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16歳
464 俺が決めたルール
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「ラッセルはどうしたの?」
騎士棟の玄関前でぼけっとしていた俺のもとに、ティアンがやってきた。ラッセルとの話は終わったのだろうか。
「もうお帰りになりましたよ。ルイス様によろしくお伝えくださいと」
「ふーん」
帰ると言いつつ、どうせオーガス兄様のところへ顔を出して行くのだろう。あのふたりは仲良しだから。
それよりも、訓練に参加していたはずのティアンがなぜここにやって来るのか。座ったまま見上げていると、ティアンがちょっと困ったように眉間に皺を寄せた。
「ニック殿が。ルイス様が僕のことを待っていると」
「ニックめ」
別にティアンを呼んでほしいなんて頼んでいない。なんとなく待っていただけだ。来てくれたらいいなって、ちょっぴり考えていただけだ。
俺の前に立つティアンは、パタパタと胸元を仰いでいる。なんだか暑そうだ。
「それで? なにか用ですか」
「べつに?」
ふいっと視線を逸らせば、ティアンが「なんですか、それ」と呆れたように呟く。
『訓練はいいのかい?』
のんびり問いかける綿毛ちゃんは、ぺたんとお座りしてやる気がない。
「そうですね。戻らないといけないんですけど」
だからはやく用件を言えという態度のティアンに、俺は頬を膨らませる。
「別に来てなんて頼んでないし」
「はぁ?」
「ニックが勝手に呼んだだけだもん」
普段はセドリックのことしか頭にないくせに。なんで余計な気をまわすのか。
ティアンを無視して、綿毛ちゃんをわしゃわしゃ撫でてやる。『ぼさぼさになっちゃう』と抗議してくる綿毛ちゃん。綿毛ちゃんは、基本的にいつでもぼさぼさでしょうが。
「じゃあ僕、戻りますよ? いいですか?」
「……」
「あんまり訓練場をうろつかないでくださいね。そろそろお部屋に戻ったらどうですか」
一方的に言いたいことを告げて、ティアンは俺に背を向ける。その素っ気ない態度に、俺は思わず立ち上がる。
「なんで俺を置いていくの! 薄情者め!」
「なんですか、突然。ルイス様が用がないって」
足を止めたティアンは、困惑顔だった。
「なくてもいいじゃん」
「は?」
「用事がないとティアンの側にいちゃダメなの?」
「……」
今度はティアンが黙り込んだ。その目が、驚いたように見開かれている。
別にティアンに用なんてない。なんとなく顔を見たくなっただけだ。ラッセルとの会話が気になって、内容は教えてくれないだろうけど、ちょっとティアンのことが気になっただけだ。
ニックの「引き抜きじゃないですか?」というどうでもよさそうな言葉が気になっただけだ。
ため息を吐いたティアンが、こちらにやって来る。そうして俺の隣に腰を下ろした。胡座をかくような座り方で、今度は俺のことを見上げてくる。
すとんと、ティアンの隣に俺も座る。
「見て、空。綿毛ちゃんって雲にそっくりなの」
上を示せば、ティアンは律儀に綿毛ちゃんと雲を見比べている。
「そんなに似てますか?」
「なんで。そっくりでしょ! 色は綿毛ちゃんの方が汚いけど」
『汚くないもん。灰色なだけだもん』
ふんふん怒る綿毛ちゃんを撫でて、ティアンが苦笑している。白猫エリスちゃんは、真っ白できれいな毛並み。対する綿毛ちゃんは、もふもふだけどちょっぴり色が汚いと思う。灰色わんこなのだ。
「訓練に戻らなくていいのか? サボりはよくないよ」
「ルイス様が行くなって言ったんでしょ」
「そんなこと言ってないもん」
俯く俺に、綿毛ちゃんが『坊ちゃんって我儘だよねぇ』とわかったような口を利いている。いいんだもん。だって相手はティアンだもん。
「ティアンは、俺の我儘に付き合わないとダメなの」
「嫌ですよ」
なんですか、そのルール。と、偉そうに文句を言うティアンはつれない。
「俺が決めたの」
「勝手に変なこと決めないでください」
緩く抗議をしてくるティアンは、けれどもそれ以上の文句は言わなかった。それどころか、なんだか楽しそうな表情だ。心なしか上機嫌で空を見上げては、「あっちの雲は少しだけ綿毛ちゃんに似てますね」と、楽しそうだ。
ぎゅっと綿毛ちゃんの毛を握って、こちらに引き寄せる。リードを離して、綿毛ちゃんを膝にのせた。
「……ねぇ」
ちらっと隣を確認すれば、空を見上げたままのティアンが「なんですか?」と適当に応じてくる。
「ラッセルと何話してたの?」
思いきって尋ねてみれば、ティアンが俺に顔を向けた。そのなんとも言えない表情に、俺は少しだけ怖くなる。まさか本当に、引き抜きの話だったりする?
