クズ令息、魔法で犬になったら恋人ができました

岩永みやび

文字の大きさ
3 / 41

3 お怒り

しおりを挟む
「さ、最低! 想像以上に最低でびっくりなんですけど」

 俺のやらかしをダリス殿下から聞き出したソフィアは、そう言って大袈裟な反応を返してくる。

「普通、人の婚約者に手を出しますか!? なに考えてんの?」
「綺麗な女だなぁ、としか考えなかった」
「頭の中どうなってんのよ!」

 散々俺を侮辱するソフィアは、「ダリス殿下が可哀想」と口元を両手で覆ってしまう。そうだな。よくよく考えれば、殿下は弟的存在である俺に婚約者を奪われたことになる。

「次はないので、安心してください」

 謝罪ついでに、殿下を安心させようと微笑んでみるが「次があってたまるか」という棘のある言葉が返ってきた。

 露骨に引いているフロイドは、「大変申し訳ありませんでした!」と、青い顔で殿下に謝罪している。そういえばあの日、こいつは俺の側にいなかった。ということは、この不祥事の責任の半分くらいはフロイドにあるような気がした。

「フロイド。おまえがしっかり俺の面倒を見ていれば、こんなことにはならなかったのでは?」
「責任転嫁が酷過ぎません?」

 なんで私のせいにするんですか、と若干眉を吊り上げるフロイドから、さっと視線を逸らしておく。勢いに任せて責任を押し付けようと思ったのだが、フロイドは思っていた以上に冷静だった。

 そんな中である。

「もう我慢できません!!」

 突然、大声を発した聖女ソフィアに、室内が一瞬静まり返る。「せ、聖女様?」と、お付きの神官たちが控えめに手を伸ばすが、聖女は止まらない。

「これだからウィルは! 全然反省してない! もう私怒りました!」
「なんでおまえが怒るんだよ」

 ダリス殿下が怒るのはまだわかるが、正直この件にソフィアはなんの関係もない。困惑する俺に、ソフィアはビシッと指を突き付けてくる。

「あなた、少しは反省しなさい!」
「あ?」

 だから、なんでおまえに言われなければならないんだ。頭に血がのぼった俺は、反射的に言い返そうと拳を握りしめる。

 しかしその瞬間、部屋が光った。

 聖女様ぁ!? という焦ったような複数人の声が聞こえてきて、聖女ソフィアがなんらかの魔法を使ったのだと理解した。けれども、俺はそれどころではない。聖女の魔力をもろに食らったらしく、目の前がチカチカする。おま、人に向かって魔力使うなボケが。

 グラグラする頭に、思わずその場にしゃがみ込む。目の前が真っ暗になって、体に力が入らない。

 そうしてようやく開けた視界に、なんだか違和感を覚えた。

「お、おい!」

 焦ったようなダリス殿下の声が耳にガンガン響く。んな大声出すなよ、と文句を言おうとして、視界が随分と低いことに気がついた。

 ん?

 あれ。なんだか色々とおかしい気がする。
 ぱちぱちと目を瞬く。そうして目元を擦ろうとして、腕を持ち上げる。しかし感覚がちょっとおかしい。ん? と思いつつも目元に手を伸ばして、視界に入ってきた白いもふもふの毛に、ピタリと体が硬直する。

 なんか、えっと。うん。

 ギギギっと音がしそうなくらいに、ぎこちない動作で顔を上げてみる。これでもかと目を見開くダリス殿下と、その横で偉そうに仁王立ちするソフィアの姿が確認できた。

「せ、聖女様。これは一体」

 細かく震える殿下の声に、ただ事ではないと察した。

「ウィルがあまりにも反省しないので! あなたはもう少し人として真っ当な生き方をするべきです」

 大声で宣言する聖女ソフィアに、ダリス殿下が「え、いや。人として真っ当どころか。えっと、犬になっていませんか?」としどろもどろなツッコミを入れている。

 そう。俺の手は、どう見ても犬っぽい前足になってしまっている。肉球がちゃんとある。えっちらおっちら歩いて、部屋に備え付けの鏡の前に移動してみる。そこには、真っ白もふもふの小さな犬が写っていた。

