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3 お怒り
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「さ、最低! 想像以上に最低でびっくりなんですけど」
俺のやらかしをダリス殿下から聞き出したソフィアは、そう言って大袈裟な反応を返してくる。
「普通、人の婚約者に手を出しますか!? なに考えてんの?」
「綺麗な女だなぁ、としか考えなかった」
「頭の中どうなってんのよ!」
散々俺を侮辱するソフィアは、「ダリス殿下が可哀想」と口元を両手で覆ってしまう。そうだな。よくよく考えれば、殿下は弟的存在である俺に婚約者を奪われたことになる。
「次はないので、安心してください」
謝罪ついでに、殿下を安心させようと微笑んでみるが「次があってたまるか」という棘のある言葉が返ってきた。
露骨に引いているフロイドは、「大変申し訳ありませんでした!」と、青い顔で殿下に謝罪している。そういえばあの日、こいつは俺の側にいなかった。ということは、この不祥事の責任の半分くらいはフロイドにあるような気がした。
「フロイド。おまえがしっかり俺の面倒を見ていれば、こんなことにはならなかったのでは?」
「責任転嫁が酷過ぎません?」
なんで私のせいにするんですか、と若干眉を吊り上げるフロイドから、さっと視線を逸らしておく。勢いに任せて責任を押し付けようと思ったのだが、フロイドは思っていた以上に冷静だった。
そんな中である。
「もう我慢できません!!」
突然、大声を発した聖女ソフィアに、室内が一瞬静まり返る。「せ、聖女様?」と、お付きの神官たちが控えめに手を伸ばすが、聖女は止まらない。
「これだからウィルは! 全然反省してない! もう私怒りました!」
「なんでおまえが怒るんだよ」
ダリス殿下が怒るのはまだわかるが、正直この件にソフィアはなんの関係もない。困惑する俺に、ソフィアはビシッと指を突き付けてくる。
「あなた、少しは反省しなさい!」
「あ?」
だから、なんでおまえに言われなければならないんだ。頭に血がのぼった俺は、反射的に言い返そうと拳を握りしめる。
しかしその瞬間、部屋が光った。
聖女様ぁ!? という焦ったような複数人の声が聞こえてきて、聖女ソフィアがなんらかの魔法を使ったのだと理解した。けれども、俺はそれどころではない。聖女の魔力をもろに食らったらしく、目の前がチカチカする。おま、人に向かって魔力使うなボケが。
グラグラする頭に、思わずその場にしゃがみ込む。目の前が真っ暗になって、体に力が入らない。
そうしてようやく開けた視界に、なんだか違和感を覚えた。
「お、おい!」
焦ったようなダリス殿下の声が耳にガンガン響く。んな大声出すなよ、と文句を言おうとして、視界が随分と低いことに気がついた。
ん?
あれ。なんだか色々とおかしい気がする。
ぱちぱちと目を瞬く。そうして目元を擦ろうとして、腕を持ち上げる。しかし感覚がちょっとおかしい。ん? と思いつつも目元に手を伸ばして、視界に入ってきた白いもふもふの毛に、ピタリと体が硬直する。
なんか、えっと。うん。
ギギギっと音がしそうなくらいに、ぎこちない動作で顔を上げてみる。これでもかと目を見開くダリス殿下と、その横で偉そうに仁王立ちするソフィアの姿が確認できた。
「せ、聖女様。これは一体」
細かく震える殿下の声に、ただ事ではないと察した。
「ウィルがあまりにも反省しないので! あなたはもう少し人として真っ当な生き方をするべきです」
大声で宣言する聖女ソフィアに、ダリス殿下が「え、いや。人として真っ当どころか。えっと、犬になっていませんか?」としどろもどろなツッコミを入れている。
そう。俺の手は、どう見ても犬っぽい前足になってしまっている。肉球がちゃんとある。えっちらおっちら歩いて、部屋に備え付けの鏡の前に移動してみる。そこには、真っ白もふもふの小さな犬が写っていた。
『なるほど。つまり俺は聖女の魔法で犬になったのか』
簡潔に状況をまとめれば、「なんでそんなに冷静なんだ」と、ダリス殿下が冷たい目で見下ろしてくる。あと俺が普通に喋れたことに驚いたらしい。殿下の口元がひくりと引き攣っている。
なんでと言われても。ここで俺が騒いでも、事態が余計に悪化するだけだろう。人間、いつ何時も冷静さを欠いてはいけないと、俺の兄もよく言っている。そう教えてやれば、ダリス殿下は変な物でも見るかのような冷ややかな目を向けてくる。
「冷静にも程があるだろ」
なんだこの殿下。俺が騒がないことがそんなに不満なのか? いちゃもんにも程があるぞ。
その時、俺の視界を白いもふもふが掠めた。一体なんだろうと右を向けば、またもや白いもふもふが視界の右端を掠める。そのまま白いもふもふを追いかけて、その場でくるくるとまわる俺。
聖女が手を叩いて大笑いしている。
「うはは! ウィル! ばかぁ」
誰が馬鹿だ。
こうなったら意地でも白いもふもふの正体を突き止めてやると、ひたすら回転する俺に向けて、殿下の呆れを含んだため息が降ってきた。
「自分の尻尾を追いかけるんじゃない」
ピシャリと言われて気が付いた。そういえば俺は犬姿である。なるほど。視界を掠める白いもふもふの正体は、俺の尻尾か。
