愛してほしかった

こな

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8.安息の場所

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 あの日の言葉通り、使用人伝いに本が離宮へ届いた。
 当然だけれど、やはり彼から会いに来るなんてことはない。

 きっとあれはいつもの気まぐれで、暇つぶしのようなものだったのだろう。
 あの人に暇といえる時間があるかは知らないけれど、かろうじて生まれただろう憩いの時間を私で潰すなんて、少し勿体無かったのでは、なんて思ってしまう。

 まぁこんな風にあれやこれやと考えてしまっているのも私だけだろうし、いい加減やめて、今は本の世界に潜ろう。そう思って中庭へと足を向けた。

 離宮内は常に閑散としている。
 側室になって以来、日に日に侍女たちからの扱いは雑になった。
 私が何も言わず身の回りのことを自分でやるようになったからか、傍に控えることもなくなり、いつも適当な時間に冷え切った食事を部屋の前に運んでくるだけ。

 それを別にいいかと思ってしまっている辺り、私も私で怠慢だ。
 誰の目にも止まらないのをいいことに、肩の力を抜ききってしまっている。

 ウィルの言葉は正しい。
 彼は悪気なく言っただろうけれど『貴族らしくない』というのは、貴族として必要な要素が欠けているという証拠だ。
 だから使用人が私を軽んじるのも当然のことで、それに憤りさえ感じない私は、もう駄目なのだ。

 頑張るためのたった一つの理由が失われてしまって、体にぽっかりと穴が開いたように空虚な心地だ。

 厄介なのは昨日のような状況に置いてこの穴が酷く痛むこと。早く馴染んで、何も感じなくなればいい。
 早く、早く、そう思っているけれど、いつになるだろう。

「はぁ…」

 溜め息を吐きながら、中庭にあるガゼボに腰掛けた。

「辛気臭いですね」

「ひゃぁっ!?」

 突如背後から掛けられた声に驚いて、弾みで取り落としてしまいそうになった本を騒ぐ心臓に寄せるように抱き込んだ。
 勢いよく振り返れば、

「こんにちは」

「ウィ、ウィル…?」

「少しぶりですね。名前を覚えていただけていて光栄です」

 にこりと笑った彼は土で汚れた手袋をして片手にシャベルを握りしめている。以前会った時と同じく清潔感はあるが素朴な格好で、少し長い黒髪は後ろで乱雑に結んである。

「お仕事中?」

「はい。庭師らしく、土いじりの最中です」

 そう言って軽くシャベルを掲げて見せる。
 中庭にはそれなりに足を運んでいるが、こうして人と、ましてや手入れ中の庭師と会うことなんて初めてで、それが偶々ウィルで、なんてことに驚いていれば「離宮付近の植物は僕が任されているんです」と言うので更に驚く。

「言ったでしょ、一方的にはお見掛けしてるって」

「私、全然気が付かなくて、ごめんなさい」

「それは無理もないと思います。僕は基本親しい知人とくらいしか話さない、つまり城では滅多に口を開かないで黙々と仕事してるだけなんで。存在感は茂る無個性な草木と同じかそれ以下です」

「そ、そんなことは決して、」

「あ、これは自虐とかじゃなくて、努めてそうするように師匠に言われてるんです。僕は失言が多いらしくて『もうお前は植物とだけ喋ってろ!』ってよく怒られるんです」

 ウィルの物真似のおかげで彼の師匠というのが誰か見当が付く。
 国随一の腕と名高い庭師、ゼイノッド様だ。ご老体だが、城前広場の監修は未だ変わらず彼が行っていると聞いた。

 気さくで大らかで、それでいて豪快な方。
 ウィルが怒られる姿が簡単に目に浮かんでしまい、思わずクスクスと笑いが零れる。

「では私のことを”親しい知人”と認識して、こうして声を掛けてくださったということでしょうか?」

「あーいや…貴女を僕の知人呼ばわりは恐れ多いですけど…まぁレネ様が優しい方だと知れたので。気配を消すのをやめてのこのこ出てきてしまった次第です。本当はずっと聞きたいと思ってたんですよ。この中庭、どうですか?」

 辺りを見渡しながら言うウィルにつられて、私も庭全体を改めて眺める。

 派手なものではなく細やかに色付くような小さな花々が選ばれていて、それらが生い茂る緑をほのかに彩り、ほっと息をつけるような柔らかな空間に仕上げられている。

「離宮は閉鎖的で閑散としていますが、ここだけはまるで別の世界のように鮮やかで。ウィルは素晴らしい腕をお持ちなのですね」

 ここはとても息がしやすい。
 それを伝えれば、彼は満足気な笑みを浮かべていた。




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