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15歳

426 悩むしかない

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 結局、アロンとのことが有耶無耶なまま夜を迎えてしまった。ユリスに相談しようと計画する俺は、ティアンとジャンが去った後、しばらく時間を置いてからベッドを抜け出た。

「綿毛ちゃん、起きて」

 すやすやと寝息を立てる毛玉を揺さぶって、ベッドから引っ張り出す。ぐっすり寝ている猫を起こすのは可哀想なので、置いて行こうと思う。

 むにゃむにゃと眠そうな綿毛ちゃんと共に、そっとユリスの部屋に向かえば、寝室にて偉そうにベッドに腰掛けるユリスがいた。こいつがこの時間に起きているなんて珍しい。いつも寝起きの悪いユリスを起こすことに苦労している俺は、拍子抜けする。

「なんで起きてるの?」
「なんでって。おまえがなにか言いたそうにしていたから」

 どうせ夜中に来るだろうと思っていたと吐き捨てるユリスは、俺のことを心配して待っていてくれたらしい。ユリスの突然の優しさに、俺は戸惑う。

 ユリスと同じようにベッドに腰かけて、間に綿毛ちゃんを置いた。ベッドサイドの明かりの中、ユリスは黙って綿毛ちゃんに手を伸ばす。ちょっと雑な撫で方をするユリスは、さりげなく綿毛ちゃんの角を掴んでいる。角を触られた綿毛ちゃんは、ちょっと震えている。

「あのさ、アロンがね」

 ふたりで綿毛ちゃんを触りながら、今日の出来事を報告する。相槌を挟みながら訊いてくれるユリスは、途中から眉間に皺を寄せてブルース兄様そっくりの表情を見せた。

「あいつは普段からそんな感じだろ」
「そうなんだけど」

 でも普段以上に嫌だったと俯けば、ユリスは「そうか」と呟く。その真剣な声音に、俺はなんだかホッとする。やっぱりユリスは俺の話を聞いてくれる。聞いてくれるだけで、俺は満足。

「おまえはアロンのこと好きなのか?」
「うーん」

 何度も訊かれた質問だが、即答できない。好きといえば好きだけど。どうなんだろうか。

「僕は、アロンは割といいと思うけど」
「うん」
「いいというのは、身分とかあの図々しさとか。とにかく、あいつと一緒にいて金に困るようなことはないし、それなりの地位におさまっていられる。おまけに騎士としての腕も確かだし」
「うん」
「性格はちょっとあれだが」
「うん」

 要するに、性格以外は完璧ということだろう。アロンはモテる。それは顔の良さもあるし、あいつが持っている権力もだ。加えて、ユリスはアロンの手段を選ばないような性格も気に入っているらしい。綺麗事だけではどうにもならないというのは、ユリスもよく言っている。

 好きにすればいいとユリスは言う。

「うーん」

 そう言われても、俺は自分自身がどうしたいのかがわからない。

「アロンが女と一緒に居たのが嫌なのか?」
「うーん? そうかもしれない」

 ベッドにあがって、中央に寝転んでみる。「おい」とユリスが低い声を出したが、すぐに諦めたようなため息が聞こえてきた。

 ぼんやりと天井を眺めて、悩む。悩むことしかできない。

「俺は別にさ。アロンに彼女がいてもいいと思う。てかあいつモテるし。彼女のひとりやふたりくらいいても不思議じゃない感じだよね」

 言いながら、自分の言動が矛盾していることに気がついたけど、ユリスは突っ込んでこない。

 アロンに彼女がいてもいいと思いつつ、実際に女の人とベタベタしている場面を目撃したら苛々してしまう。自分でもどういうことだと苦笑する。

 オーガス兄様とブルース兄様が結婚した時は、なにも思わなかったのに。エリックが結婚した時だってそうだ。俺は素直におめでとうと言えた。

 アロンの結婚を想像してみる。その時の俺は、ちゃんと「おめでとう」と言えるだろうか。

「なんかアロンが俺のこと好きって言うからさ。俺のこと好きなのに、他の女の人と仲良くするんだって、多分そういうもやもやだと思う」

 答えを捻り出せば、ユリスが「そうか」と短く頷く。

 多分だけど、俺が腹を立てる原因は、アロンの本音がよくわからないことも関係していると思う。口では俺のことを好きと言いつつも、アロンは俺以外の女の人と仲良くやっている。一時期は、それを隠してもいなかった。そういう曖昧な態度に、苛々してしまうのかもしれない。

 でも、曖昧なのは俺も同じだ。
 アロンの好きという言葉に、俺はまだはっきりとした答えを返すことができていない。アロンからすれば、そんな曖昧な俺の態度にこそ腹が立っているのかもしれない。要するに、俺たちふたりは互いが互いに苛々しているのだ。

「ユリスは好きな人いないの?」

 ごろっと転がって、いまだベッドに腰かけているユリスの背中を見つめる。綿毛ちゃんの角を掴んだまま、ユリスは「そうだな」と面倒くさそうに唸った。

「綿毛ちゃんは? 誰が好き?」
『オレ? オレはそうだね。みんな好きだよぉ』
「ふーん。綿毛ちゃんは悩みなさそうでいいね」
『失礼な。オレだって色々と考えてますぅ』

 お気楽そうに笑う綿毛ちゃんは、きっと美味しい物をくれる人なら誰だって好きなのだ。食いしん坊な毛玉だから。

「そんなに難しく考える必要はないんじゃないか?」

 綿毛ちゃんから手を離して、こちらに向き直ったユリスが、今度は俺の頭を触ってくる。ユリスが俺を撫でるなんて珍しい。抵抗せずにベッドに寝転がっていれば、ユリスは「別に間違えたらいけないというものでもないだろ」と素っ気なく言い放つ。

「なにも一生に一度の相手を探す必要はない。好きなら付き合ってみて、合わないと思ったのなら別れてもいいだろ」
「なるほど」

 ユリスは、悩み過ぎるのはよくないと言いたいらしい。確かにね。ここで色々悩んだとしても、それは結局俺の想像に過ぎないわけで。結果がどうなるかなんて、行動してみなければ分からない。

「ルイスの好きにすればいい。それで困ったことになったら僕がどうにかしてやる」

 どうにかってなんだろう。
 ちょっと投げやりっぽい言い方に、思わず笑いが込み上げてきた。ユリスがお兄ちゃんらしく振る舞う度に、ブルース兄様の顔が頭をよぎる。ユリスは否定するけど、大人ぶった振る舞いをする時のユリスは、ブルース兄様にそっくりなのだ。

「ありがと」

 話を聞いてもらって、少し気持ちが楽になった。アロンとはこれまでに何度かややこしい状況に陥ったが、その度になんだかんだで上手く解決してきた。だから今回も大丈夫。普段と変わらず冷静に言葉を紡ぐユリスの姿に、俺はようやく安堵することができた。
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