
「ほら、父さんと母さんにさよならしにいくぞ」
最後のお別れの時間がきた。
葬式の間中俺と手を繋ぎ、ぼんやり突っ立ってた亮を引っ張る。亮は黙って付いてきた。肩を落とした俺たちを見送り、喪服の弔問客がひそひそ囁く。
「景文くんと亮くんこれからどうするのかしらね」
「二人ともまだ小学生でしょ、可哀想に」
「やっぱり靖奈さんが引き取るのかしら。ご主人の遺産があれば余裕で養えるわよね」
「大学まで出してもらえそうよね」
棺の窓を開け、中を覗き込んだ亮がポツリと呟いた。
「お父さんとお母さんは死んじゃったの?」
「ああ」
「これからどうなるの?」
「これでおしまいだ」
めでたしめでたしと結ばなくても続きをせがまない。亮は少しだけ大人になっていた。この状況では、そうならざるをえなかった。
亮は潤んだ瞳を伏せ、心の中で二人にお別れしている。俺は弟の哀悼を妨げず口を噤む。耐え難い喪失感と哀しみがだしぬけにこみ上げ、せっかちな瞬きで涙を引っ込める。
「元気だして。兄さんは亡くなっちゃったけど、私がいるから大丈夫よ」
背後にたたずむ叔母が俺と亮の肩に手をおく。
綺麗に磨き上げられた指の爪にはパールホワイトのマニキュアが塗られていて、葬式に場違いだな、と他人事めいた感想を持った。
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