試しに尻尾に力を込めてみれば、ぶんぶんと動いた。面白くなって、ひたすら尻尾を振ってみる。そんな俺を指差して、聖女ソフィアだけがひたすら笑い続けていた。
俺のやらかしをダリス殿下から聞き出したソフィアは、そう言って大袈裟な反応を返してくる。
「普通、人の婚約者に手を出しますか!? なに考えてんの?」
「綺麗な女だなぁ、としか考えなかった」
「頭の中どうなってんのよ!」
散々俺を侮辱するソフィアは、「ダリス殿下が可哀想」と口元を両手で覆ってしまう。そうだな。よくよく考えれば、殿下は弟的存在である俺に婚約者を奪われたことになる。
「次はないので、安心してください」
謝罪ついでに、殿下を安心させようと微笑んでみるが「次があってたまるか」という棘のある言葉が返ってきた。
露骨に引いているフロイドは、「大変申し訳ありませんでした!」と、青い顔で殿下に謝罪している。そういえばあの日、こいつは俺の側にいなかった。ということは、この不祥事の責任の半分くらいはフロイドにあるような気がした。
「フロイド。おまえがしっかり俺の面倒を見ていれば、こんなことにはならなかったのでは?」
「責任転嫁が酷過ぎません?」
なんで私のせいにするんですか、と若干眉を吊り上げるフロイドから、さっと視線を逸らしておく。勢いに任せて責任を押し付けようと思ったのだが、フロイドは思っていた以上に冷静だった。
そんな中である。
「もう我慢できません!!」
突然、大声を発した聖女ソフィアに、室内が一瞬静まり返る。「せ、聖女様?」と、お付きの神官たちが控えめに手を伸ばすが、聖女は止まらない。
「これだからウィルは! 全然反省してない! もう私怒りました!」
「なんでおまえが怒るんだよ」
ダリス殿下が怒るのはまだわかるが、正直この件にソフィアはなんの関係もない。困惑する俺に、ソフィアはビシッと指を突き付けてくる。
「あなた、少しは反省しなさい!」
「あ?」
だから、なんでおまえに言われなければならないんだ。頭に血がのぼった俺は、反射的に言い返そうと拳を握りしめる。
しかしその瞬間、部屋が光った。
聖女様ぁ!? という焦ったような複数人の声が聞こえてきて、聖女ソフィアがなんらかの魔法を使ったのだと理解した。けれども、俺はそれどころではない。聖女の魔力をもろに食らったらしく、目の前がチカチカする。おま、人に向かって魔力使うなボケが。
グラグラする頭に、思わずその場にしゃがみ込む。目の前が真っ暗になって、体に力が入らない。
そうしてようやく開けた視界に、なんだか違和感を覚えた。
「お、おい!」
焦ったようなダリス殿下の声が耳にガンガン響く。んな大声出すなよ、と文句を言おうとして、視界が随分と低いことに気がついた。
ん?
あれ。なんだか色々とおかしい気がする。
ぱちぱちと目を瞬く。そうして目元を擦ろうとして、腕を持ち上げる。しかし感覚がちょっとおかしい。ん? と思いつつも目元に手を伸ばして、視界に入ってきた白いもふもふの毛に、ピタリと体が硬直する。
なんか、えっと。うん。
ギギギっと音がしそうなくらいに、ぎこちない動作で顔を上げてみる。これでもかと目を見開くダリス殿下と、その横で偉そうに仁王立ちするソフィアの姿が確認できた。
「せ、聖女様。これは一体」
細かく震える殿下の声に、ただ事ではないと察した。
「ウィルがあまりにも反省しないので! あなたはもう少し人として真っ当な生き方をするべきです」
大声で宣言する聖女ソフィアに、ダリス殿下が「え、いや。人として真っ当どころか。えっと、犬になっていませんか?」としどろもどろなツッコミを入れている。
そう。俺の手は、どう見ても犬っぽい前足になってしまっている。肉球がちゃんとある。えっちらおっちら歩いて、部屋に備え付けの鏡の前に移動してみる。そこには、真っ白もふもふの小さな犬が写っていた。
『なるほど。つまり俺は聖女の魔法で犬になったのか』
簡潔に状況をまとめれば、「なんでそんなに冷静なんだ」と、ダリス殿下が冷たい目で見下ろしてくる。あと俺が普通に喋れたことに驚いたらしい。殿下の口元がひくりと引き攣っている。
なんでと言われても。ここで俺が騒いでも、事態が余計に悪化するだけだろう。人間、いつ何時も冷静さを欠いてはいけないと、俺の兄もよく言っている。そう教えてやれば、ダリス殿下は変な物でも見るかのような冷ややかな目を向けてくる。
「冷静にも程があるだろ」
なんだこの殿下。俺が騒がないことがそんなに不満なのか? いちゃもんにも程があるぞ。
その時、俺の視界を白いもふもふが掠めた。一体なんだろうと右を向けば、またもや白いもふもふが視界の右端を掠める。そのまま白いもふもふを追いかけて、その場でくるくるとまわる俺。
聖女が手を叩いて大笑いしている。
「うはは! ウィル! ばかぁ」
誰が馬鹿だ。
こうなったら意地でも白いもふもふの正体を突き止めてやると、ひたすら回転する俺に向けて、殿下の呆れを含んだため息が降ってきた。
「自分の尻尾を追いかけるんじゃない」
ピシャリと言われて気が付いた。そういえば俺は犬姿である。なるほど。視界を掠める白いもふもふの正体は、俺の尻尾か。
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