ぎゅっと綿毛ちゃんを抱えれば、ティアンがやんわりと俺の手を触ってきた。
「あんまり力を込めたらダメですよ。綿毛ちゃんが可哀想です」
俺の質問をはぐらかすつもりか。
ティアンに責めるような視線を送れば、彼は短く息を吐く。
「たいした話じゃないですよ」
「たいした話じゃないなら、俺にも教えてくれてよくない?」
まさか言い返されるとは思ってもいなかったのだろう。ティアンが、ちょっぴり動揺した。小さく肩を揺らした彼は、少し腰を上げて座り直している。
「叙任式の話ですよ」
「何それ」
ぽかんとする俺に、ティアンが照れたように頬を掻く。
「僕、今度成人なので」
「あ、うん」
そういえば、この国では十八歳で成人だった。ティアンは次の誕生日で十八になる。
正真正銘、大人になるのだ。
その事実に、なんだか焦りのようなものが生じてくる。お子様ティアンだと思っていたのに。お子様じゃなくなってしまう。
「えっと、がんばれ?」
焦った俺は、そんな意味不明な言葉を発していた。
騎士棟の玄関前でぼけっとしていた俺のもとに、ティアンがやってきた。ラッセルとの話は終わったのだろうか。
「もうお帰りになりましたよ。ルイス様によろしくお伝えくださいと」
「ふーん」
帰ると言いつつ、どうせオーガス兄様のところへ顔を出して行くのだろう。あのふたりは仲良しだから。
それよりも、訓練に参加していたはずのティアンがなぜここにやって来るのか。座ったまま見上げていると、ティアンがちょっと困ったように眉間に皺を寄せた。
「ニック殿が。ルイス様が僕のことを待っていると」
「ニックめ」
別にティアンを呼んでほしいなんて頼んでいない。なんとなく待っていただけだ。来てくれたらいいなって、ちょっぴり考えていただけだ。
俺の前に立つティアンは、パタパタと胸元を仰いでいる。なんだか暑そうだ。
「それで? なにか用ですか」
「べつに?」
ふいっと視線を逸らせば、ティアンが「なんですか、それ」と呆れたように呟く。
『訓練はいいのかい?』
のんびり問いかける綿毛ちゃんは、ぺたんとお座りしてやる気がない。
「そうですね。戻らないといけないんですけど」
だからはやく用件を言えという態度のティアンに、俺は頬を膨らませる。
「別に来てなんて頼んでないし」
「はぁ?」
「ニックが勝手に呼んだだけだもん」
普段はセドリックのことしか頭にないくせに。なんで余計な気をまわすのか。
ティアンを無視して、綿毛ちゃんをわしゃわしゃ撫でてやる。『ぼさぼさになっちゃう』と抗議してくる綿毛ちゃん。綿毛ちゃんは、基本的にいつでもぼさぼさでしょうが。
「じゃあ僕、戻りますよ? いいですか?」
「……」
「あんまり訓練場をうろつかないでくださいね。そろそろお部屋に戻ったらどうですか」
一方的に言いたいことを告げて、ティアンは俺に背を向ける。その素っ気ない態度に、俺は思わず立ち上がる。
「なんで俺を置いていくの! 薄情者め!」
「なんですか、突然。ルイス様が用がないって」
足を止めたティアンは、困惑顔だった。
「なくてもいいじゃん」
「は?」
「用事がないとティアンの側にいちゃダメなの?」
「……」
今度はティアンが黙り込んだ。その目が、驚いたように見開かれている。
