愛してほしかった

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9.王太子妃

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「折角のお茶会ですのに生憎の雨だなんて、ついていませんわね」

 はぁ、と愛らしい溜め息を吐きながらクリスティナ様は窓の外を眺めている。
 厚い雲に覆われた空からしとどに雨が降り注ぎ、室内は煌々とした明りに照らされているにも拘らずどんよりとした雰囲気があった。

 もしかしたら雨のせいではなく、私の心情がそういう風に感じ取らせているだけかもしれないけれど。

 テーブルを挟んで目の前に相対する彼女は窓に向けていた視線をこちらに移しにこりと微笑んだ。

 彼女からの申し出により突如として開かれたこの茶会の意図を、私はまだ汲み取れないまま味のしないお茶を喉に流し込んでいる。

 仲良くしましょう、と設けられた場ではないことだけはわかる。
 だって、

「ただでさえここの空気って何だか陰鬱ですのにね? でも貴女のような人にはこういった場所の方が住み良いのかしら」

 瞳を怪しく細め、彼女は棘を隠さない言葉を放った。
 先ほどから張りつめていた空気が余計ひりついたものになる。

 こくりと小さく唾を飲む。
 やっぱり正室として、私のような存在は気に食わないのだろうか。
 だからといってわざわざいびるに来るほど、彼女の中の私の印象など無いだろうと思うけれど。

「ねぇ、殿下に相手にされていないのに王宮に縋りついているのってどういう気分? 私だったら恥ずかしくて出歩けませんわ。なのに貴女は恥ずかしげもなく出歩いて、媚びを売って回っているのだとか」

「こ、媚び…?」

 身に覚えが無く戸惑いながら問えば、クリスティナ様は眉を顰め不機嫌そうにしながら、

「貴女がなけなしの力を振り絞ってやっている人気取り、功を成したようで何より。評判が私の耳にまで届いて来ましてよ」

 人気取り、というのはこの場合恐らく教会で行っている怪我人を癒す仕事についてだろう。
 城まで話が行き届くなんて、なるほどコツコツやってきた甲斐があって、見てくれている人は見てくれているものなんだなぁ、なんてしみじみ思っている場合ではない。
 人気取りなどと、決してそんな意味合いで行っていない。
 しかしどうにもクリスティナ様の鼻に付いてしまったらしい。

「細々とやっているならご勝手にどうぞと思っていましたけど、あまり目立たれると流石に、弁えていただかなくては」

「も、申し訳ありません…しかし私にとってはあくまで仕事であって…」

「そう。なら私が代わりますわ」

「…え?」

「これからは私が教会での勤めも果たしますので、貴女は自重なさって自分の巣の中でゆっくりしていてくださいまし」

 何を言われているのか、ゆっくりと嚙み砕いてから返す言葉を探した。
 セレナや教会の皆、ウィルや仲良くなった患者の方々の顔が浮かぶ。あの場所は私にとってかけがえのない居場所なのだ。

「何? 私よりも魔力の低い貴女が、選ばれなかった貴女如きが、私に物申せるとでも思っておいで?」

「…いえ、でも──」

 ぱしゃん、と軽い水音がして、ぬるい感覚が伝ってくる。

「貴女を前にして飲むお茶の不味いこと。いらないからあげるわ」

 ハタハタと前髪の先から水滴が落ちるのを初めは他人事のように眺めた。少しして、お茶を掛けられたのだと気付いた。

「ねぇ、まだ殿下を慕っている?」

 もう終わった恋。彼についての話は、私にとってただ虚しいばかりなのだ。
 問いかけに「いえ」と否定を返せば、彼女は口角を上げて厭らしく笑った。

「あの方、淡白そうに見えて夜はとても激しいのですよ。何度も何度も私のことを求めて、熱い愛の言葉を耳元で囁いてくださるの」

 うっとりと記憶を巡らせるようにして言う。

「私たち愛し合っているの。もし貴女が側室として無駄な期待をまだ持っているのだとしたら、可哀そうだから私から先に伝えておいて差し上げようと思ったのですけど、杞憂だったようで良かった」

 それはわかりやすい牽制だった。
 そんなことをしなくとも、私はもうとっくに打ちのめされているのに。

 クリスティナ様は気が済んだのか、立ち上がってさっさと部屋を出て行った。

「はぁ…側室なんて不用品、さっさと廃棄してほしいものだわ」

 心配しなくとももう捨て切られていますよ。
 去り際の一言に、そう心の中だけで答えた。




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