『なるほど。つまり俺は聖女の魔法で犬になったのか』

 簡潔に状況をまとめれば、「なんでそんなに冷静なんだ」と、ダリス殿下が冷たい目で見下ろしてくる。あと俺が普通に喋れたことに驚いたらしい。殿下の口元がひくりと引き攣っている。

 なんでと言われても。ここで俺が騒いでも、事態が余計に悪化するだけだろう。人間、いつ何時も冷静さを欠いてはいけないと、俺の兄もよく言っている。そう教えてやれば、ダリス殿下は変な物でも見るかのような冷ややかな目を向けてくる。

「冷静にも程があるだろ」

 なんだこの殿下。俺が騒がないことがそんなに不満なのか? いちゃもんにも程があるぞ。

 その時、俺の視界を白いもふもふが掠めた。一体なんだろうと右を向けば、またもや白いもふもふが視界の右端を掠める。そのまま白いもふもふを追いかけて、その場でくるくるとまわる俺。

 聖女が手を叩いて大笑いしている。

「うはは! ウィル! ばかぁ」

 誰が馬鹿だ。
 こうなったら意地でも白いもふもふの正体を突き止めてやると、ひたすら回転する俺に向けて、殿下の呆れを含んだため息が降ってきた。

「自分の尻尾を追いかけるんじゃない」

 ピシャリと言われて気が付いた。そういえば俺は犬姿である。なるほど。視界を掠める白いもふもふの正体は、俺の尻尾か。

 試しに尻尾に力を込めてみれば、ぶんぶんと動いた。面白くなって、ひたすら尻尾を振ってみる。そんな俺を指差して、聖女ソフィアだけがひたすら笑い続けていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――

BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」 と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。 「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。 ※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)

悪役令嬢の兄、閨の講義をする。

猫宮乾
BL
 ある日前世の記憶がよみがえり、自分が悪役令嬢の兄だと気づいた僕(フェルナ)。断罪してくる王太子にはなるべく近づかないで過ごすと決め、万が一に備えて語学の勉強に励んでいたら、ある日閨の講義を頼まれる。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

この契約結婚は君を幸せにしないから、破棄して、逃げて、忘れます。

箱根ハコ
BL
誰もが羨む将来の騎士団長候補であるルーヴェルは、怪物を倒したところ、呪われてしまい世にも恐ろしい魔獣へと姿を変えられてしまった。 これまで彼に尊敬の目を向けてきたというのに、人々は恐れ、恋人も家族も彼を遠ざける中、彼に片思いをしていたエルンは言ってしまった。 「僕が彼を預かります!」 僕だけは、彼の味方でいるんだ。その決意とともに告げた言葉がきっかけで、彼らは思いがけず戸籍上の夫婦となり、郊外の寂れた家で新婚生活を始めることになってしまった。 五年後、ルーヴェルは元の姿に戻り、再び多くの人が彼の周りに集まるようになっていた。 もとに戻ったのだから、いつまでも自分が隣にいてはいけない。 この気持ちはきっと彼の幸せを邪魔してしまう。 そう考えたエルンは離婚届を置いて、そっと彼の元から去ったのだったが……。 呪いのせいで魔獣になり、周囲の人々に見捨てられてしまった騎士団長候補✕少し変わり者だけど一途な植物学者 ムーンライトノベルス、pixivにも投稿しています。

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ
BL
 国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。  フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。  生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」 オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。 しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。 その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。 「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」 卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。 見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……? 追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様 悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

婚約破棄と国外追放をされた僕、護衛騎士を思い出しました

カシナシ
BL
「お前はなんてことをしてくれたんだ!もう我慢ならない!アリス・シュヴァルツ公爵令息!お前との婚約を破棄する!」 「は……?」 婚約者だった王太子に追い立てられるように捨てられたアリス。 急いで逃げようとした時に現れたのは、逞しい美丈夫だった。 見覚えはないのだが、どこか知っているような気がしてーー。 単品ざまぁは番外編で。 護衛騎士筋肉攻め × 魔道具好き美人受け

処理中です...