別にティアンに用なんてない。なんとなく顔を見たくなっただけだ。ラッセルとの会話が気になって、内容は教えてくれないだろうけど、ちょっとティアンのことが気になっただけだ。
ニックの「引き抜きじゃないですか?」というどうでもよさそうな言葉が気になっただけだ。
ため息を吐いたティアンが、こちらにやって来る。そうして俺の隣に腰を下ろした。胡座をかくような座り方で、今度は俺のことを見上げてくる。
すとんと、ティアンの隣に俺も座る。
「見て、空。綿毛ちゃんって雲にそっくりなの」
上を示せば、ティアンは律儀に綿毛ちゃんと雲を見比べている。
「そんなに似てますか?」
「なんで。そっくりでしょ! 色は綿毛ちゃんの方が汚いけど」
『汚くないもん。灰色なだけだもん』
ふんふん怒る綿毛ちゃんを撫でて、ティアンが苦笑している。白猫エリスちゃんは、真っ白できれいな毛並み。対する綿毛ちゃんは、もふもふだけどちょっぴり色が汚いと思う。灰色わんこなのだ。
「訓練に戻らなくていいのか? サボりはよくないよ」
「ルイス様が行くなって言ったんでしょ」
「そんなこと言ってないもん」
俯く俺に、綿毛ちゃんが『坊ちゃんって我儘だよねぇ』とわかったような口を利いている。いいんだもん。だって相手はティアンだもん。
「ティアンは、俺の我儘に付き合わないとダメなの」
「嫌ですよ」
なんですか、そのルール。と、偉そうに文句を言うティアンはつれない。
「俺が決めたの」
「勝手に変なこと決めないでください」
緩く抗議をしてくるティアンは、けれどもそれ以上の文句は言わなかった。それどころか、なんだか楽しそうな表情だ。心なしか上機嫌で空を見上げては、「あっちの雲は少しだけ綿毛ちゃんに似てますね」と、楽しそうだ。
ぎゅっと綿毛ちゃんの毛を握って、こちらに引き寄せる。リードを離して、綿毛ちゃんを膝にのせた。
「……ねぇ」
ちらっと隣を確認すれば、空を見上げたままのティアンが「なんですか?」と適当に応じてくる。
「ラッセルと何話してたの?」
思いきって尋ねてみれば、ティアンが俺に顔を向けた。そのなんとも言えない表情に、俺は少しだけ怖くなる。まさか本当に、引き抜きの話だったりする?
ぎゅっと綿毛ちゃんを抱えれば、ティアンがやんわりと俺の手を触ってきた。
「あんまり力を込めたらダメですよ。綿毛ちゃんが可哀想です」
俺の質問をはぐらかすつもりか。
ティアンに責めるような視線を送れば、彼は短く息を吐く。
「たいした話じゃないですよ」
「たいした話じゃないなら、俺にも教えてくれてよくない?」
まさか言い返されるとは思ってもいなかったのだろう。ティアンが、ちょっぴり動揺した。小さく肩を揺らした彼は、少し腰を上げて座り直している。
「叙任式の話ですよ」
「何それ」
ぽかんとする俺に、ティアンが照れたように頬を掻く。
「僕、今度成人なので」
「あ、うん」
そういえば、この国では十八歳で成人だった。ティアンは次の誕生日で十八になる。
正真正銘、大人になるのだ。
その事実に、なんだか焦りのようなものが生じてくる。お子様ティアンだと思っていたのに。お子様じゃなくなってしまう。
「えっと、がんばれ?」
焦った俺は、そんな意味不明な言葉を発していた。
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